殺伐感情戦線

@anirowaif

第1話 笑顔でわかるあなたのこと

普通の両親。

普通の友達。

普通の学校。

普通の感動。

普通の日常。


あたしの周りには普通なことしかなくて、こんな普通な毎日が死ぬまで続くんだろうなぁと普通に思ってた。


だからあたしはこれからも普通に過ごす。


そう思っていた、のに...



「なー、いいだろォ?」

「貧しい俺たちに優しい心をちょっとわけてくれればいいんだ。な、わかる?」


ツイてなかった。

寝坊で遅刻しそうだから慌てて普段は使わない道を選んだら、三十秒で路地裏に連れ込まれてカツアゲにあって。

しかもその相手が明らかにヤンキーですって風貌のリーゼントとサングラスの金髪アフロというSAYWAAAHボーボボ―な奴らで。

穏便に済まそうにも財布にあるのは500円だけ。

あたしは昨日、夜遅くまでドラマを見続けていた己を恨みに恨んだ。


「あ、あの...これしか...」


とりあえず財布を見せてみる。


「500円...えっ、こんなことある?きみ高校生でしょ?」


うるせえ。この前、新しい服を買っちまったんだよチクショウ。


「まあとりあえずもらっとくか」


えっ、マジで?見逃してもらえるの?


「えーっと...彩華ちゃんね。へー、お家も近いんだねぇ」


しまった。財布に学生証を入れっぱなしだったの忘れてた。


「なあ、俺たち明日もここにいるからさぁ。今度はたくさん恵んでくれると嬉しいなぁ~」


指をバキバキ鳴らしながらアフロがあたしに脅しかける。

うわ~タチの悪い奴らに目をつけられちゃったよ。

彩華ちゃんの人生はここで暗黒期に突入、か。


あたしがヤケクソ気味に諦めの境地に突入した時だ。


ダダダ、と猛烈な速度で駆けつける足音。


で。


パァン、と高々に音が鳴り、アフロが吹き飛ばされた。

突然やってきたなにかがアフロを蹴ったとあたしが理解したのは、赤く長い髪が顔に被さって数秒後だった。


「なんだぁてめぇはぁ!?」

「いけないなぁ、大の男が二人して女の子をカツアゲなんてさぁ。こりゃあ成敗してやらないとねぇ!」


赤い髪が顔から離れ、あたしの目に映ったのはあたしと同じくらいの歳の女の子だった。

鋭く吊り上がった目に、整った鼻立ちは、昔テレビドラマで見た女版の不良、スケバンを連想させた。

ていうかこれスケバンだわ。今時いるんだな~へぇ~。あたしを助けてくれたのかな、嬉しいなぁ。


アフロやリーゼントのパンチやキックをものともせず殴り返し、蹴り返し。凶悪な笑みを浮かべてぶっ飛ばして。


そんな目の前の光景があまりにも日常離れしていて、あたしの思考はとっくに停止していた。


たぶん数分くらいかな。


ボッコボコにされた不良たちは壁にもたれかかって息を切らしてて、女の子は両手が真っ赤に染め上げて立ち尽くしていた。

呆然と立ち尽くしているあたしを他所に、女の子はしゃがみ込みアフロの首元を締め上げる。


そこでようやくあたしは我に返る。これちょっとマズイやつじゃない?


