赤い川面とホームレス
わたしは以前ここで学校帰りに風景画を描いた。コンクールのためだった。
通学路には大きな橋があって、その横に堤防がある。
あの時はここいらの手頃な木陰に腰を下ろして手の赴くままに色鉛筆を走らせた。徐々に赤く染まる夕日を描いたのだ。
そもそもコンクール用の絵を描くのは乗り気でなく、嫌々ながらの作業だった。そのせいか作品は小さくまとまってしまい、ただ何を描いたのかは読み取れるものの良い絵画かと聞かれればそうでもない、目立つことのない絵に仕上がってしまった。技術がないのはもちろんのことだったが、ただ絵を完成させることを目的として描いていたためにイメージと異なる仕上がりに妥協したり、気持ちを込めることをしなかったりだった。それから色を足し付けたり、細部の調整をしたりして完成させたものの、自分で見ても物足りない絵画に仕上がったのだった。
さて、そんな作品が賞を取れるわけもなく、誰にも見向きもされず持ち帰ったときは虚しさが募った。コンクールが終わって返ってきた絵を手に持って、絵を描いた場所に差し掛かったところ、急に感情が爆発して持っていた絵を細切れに破り、川に投げ捨てて走り去ろうとした、その時だった。
「コラ、ゴミを川に捨てるな!」
橋の下、河川敷から声がしたのだ。わたしは背筋に冷や汗をかきながら、全速力で帰宅した。
しかし翌日になってその声の主が朝、そう、翌朝の通学中に声をかけてきたのである。
「川にゴミを捨てるな」
見るからにホームレスだった。
学生に声をかけて問題にでもなったらどうするつもりだったのだろうと思う。彼はそういったことを何も考えずにコンビニの袋に詰めたわたしの細切れに破いた絵を渡してきたのだ。その時わたしはややビビりながらも、クラスメイトと一緒だったのでそのほど緊張もせずゴミを受け取った。
「はぁ、すんません」
それをわたしが受け取ると彼は表情も硬いままその場から静かに立ち去ったのだ。仕方なかったので、それは学校のゴミ箱に捨てるつもりだった。
学校につくとわたしはすぐさまゴミ箱に汚らしいコンビニ袋を突っ込もうとするが、何を思ったのか捨てることをためらってしまう。
結局捨てられなかったので、机のフックに引っ掛けた。
そのゴミはコンクールと同じくクラスにおいても余り目立つことなく放課後までそこにいた。
それが何やら引っかかり、どうしても悔しかったので復元作業をすることした。
新しい画用紙にまるでパズルかちぎり絵かのように一枚一枚丁寧に組み立てていく。
出来上がった絵画は汚れていて虫食い状態で、元の絵も褒められたものではなかったのでその程きれいに見えるものでもなかったが、達成感はあった。日が暮れかけている。
帰り道、その絵を持って堤防の上に来た。なんとなく風景と重ねてその絵を見てみたかったからだ。
そうやって風景と絵を重ねて眺めていると、また今朝のホームレスに声をかけられた。
「ゴミなどと言ってすまなかった。夕日の絵だったのか」
ホームレスは二歩ほど離れた後方から絵とわたしを見比べながら悲しそうな顔をしていた。
「いえいえ、ゴミでしたよ。これは」
背格好と表情があまりにも惨めだったので、ホームレスと会話するその非日常感よりも同情感が上回って応対してしまった。
「いい絵だ。太陽の色がいま見ているのと一緒だ」
それだけ言って彼はまた彼の家であろうブルーシートの掘っ立て小屋に向かって行ってしまった。
そう言われてわたしはまた絵と夕日を見比べる。確かに色味はいい赤を出せているようにも見えた。それでもやはり、絵画全体としてはいい絵だとは思わなかった。
それからというもの、毎日のようにわたしは堤防の天端でクロッキー帳に鉛筆を走らせている。
クラスメイトにホームレスに絵の色味を褒められたことを伝えたところ、危ないでしょう、と注意された。確かにそうかもしれない。でも嫌々ながらではなく描く絵は思ったようにかけなくても苦しくなかった。
絵の楽しさを教えてくれたのは、あの見る価値もないゴミを拾い上げ、そのゴミの寄せ集めのような汚いちぎり絵未満の作品の、良いところを見出してくれたホームレスのおかげかも知れなかった。
クラスメイトに指摘されて以来、少し怖くてホームレスのいる河川敷の方の堤防ではなくて別なところで絵を描いていたが、ふと思い立って一番最初に絵を描いていた場所でもう一度描いてみようとそちらに向かった。しかし、ブルーシートの掘っ立て小屋が取り払われていた。
赤く染まる川の水面に、もう一度あのブルーシートを見たいかもしれない。と思った。
ホームレスの彼がわたしの前に姿を表すことはなかった。
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