16 刻世と聖

 電車に揺られながらバイト先に向かう刻世ときよ。ぼんやりと携帯の画面を眺めている彼女の頭の中に、楽しそうな声が響いた。


『なぁなぁ刻世』


「(嬉しそうだね、ひじり。また仲間に会えたから?)」


『まぁね。まさかもう1度、かざりちゃんと会えるとは、思ってもみなかった。あんな目に遭ったんだ。もう皆、死んだと思ってた。俺自身もね。でもどうしてか、こうして君の中に蘇った。そしてまた「災禍の化身」と戦って、なんだかもう嫌になっていたんだ』


 刻世は黙ったまま、それを聞いている。


『独りぼっちで、いつ終わるか分からない戦いを続ける。怖かったし、それに刻世を巻き込み続けるのも、苦しかった』


「(気にしないで。どうせ、わたしも独りぼっちだったから。生きている意味だって、大してなかったし)」


『そんなこと言わないで。君がいなくちゃ、お母さんは――』


「(母さんの話はしないで)」


 きつく念じると、頭の中の声はしばし止んだ。だがまた会話が始まる。


『ねぇ刻世。あの子、どう思う?』


「(誰のこと?)」


風科かざしなわたるくん……って言ったけ? 飾ちゃんの転生者の彼だよ』


「(ああ、あの。どうって言うのは?)」


 ふふふふ…………、という怪しい笑い声がして、刻世はぶるりと震えた。薄らと鳥肌も立っている。


『なかなか可愛いと思うんだよなぁ。今度会ったら、もっとゆっくり話したいなぁ』


 言い終わった後に、さらに舌なめずりの音までした。刻世は、素肌の背中をススキで撫でられたみたいに、背筋を強張らせる。突然何を言っているのだこの男は。


「(聖……キモいよ)」


『酷いなぁ。刻世はどう思った?』


「(どうでもいい。わたしは他の魔法使いになんて、興味はないよ)」


『こらっ。そんな自分本位じゃなくてさ、もっと人と関わりを持たなくちゃ。いざって時に、1番力になるのは友達だよ』


「(空想だよ、そんなの。本当に頼れるのは自分だけ。わたしは今まで、そうやって生きて来たんだから)」


『この際変わればいいよ。自分を守る殻に閉じ籠っていないで、もっと他人と接する、もっと他人に優しくしなくちゃ』


「無理だよ……」


 頭の中で念じるのではなく、実際に口に出してしまった。幸い、周囲の乗客には聞こえていなかったようで、奇異の視線を向けられることはなかった。


「わたしにそんなこと、できるはずない」


 自信のない、か細い、吐息のような声。


「わたしなんかが、誰かのために、なんて……・」


『そんなこと言っちゃダメだって。刻世はいい子なんだから』


「ううん」


 窓の外をぼんやりと見つめながら、ぼんやりとした言葉を彼女は吐く。


「わたしが優しくなれるなんて、それこそ生まれ変わりでもしないと無理だよ」


 車内アナウンスが響く。彼女の下車する駅の名前が読み上げられた。扉が開くと、すぐさま電車から降り、改札口へ向かう。バイトに遅刻して、給料を減らされてしまっては大変だ。


 刻世の頭の中にあるのは、そんな考えだけだった。

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