「あ、あのさ!もう助かったから十分だよ、ありがとう!」


あたしが慌てて声をかけると、女の子は手を離し、アフロたちに顔を向けたままあたしに答える。


「大丈夫だったか?怪我ァなかったか?」

「あたしは大丈夫だよ。それよりもあなた...」

「だったら早く行きな。でないと遅刻しちゃうぞ?」


女の子はグリン、とあたしの方へと顔を向けた。


「あ、アハハ、いっけない。こんなことしてる場合じゃないよね!ほんとありがとね~」


あたしは慌てて時計を見て、形式上の挨拶だけを済まして走り去った。


...別に、遅刻が怖かったわけじゃない。


あの子の顔を見た時、背中に寒気が走ったから早く離れたくなっただけだ。


あの子は笑っていた。今まで見てきた誰よりも凶悪に。


そしてこの時のあたしは知る由もなかった。


この笑顔のせいで、あたしの普通の人生が変わっちゃうことに。





前述から察したかもしれないが、あたしと女の子の関係はこれで終わらなかった。


帰り道、またもや別の不良にカツアゲされかけた時。

ひったくりにあった時。通り魔に襲われそうになった時。


女の子はいつもやってきて、あの笑顔で相手を必要以上にボコボコにしてあたしがお礼を言う前に帰っていく。


流石にここまで連続して不運に遭遇すると、あたしだって色々と勘ぐってしまう。

これまでの件は全部あの子の差し金なんじゃないか。

だとしたらなぜ。何のために。

それにあの笑顔...なぜだか目を離せない。


気になることが多すぎたあたしは、ついに意を決して聞き出すことにした。


もう五回目くらいの遭遇だろうか。


倒れている痴漢の髪を掴み拳を固める彼女に、あたしは呼びかけた。


「ねえ、あなた名前は?あたしは彩華!」


女の子はキョトンとした顔であたしを見る。...なんか、この子の笑顔以外の表情、初めて見た気がする。

女の子はややあって、口を開いた。


「絵美。あたしは絵美だ」


返事がきた。これを好機とみて、あたしはすぐさま提案する。


「絵美ちゃん!あたし、あなたに今までのお礼がしたいの。だからどこか食べにいかないかな!?もちろんおごりで!」

「いや、いいよ。お礼を言われるようなことしてないし」

「いいからいいから!絵美ちゃんと色々とお話ししたいし!」


あたしは絵美の腕を引き、強引に連れ出そうとする。

中々動かなかった絵美だが、引きずり続けるあたしに根負けして、ようやく歩き始めた。


絵美が選んだのは飲食店ではなく公園のベンチだった。


人気が無い方が落ち着くらしいので、あたしは文句を言わずにジュースを二つ買って絵美と一緒に腰を掛けた。


「...で、聞きたいことってなに」


絵美は気だるげにあたしに問いかけた。

その顔から笑みは消えていて、へえ、いつも笑顔ってわけじゃないんだ、と今更な感想を抱いた。


「えーっとね、大したことじゃないんだけど」

「なんで何度もなにかしらの被害にあうのか。絵美がなにかやってんじゃないの?」


あたしが聞きたかったことを、絵美は先んじて口にした。


「な、なんでわかったの?」

「わざわざあたしを呼び止めたんだ。それくらいしかねーだろ」


言われてみればそうである。


「ま、簡単なことさ。あんたが狙われやすい雰囲気出してるから妙なのが近寄りやすいんだ。あたしはそれを追っかけたらたまたまあんたが絡まれてたってだけ」

「...えっ、それだけ?」

「それだけ~」


あたしはガクリと肩を落とす。

よくよく考えれば、お互いに名前を知ったのがついさっきなんだから、得するもなにもないじゃん。


「...んじゃ、ジュースご馳走様」


あたしの反応を見て、これ以上聞くこともないと悟った絵美は缶を置いて立ち上がる。


「ま、待って!」


そんな絵美の腕をとり、あたしは慌てて止める。


「まだ聞きたいことあんの?」

「え、えっと...」


呼び止めてから考える。

今までのは偶然だってわかったし、聞くことないじゃん。

あとは精々、なんでいつも笑ってるのかくらいしか...


あっ、聞くことあるじゃん。


「なんでいまは笑ってないの?いつも笑ってるじゃん」

「楽しくなけりゃあ笑わないだろ」

「えっ、楽しいから?じゃあいつも楽しんでるの?」

「うん。暴力好きだし。ああいうの相手ならあまり問題にならないし」


あっけらかんと答える絵美に驚愕する。

まだ人助けが好きならわかる。でも、この子は暴力が好きだと言った。

いやおかしいでしょ。そんなの人としてどうかと思う。


「...なにか、好きな理由でもあるの?」

「ないよそんなもん。家族はみんな普通だし、虐待されたこともないし」


やっぱりおかしかったんだ。なるほどね。今までの行動が繋がった気がするわ。

あー、こりゃ離れた方がいいわ、うん。曲がりなりにもお礼はして義理は果たしたし。

さよなら絵美ちゃん。あなたの笑顔はあたしの記憶の片隅にとどめておくよ。


あたしはこれからも普通に生きていくんだ。


普通、に...


