第6話 新世界にて
晴れ渡った青空に一筋の光が流れ落ちた。
そして、世界は変わり果てた。
★
5月27日
私の名前は千和(ちわ)。
テレビや新聞のような情報メディアは機能せず、なにが起きているのかもわからないまま5日ほど過ぎた。
たくさんの人が死んだ。ただ倒れている人もいれば、なにかに食べられたような人もいる。
死に方はもう様々で、数えきれないほどの死の形が私たちの周りにあった。
いつ、私たちもそこの仲間入りするかわからないので、私たちが生きたせめてもの証として日記を記すことにする。
5月28日
いま、私の傍にいるのは幼馴染の二人。
一人は沙也加(さやか)、もう一人は真奈(まな)。
沙也加は活発な女の子で、真奈は大人しいお人形さんのような子だ。
本来ならば、この不可思議な現象についてわかったことを綴るべきなのだろうが、必ずしもなにか変化があるわけではない。
そういう空白の時間くらいは、私の大切な人たちについて語ることを許してほしい。
5月29日
町はもはや町として機能しておらず、先週までは通っていた電気は一切通じず、金という金が、民を守る権力は、もはや機能しておらず。
私たちを含む生存者たちはこぞって食糧を求め、荒らしまわり、日々の空腹を凌ぐ日々に追われていた。
どうしてこんなことになってしまったのか、未だになにもわからない。
5月30日
この異様な状況に置かれてから1週間程度が経過し、ようやく身辺の関係者の整理ができた。
結論から述べる。私たちの家族や祖父母、親戚はもう誰もいなかった。
死んでいる人もいれば、自我が消えてしまった人、身体の原型を留めず変容してしまった人もいる。
その差はなんなのか。なぜ私たちは無事なのか。いくら考えても答えはでなかった。
6月6日
信じられないことが起きた。
この日記を記す5日前、真奈は死んだが翌日に生き返った。
5日前の朝、私たちが目を覚ますと、真奈は眠ったかのように息を引き取っていた。
私と沙也加は泣きわめきなんども縋りついた。けれど真奈はピクリとも動かなかった。
私と沙也加はただ悲しみに暮れて真奈に寄り添いそのまま朝まで縋りついていた。
翌日の朝、真奈は目を覚まし息を吹き返した。
私も沙也加も困惑したが、彼女が生き返ったことをひたすらに喜んだ。
ただ、真奈はなぜか災厄の間の記憶を失っていた。
今までの記憶はあり、乱れもなかったのだが、あの災厄の日からの記憶が全くないのだ。
だから、私たちの知り合いが皆死んでいたことを伝えれば、真奈はやはり泣き出してしまい。
今日のほとんどは、彼女に現状を説明することで終わってしまった。
6月9日
私の身体にも異変がおきていた。とはいっても、決して悪いことでなく、この環境においてはむしろ良いことだが。
気づいたのは、沙也加と真奈と一緒に山道を探索している時だった。
私はあまり身体が強くなく、病気もしがちで、運動神経も悪かった。
なので、普段は彼女たちが私に合わせて歩いてくれていたのだが、今は気がつけば彼女たちが私に合わせようと息を切らしている始末だ。
それだけじゃない。道を塞ぐ倒木を3人でどかそうとしたら、私一人で持ち上がってしまい、木にしがみつき浮いた二人は目をパチクリと瞬かせていた。
そしてそれは身体能力の話だけではなく。
食糧が底を尽きかけ、2日ほどほとんど絶食だった際、二人は空腹で辛そうだったが私はなんともなかった。
運よく見つけた木の実を二人に与え、私は強がりで道端の石を食べたら普通に食べれた。
アスファルトも口に入れてみた。普通に食べれた。
どうやら私は身体が異様に強くなってしまったらしい。
よかった。これなら二人をずっと守っていけるかもしれない。
真奈の蘇生、私の身体能力の増強という異常さを目の当たりにした沙也加はあたしもなんかないかな~、と羨まし気にぼやいていた。
8月3日
沙也加が死んだ。2週間くらい前だった。気持ちの整理のため、詳細は後程書くのを許してほしい。
8月8日
沙也加が死んだのは、決して特別なことじゃなかった。
病気。たぶん、このあまりよくない空気を吸ってきたぶんのツケがまわってきたんだと思う。
沙也加は激しく咳き込みながらもずっと笑顔を絶やさず、「死んだって、あたしも真奈みたいに生き返るから大丈夫だって!」と私たちを鼓舞し続けた。
でも、今わの際には涙を流し、私たちに何度も何度も謝り続けていた。
私には「あたしの代わりに真奈を守り続けてほしい」と頼み真奈には「千和が無理しないように支えてあげて」と激励し。
最期に、私たち二人に本当にごめんねと謝り息を引き取った。
私たちは彼女が生き返ることを願いずっと縋り続けた。
真奈が疲労で倒れても、彼女の看病をしつつも、私は沙也加を抱きしめ続けた。
彼女の身体が腐り、膨張し、蛆や微生物が湧き出して、原型が崩れ始めて、ようやく彼女が戻ってこないと理解した。
