第7話 霧の中、掴む指

私は霧のかかる道を歩いていた。


先が見えず、薄暗く不気味な道だ。


行く当てもなにもわからない。ただ、ここから抜け出したいと願いひたすらに彷徨い歩き続ける。


歩いて。歩いて。歩いて。


やがて、ようやく光が差し込んできて。


その光の中から、透き通るような優し気な女性の声が響いてきた。


『こっちよ』

『お疲れ様』


そう優しく労って、光から伸びた細く美しい腕は、そっと私の頬を撫でてくれた。

温かい。歩き疲れた身体がスッ、と楽になっていく。


こんなに気持ちいいのは生まれて初めての経験だ。

あんまり気持ちよくて涙も出てきた。

私は夢見心地のままつい微睡み、瞼も徐々に落ちていく。


ガシリ、と私の足を掴む感触がした。


ギリ、ギリ、ギリ、とまるで万力のような強力な圧迫感が私の足を締め付ける。


痛い!やめて!そういくら懇願しても力は弱まらない。


『離さない』

『行かせない』


聞こえた声は光のものとは正反対の、ドス黒く濁った女性の声だった。

上半身と下半身が、別の感覚に包まれる奇妙な感覚だ。

片や天国のような快楽、片や地獄のような激痛。無論、私は光の方へ向かおうとするが、足を掴む力は緩まない。

誰が掴んでいるかを確認しようとするも、霧に包まれて素顔を窺うことはできない。


「う、あ、あ、あ」


相反する感覚を与え続けられているせいで、私はおかしくなりそうだった。

せめてどちらかになれば、とひたすらもがき続けた。

自分がどっちに向かっているかもわからぬまま、もがいて、もがいて、もがき続けた。


やがて、電源の切れたテレビのように、プツン、と私の意識はなくなった。




「っていう夢を見てさあ」

「ふーん、変な夢っスねえ」

「原因のあんたが言うか」

「は?原因ってあたしっスか?」

「びっくりしたよ。起きたらあんたの尻があって凄い力であたしの太ももにしがみついてたんだもん」

「またまたそんなぁ」

「ホラ見てみ、あたしの首と足」

「うわ、すっごい指の痕。これ私やったんスか」

「あんた以外に誰がいるのよ。握力70越えにやられたらこうなるって」

「ぐむむそれは申し訳ない。私は地面に沈もうとする大根を逃がすまいと必死に引っ張ってたもんで」

「またカオスな夢を見てるわね。というか大根ってこの脚のこと?」

「ああ言われてみれば太さもそっくり。てやかましいわ!」

「それあたしの台詞。...よし、荷物は纏めた?」

「バッチシっス。ついでに布団もたたんでおきました。一日とはいえお世話になったっスから」

「じゃ、ロビーでみんなと合流するわよ」

「了解っス」

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