第1話の続き 悪と華
暴力が好きだった。
自分が殴るのはもちろん、殴られるのも好きだった。
痛みや恐怖で歪む顔を見るのが、自分がそうなるのが好きだった。
暴力が激しくなれば激しくなるほど表情は面白い形になるから、息の根を止めてやりたいと思わない日はなかった。
けどそこまではしなかった。人を殺せば社会的に不利になるし、家族にも迷惑がかかる。
それは嫌だったから、暴力を振るうのにも理由をつけた。
普段から力に訴えかけて人様に迷惑をかけてる奴。これから犯罪を犯す奴。あたしを潰そうとしてくる奴。
そういう世間的に見て『悪くて警察にも頼れない奴』を選んで遊んできた。
可能な限り、限界ギリギリまで。
それを何年も続けてる内に、次第に楽しくなくなってきた。
せっかく歪めた顔も、死を感じてしまえばどれも同じだとわかったからだ。
誰もかれもが同じ顔だなんて、普段となにも変わらない。
興覚めだった。なんだ、これが底なんだと。
ただ、なにもしないままぐうたら過ごすよりはマシだったので、結局、暴力は続けてきた。
いまはまだ笑顔でいられるが、きっとこの笑顔も無くなっていくのだと予感しながら。
『ねえ、あなた名前は?あたしは彩華!』
そんな緩やかな絶望を変えたのは、あいつだった。
あたしにビクビクしながらも、何故か手をとってきたあいつ。弱っちい癖に、あたしの傍から離れようとしなかったあいつ。
あいつは、あたしの暴力を肯定するだけじゃなく、旅行だのゲームだの、色々な遊びを通じてあたしを笑わせようとしていた。
そんなにあたしの笑顔が見たいのか、と不思議に思っていた。
けど、あの日。一緒に富士山の頂上まで登って朝日を拝んだあの時。
ふと、あたしと目が合ったあいつは、「絵美ちゃん、そういう笑顔もできるんだ」なんて呟いた。
顔に触れてみれば、確かに普段とは筋肉の動きが違った。自分では全く意識していないのに。
それがなぜか無性に楽しくなった。
いつも同じ笑顔しかできなかった自分が、こうも歪に歪むなんて想像もしてなかったからだ。
こんな歪みを作れたのは、間違いなく彩華の影響だった。
初めてできた、家族でもないのに対等な存在。暴力を使わずに歪んだ顔を作れる女。
あたしの当面の目標は決まった。
コイツを、彩華の顔を歪めてやる。コイツに暴力を使わず、こいつがやったみたいにまだ見たことない顔に歪めてやるんだ、と。
それも達成出来たら、一緒に新しい歪みを探すのも悪くない。
そう、思っていた。
......
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寂れたビルの上階で、あたしを迎えたのは大勢の人間だった。
どいつもこいつも見覚えのある顔だった。
そんな中、いつもと違うのは、連中の大半が光物や色んな武器を持っていたことだ。
どうやら連中、自分が務所にブチ込まれるよりも、あたしから受けた屈辱を晴らす方が大事らしい。
「ハッ」
思わず鼻で笑ってしまう。
あたしに勝てないからって、あたしよりも弱い奴に手を出して、準備万端に雁首揃えてお出迎え。
女一人にどこまで本気なんだか。
己の顔に触れてみる。
間違いない。いつも通りだ。
彩華が好きだと言った、あの笑顔だ。
「女一人に多勢に無勢の光物持ち...これは正当防衛でいいんだよな」
向こうはあたしを殺す為に光物まで持ち出しているのだ。ならばこちらもそれ相応の暴力で応えよう。
あたしが躊躇っていた先にある歪みがどんな形をしているか、一緒に確かめようぜ、彩華。
周りの刃が煌めき、あたしは拳を強く握りしめ、力いっぱい床を蹴る。
そして、ビルの床は赤く染まり、水滴が交わり赤い水鏡ができた。
そこに映ったあたしの顔は―――
「ハハッ」
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