16 刻世と聖
電車に揺られながらバイト先に向かう
『なぁなぁ刻世』
「(嬉しそうだね、
『まぁね。まさかもう1度、
刻世は黙ったまま、それを聞いている。
『独りぼっちで、いつ終わるか分からない戦いを続ける。怖かったし、それに刻世を巻き込み続けるのも、苦しかった』
「(気にしないで。どうせ、わたしも独りぼっちだったから。生きている意味だって、大してなかったし)」
『そんなこと言わないで。君がいなくちゃ、お母さんは――』
「(母さんの話はしないで)」
きつく念じると、頭の中の声はしばし止んだ。だがまた会話が始まる。
『ねぇ刻世。あの子、どう思う?』
「(誰のこと?)」
『
「(ああ、あの。どうって言うのは?)」
ふふふふ…………、という怪しい笑い声がして、刻世はぶるりと震えた。薄らと鳥肌も立っている。
『なかなか可愛いと思うんだよなぁ。今度会ったら、もっとゆっくり話したいなぁ』
言い終わった後に、さらに舌なめずりの音までした。刻世は、素肌の背中をススキで撫でられたみたいに、背筋を強張らせる。突然何を言っているのだこの男は。
「(聖……キモいよ)」
『酷いなぁ。刻世はどう思った?』
「(どうでもいい。わたしは他の魔法使いになんて、興味はないよ)」
『こらっ。そんな自分本位じゃなくてさ、もっと人と関わりを持たなくちゃ。いざって時に、1番力になるのは友達だよ』
「(空想だよ、そんなの。本当に頼れるのは自分だけ。わたしは今まで、そうやって生きて来たんだから)」
『この際変わればいいよ。自分を守る殻に閉じ籠っていないで、もっと他人と接する、もっと他人に優しくしなくちゃ』
「無理だよ……」
頭の中で念じるのではなく、実際に口に出してしまった。幸い、周囲の乗客には聞こえていなかったようで、奇異の視線を向けられることはなかった。
「わたしにそんなこと、できるはずない」
自信のない、か細い、吐息のような声。
「わたしなんかが、誰かのために、なんて……・」
『そんなこと言っちゃダメだって。刻世はいい子なんだから』
「ううん」
窓の外をぼんやりと見つめながら、ぼんやりとした言葉を彼女は吐く。
「わたしが優しくなれるなんて、それこそ生まれ変わりでもしないと無理だよ」
車内アナウンスが響く。彼女の下車する駅の名前が読み上げられた。扉が開くと、すぐさま電車から降り、改札口へ向かう。バイトに遅刻して、給料を減らされてしまっては大変だ。
刻世の頭の中にあるのは、そんな考えだけだった。
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