第3話 それがあなたの優しさとしても
手を差し伸べてくれた子がいた。
身体が弱くて、引っ込み思案なわたしを、あの子は手を引いて立ち上がらせてくれた。
嬉しかった。
あの子は誰にでも優しいから手を引いてくれただけなのはわかっていたけれど。
それでも、わたしを一人の人間として扱ってくれたことが。わたしを見てくれたことが。
わたしなんかを友達だと言ってくれたことが、ただそれだけで嬉しかった。
あの子との出会いは、わたしにとってかけがえのないものだった。
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わたしは一人の男の子を好きになった。
なんてことのない、ささいなキッカケだった。
もし告白してフラれたら。告白すること自体が迷惑だったら。
そんな悪い考えばかりが頭の中に湧いてくるので、思い切ってあの子に相談してみた。
そうしたら、なんとあの子の好きな人もその男の子だったらしくて。
少し考えて、あの子は提案した。
「一緒に告白しよう。どっちが負けても恨みっこなしで!」
わたしはポカンと呆けてしまったけれど、あの子はキラキラとした目で訴えかけてくるので、勢いに負けて頷いてしまった。
詳しい日時を決定して、家に帰った後もずっと心臓がドキドキしていた。
これは初めての恋への不安?それとも、背中を見続けてきたあの子の恋のライバルになってしまった戸惑い?
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決戦当日。
わたしは高鳴る心臓と共に階段を踏みしめる。
この階段を登り切った先に待っているのは戦場となる屋上。
あの子は先に着いてるのかな。待っている間はどうすればいいんだろう。あの人はわたしとあの子どっちを選ぶのかな。どっちも選ばないのかな。
頭の中はこんがらがって、冷静じゃないことしかわからない。
いよいよ屋上の扉。このドアノブに手をかけ、押してしまえばもう後戻りはできない。
目を閉じて、すぅー、はぁー、と深呼吸する。
ぐっ、と息を止めて、目を開く。
いざいかん、わたしの戦場へ!
「俺と、付き合ってください」
聞こえた声に、ドアノブをまわしかけた手がピタリと止まる。
いまの声はだれ?間違える筈もない。わたしの好きなあの人だ。
おそるおそる、気取られないように隙間から様子を覗き見る。
見えるのはあの子だけ。あの人の姿はないので、ここからは見えない位置に立っているのだろう。
あの子は戸惑うような表情を見せていた。
あの子はあの人に告白されたのだろう。どうして...わたしは、まだ辿り着いてすらいないのに。
だれもいないだろうにキョロキョロと視線を移して、頬をほんのりと赤らめて。
あんなあの子は初めてだった。
わたしの好きな人に告白されて、あんな顔を...
わたしは思わずあの子に見惚れていた。釘付けになっていた。
「ごめんなさい。わたし、好きな人がいるんです」
だからこそ、その答えにわたしの頭の中は真っ白になった。
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わたしは自宅の布団にくるまって寝転がっていた。
わたしは告白しなかった。体調が悪いとあの子に連絡して、あの子たちにバレないようにそっと帰宅した。
あの人があの子のことを好きだったのも、あの子がわたしよりも早くあの人と共にいたのも、いまのわたしにはどうでもよかった。
わたしの脳裏にこびりつくのは、告白を断ったあの子。
相談した時は、あの人の名前まで伝えたんだから、わたしとあの子の好きな人を間違えているはずはない。
なら、なぜあの子は、わたしが屋上に来るのを待つでもなく、あの人の告白を断ったんだろう。
答えはわかっている。
わたしがあの人を好きだと言ったからだ。わたしに遠慮して、あの子は自分の恋をあきらめたんだ。
わたしの胸が熱くなる。頭の中の脳が黒い炎で焼かれていく。
あの子がわたしを出し抜いて告白しているのであればよかった。あの子が選ばれて、あの人と付き合うのであればよかった。
たとえわたしの想いが成就せずとも、あの子と対等に戦った証は消えないのだから、わたしはそれでもよかった。
なのに現実は違った。
あの子は最初からわたしを見下していた。争う価値のない奴だと見抜いていた。
あの子はどんな子にも優しい。どんな相手にも等しく接している。対等の目線で見ている。わたし以外は。
わたしは彼女にとって対等の友達なんかじゃない。見下され、哀れまれ、施しを受けるだけの哀れな女だ。
なんという屈辱。なんという侮蔑。
彼女に抱いていた感謝と好意が汚れていくのを実感する。
違う。間違っているのはわたしだ。あの子はそんなこと考えてない。
そう己に言い聞かせるほど、自分が滑稽で哀れに思えてくる。
ピロン、と着信音が鳴る。
『日を改めて、一緒に告白しよう』
思わず引き攣った笑みが零れる。
わたしと戦おうとしないあなたがどうしてわたしを戦場に誘うのか。
いや、そもそもの認識が違うのだ。
わたしにとって戦場である告白も、あの子にとってはただの慈善活動。
勇気を出した私を見守る保護者のような気分なのだろう。
思いのたけをぶちまけたいと思った。
今日見たことをそのまま伝えて、胸の中のどす黒いヘドロであの子の優しさを汚し、わたしたちの関係をめちゃくちゃにしてやりたかった。
でもできなかった。
あの子との関係を断てば、わたしは孤立無援になってしまう。
おそらく、きっと、この学校を卒業してもずっと。永遠に。
それに耐えきれるような勇気がわたしにはなかった。
『ごめんね、わたしの都合で振り回しちゃって』
『いいのいいの、気にしないで。お大事に』
そんな空っぽなやり取りで、今日はおしまい。
けれど、明日からもこの気持ちは続いていく。
あの子への嫉妬と憎悪で歪んだ心を隠して。
楽しくなくても空っぽな笑みを浮かべて、あの子の後ろについてまわって。
優しさという餌を与えられ満足したフリをして。
感謝で作った綺麗な箱は、いつの間にか汚いもので満たされてしまった。
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