これからはもう、私と真奈だけでこの世界で生きていくしかないのだ。
(略)
12月1日
真奈が死んだが、また翌日に生き返った。
また、彼女は災厄の日からの記憶を失い、沙也加や親族のことを伝えれば、その喪失に嘆き涙した。
彼女がこうなるのは二度目だが、やはり私の心臓は止まりそうだった。
もう大切な人にはいなくなってほしくない。
3月1日
前回この日記に記してから三か月経った。
とりあえず日本は一回り見てきた。
結局、なぜ世界がこうなったのか、どうすれば元に戻れるのかなにもわからない。
今はただ生きよう。そうすれば、なにか見えてくるかもしれない。
6月1日
また真奈が死んで、翌日に生き返った。
記憶も消えていたので、再び伝え、彼女は悲しんだ。
三度目となれば多少は慣れてきたのか、私の緊張も幾分かは解れていた気がする。
6月3日
日本に手がかりがないのなら海外はどうだろうか。
公共機関はすべて止まっているため、自分たちで海を渡るしかない。
幸い、船は手つかずのものがいくらでもあるので、あとは操縦だけだ。
当然、免許など持っていないし、基礎知識すらないので、図書館の本と説明書を見比べながら徐々に操縦に慣れていこう。
11月30日
半年近くかけてようやく操縦をものにできた。
明日はいよいよ海外だ。
明日に備えて今日は寝よう。
12月1日
朝起きたら真奈が死んでいた。
もう四回目になるので、さすがに泣き叫ぶことはなかったし、冷静に対処することができた。
彼女の寝顔を見ながらふと思う。
もしも彼女が目を覚ますまでに私が死んでしまったらどうなるんだろう。
こんな意味わからない状況で、世界で、独り残されたら、真奈はどうなってしまうのだろう。
想像するだけでも恐ろしい。
沙也加は私に真奈を守り続けてほしいと頼んだが、それは頼まれるまでもないことだ。
私は絶対に友達を独りにはさせない。
12月2日
真奈が目を覚まし、例のごとく伝え、彼女は泣いた。
この日記を読み返して気が付いたのだが、真奈が死んで蘇る日はだいたい半年刻みだ。
既に4度目なので、なにか対策がうてればいいのだが。
12月3日
真奈が落ち着いたのを見計らって、共に出航。
海外はどうなっているのか、正直、少しだけワクワクしている。
5月31日
海外の国に着いてからもうすぐ半年になる。
結局、私たちの着いた国も日本とほとんど変わりはなかった。
まだまわれたのはこの国だけだが、恐らくどこも同じだろうし、仮に違うとしても、交通手段が無いためこれ以上の距離を渡航するのは難しい。
どうせなら慣れた日本の方がいいと思い、近々出航しようと思う。なにごともなければ、だが。
6月1日
やはり真奈は死んだ。
予想した通りだ。渡航するのは彼女が目を覚ましてからにしよう。
6月2日
目を覚ました真奈に事情を説明し、彼女が泣き止むのを待つ。
5度目となるこのやり取りに、私は最初ほど感情を動かされることはなくなっていた。
彼女の死になにも感じなくなる日がくるのでは、と少し恐ろしくなった。
・
・
・
6月2日
真奈の蘇生を確認。
(略)
12月1日
真奈が死んだ。
12月2日
真奈の蘇生を確認。
(略)
6月1日
真奈が死んだ。
6月2日
真奈の蘇生を確認。
(略)
11月30日
この世界で調べられるものはすべて調べつくしたが、わかることはなにひとつなかった。
もう私は疲れた。あとは真奈と共に生きることだけを考えよう。
12月1日
真奈が死んだ。
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・
・
12月1日
真奈が死んだ。お願いだからこのまま消えてほしい。
彼女がいる限り私は自分の人生にケリをつけることすらできやしない。
もう何回目か覚えていないし、日記を読み返して数えることもしたくない。
彼女が死んでいる間に逃げ出したこともあった。私の目の届かないところで勝手に死んでくれていればと望んでいた。
でも、その間にあの子が危険な目にあっていたら。ずっと泣き続けていたら。苦しんでいたら。
そんな幻惑が私を逃がさなかった。
けれど逃げなかったところで結末は変わらない。いずれは私が先に死んで、彼女は誰に護られることなくこの地獄のような世界に何度も産まれ落ちる。
せめて記憶が全部消えていればよかったのに、彼女はそれすらも許されていない。記憶がある限り、彼女は永遠に私たちを求めて彷徨い苦しみ続ける。
私にはそれが恐ろしい。
だからお願い。
どうか、この日記をつけるのはこれで終わりにさせて。
そうすれば私は沙也加との約束も守れるし、彼女の死を悲しんで人生を終えることが出来るから。
神様、どうか私たちに、救いを。
12月2日
真奈の蘇生を確認。
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