...............


...............



...絵美ちゃんは、普通じゃないからあんな笑顔ができる。


それって、普通に生きてたらもう見れないってことだよね。


「ねえ、絵美ちゃん。メアド交換しない?」


それは、なんかやだなぁ。









粘りに粘って、あたしは絵美ちゃんのメアドをゲットした。

そしてあたしは言った。

あたしが悪い奴を集めやすいなら、あたしが積極的に怪しい場所に行ったら、絵美ちゃんもっと喧嘩できるんじゃない?って。

絵美ちゃんは「止めとけ。後悔するかもしれない」って言ったけど、あたしは絵美ちゃんの手を握って言い返した。


「でも悪い奴がいっぱいいるなら積極的に止めないと!あたしだけでもこんなに事件に巻き込まれてるのに、ほかの人がなにもないわけがないよ!

泣き寝入りしてる子だってたくさんいるかもしれない。絵美ちゃんの暴力はそんな人たちを救うために使われるべきだ!」


流石にこの発言には絵美ちゃんも引いたようだけど、もともと悪党狩りは続ける予定だったらしいから、好きにしろと了承してくれた。


自分でもなかなかヒドイことを言ってる気がする。人をダシにして自分の意見を正当化させようなんて。

でももうこの衝動は止められない。


そこからはもう快進撃。

あたしが絡まれて、絵美ちゃんが乱入して殴り合って。

不良はメンツの生物だから、女の子一人に負けたなんて口が裂けても言えないし、不審者なら捕まえることで怒られることはないし、喧嘩が問題にあがることは特になかった。


あたしたちの周囲から悪党がいなくなったら、今度は一緒に遠出して色んな遊びをしつつも探してみて。


絵美ちゃんが喧嘩して見せる笑顔を見て、あたしはまた彼女に惹かれていって。


あたしは絵美ちゃんの笑顔が好きだ。

凶悪で、普通じゃなくて、だけど自分に正直な絵美ちゃんの笑顔が。


逆に、つまらなさそうな絵美ちゃんはあまり見てられない。

そんな、あたしみたいに普通の枠に留まりそうな彼女は見たくない。

絵美ちゃんの笑顔の為なら、悪い人たちの事情なんて知ったことじゃない。


そして、いつかあたしも絵美ちゃんみたいに普通じゃなくなりたい。


普通じゃなくなって、絵美ちゃんの隣に立って、これで友達だって言いたい。


その時のあたしは、どんな顔をしてるんだろう。







「...聞こえてるか?どっちでもいいけど...まあ、こいつは独り言だと思って聞いてくれ」


「あたしは暴力が好きだ。恐怖と痛みで歪んだ顔が好きだ。けど、いつからか飽き始めてた。誰もかれもが同じような顔に見えてきてさ。まあ、慣れちまったんだろうな」


「なんもしないよりは楽しいから続けてただけでさ。もういいかなって、そろそろ止めようかと思ってたんだ。...あんたが、あたしの手を引くまでは」


「今まであたしの名前を聞こうとする奴なんざいなかった。そりゃそうさ。何度もタイミングよく割り込んできて、暴れるだけ暴れる奴。関わり合いになりたくないにもほどがある」


「けど、あんたは違った。あんたはあたしを知ろうとした。...いま思えば、新しい刺激があるかもってあんたに期待したのかもしれないね」


「実際、割と楽しかったよ。暴力にも意味ができて新鮮だったし、買い物とかゲームとかなんてことない遊びとか、そういう普通なことにも興味が持てるようになったし。それだけ一緒にいたから、あんたとツルんでるのもバレたんだけどな」


「...あたし、後悔するかもしれないって言ったけどさ。どうだった。あたしとツルんでて、あんたは楽しかったか?」


「...顔、見るぞ」


「......」


「......」


「...そうか。そりゃあよかった」


「んじゃ、行ってくるわ。...またな、彩華」

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