19 不穏な影は至る場所にある

 放課後。詩穂しほの職場の、宝士ほうし図書館へ行ってテスト勉強に取り組むわたる。だが彼の目的は、他にあった。本を探すふりをしながら、本棚の森の中をきょろきょろと見回す。


「なぁにを探しているのかな?」


「うわぁっっ!」


 そんな彼の背後に、いつの間にか母が忍び寄っていた。普段賑やかな人物であるが故、静かにしていれば気配が読めない。思わぬ襲撃に、渡は腰を抜かして尻もちをついてしまう。


「また憧れのお姉さんとお話ししたくて来たのかい?」


「やめろよ……。親に直接そう言われるの、結構心に来るんだから……」


 勝ち誇ったような顔の詩穂。


「親の目の届く範囲で、いちゃいちゃでれでれしてる渡くんが悪いんだよ~」


 息子をからかうのがそんなに楽しいか、母よ。立ち上がって、今度こそ本当に勉強の資料を探そうとすると、そっと母が教えてくれる。


「今日は来てないよ、あの子。大学の方も忙しいんじゃないかな?」


「…………分かった。ありがとう」


 報告されると、本人に自覚はないだろうが、彼の両肩は普段よりも5センチは下に降りていた。


 ため息を吐きながら、本を探す。古典、漢文、現代社会。そして歴史のコーナーに入った時に、渡の目に飛び込んできたものがあった。


『魔女狩りという風習』


 嫌なタイトルの本だった。だが思わず、それを手に取ってしまう。パラパラとめくって行くと、中身はかつて行われていた処刑制度についてと分かる。実際の魔法使いとは、無関係そうだった。


「(なぁ、かざりさん。今の時代に俺みたいな転生者がいるってことは、過去にもいたりしたのか?)」


『そればっかりは私にも分からないよ。言えるのは、この世界にも過去、魔法と言う概念が存在した、ということくらいさ』


 本を本棚に戻しながら、


「(この本に載ってる魔女ってのは、みんな嘘くさいけどな)」


『本物の魔法使いなら、そう易々と正体がばれるようなヘマはしないさ』


 続けて、別の本を取ろうと指を動かしていると、誰かの手とぶつかった。


「すみません」


 咄嗟に謝る渡。相手は、自分より少し年下に見える女の子だった。


 女の子は、なぜか目を彼に向けたまま黙ってしまう。何だか居心地が悪くなり、渡はその場から離れようとした。すると彼女が突然、話題を切り出してきた。


「魔法使いに、興味がおありですか?」


 まるで、悪徳商人のセールスのようだ。胡散臭いトーンの声だった。


 気味が悪くて、無視して移動しようとする。


 しかし、いきなり腕を掴まれた。


「何か用かい?」


「直に分かるよ。魔法使いの力がどれ程のモノか」


 にたり、と大きな口が三日月を描く。まるで口裂け女だ。


 彼女の腕を振り払って、あらかじめ取っておいた席に戻ると、渡は教科書やらノートやらをテーブルの上に広げていった。


 テストまで、あと2週間だ。気合を入れて取り組まなければ。変な奴に構っている暇はない。そういえば、あの女の子は? 周囲にはもうそれらしき人影はなかった。




 同時刻。とある運送会社の車庫の中。10メートルはある巨大な獏の姿をした怪物が、全身のありとあらゆる箇所から血を噴出して、倒れていた。息はもうしていない。死んでいる。そんな獏の死体の上に、黒い長髪で、足先に纏足てんそくをした女は座っていた。


「少しやり過ぎたな……。まぁいいよ。死体にも魔力は残っている」


 彼女は懐から銀色のコインを1枚取り出す。そしてそれを、獏の背中に押し当てる。すると獏は砂になって崩れ落ちる。代わりに、コインが淡い桃色に染まっていた。まるで、力を吸い取ったみたいに。


 女性は自分の背丈と同じくらいの長さの杖を突きながら歩く。彼女は度々死体を跨いでいった。さっきの獏ではない。それに殺された、会社の社員たちの死体だ。顔は恐怖に歪み、手足は急に動きを止められたように変なポーズで硬直している。


「早く復活してくれよ、獄世渡龍ゴクヨトリュウ。私はお前の力が欲しい」

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