15 映画館と書いてチャットルームと読む

 気が付くとわたるは、覚えのない場所にいた。いつもの喫茶店ではない。同じ方向に揃えられた大量の椅子。しかも段々に並べられている。その先には、大きなスクリーン。これは――。


「映画館?」


 今の呟きは渡ではない。刻世ときよだ。


「どうやらここが、共有場所みたいだね」


 がちゃり、と扉が開く音がした。そちらへ目を向けると、かざりひじりが上ってくる。なぜか手にポップコーンを持って。


 飾は適当な席に座り、ポップコーンを食べ始める。聖も彼女の隣に腰かけ、ドリンクに口をつけた。


「待って待って。何か説明してくださいよ。俺、よく分からないんですけど」


「わたしからもお願い。ここは? いつもとは違っているよね?」


 それぞれの転生者に質問され、魔法使いたちはやれやれ、といった感じに応答した。


「渡。ちょっとこっちに来て」


「?」


 飾に言われるままに歩み寄る渡。すると唐突に、頭を鷲掴みにされた。これには覚えがある。彼女が現世の情報を知るために、たまにやる行為だ。


「簡単に言うと、チャットルームって所だよ」


 記憶を読み終えたのか、手を放し、説明をしながら再びポップコーンを食べる飾。


 チャットルーム。そう言われて渡は考えた。


「つまり、会話のための共有スペースすか?」


「そういうこと。交信用の魔力――君らで言うメールアドレスだね。それを伝え合うことで、この場所に意識が入れるようになる」


 刻世と聖も、同じように話し合っていた。


「それじゃあ他の魔法使いとも、交信の力を伝えたら……」


「そ。ここに入れる奴が増える。いろんな相手と交流できるようになるよ」


 なかなか面白い魔法もあるんだな、と渡は思った。これまで見て来たのは、どれもこれも、戦闘のための魔法だった。敵である『災禍の化身』を倒すため。自分の身を守るため。そんな使い方ばかりだ。違った用途と言えば、攻撃用の魔法を応用しての人命救助くらいだ。それもちろん、大切な使い道だ。けれど、結局は殺しのための道具だった。銃を手にして、気に食わない輩を殺めるか、危険な機械を破壊するか。それと変わらない。他人と交流するための魔法。それ自体がなんだか、渡には新鮮に映った。


「ここにはいつでも来られるんですか?」


「まあ、いつもの深層の間と変わらないよ。気を付けるのは、相手の都合を考慮することだね」


 説明する飾の、ポップコーンを食べる手は止まっていた。カップの中が空になったからだ。


「相手が自分と同じように、ここに来られる訳じゃない。取り込み中かもしれないしね。無理に交信しようとはせず、互いに都合がついた時に入るといい」


「相手の状況が把握できない時は?」


「その場合は、あのスクリーンに映ると思うよ」


 答えたのは、聖だ。


「俺らの前世では、交信部屋には掲示板があって、誰が交信用魔力を遮断しているか表示されていた。魔力を遮断中ってのは、こっちに来る余裕がないってことだかんね」


 本当、便利なものだ……。今の最新鋭の機器にも、そんな機能はなかなかついていない。


 魔法使いは、科学に囲まれているよりもずっと、豊かな生活ができるに違いない。


「でも、この状況ならどうなんだろうな?」


 次に疑問を浮かべたのは、飾だ。


「今の私たちなら、魔法使いと転生者、どちらかだけが入室する、ということも可能なのでは?」


「そうだな……。面白そうじゃん。ちょっと試してみようよ」


 そう聖が提案したので、ちょっとした実験が始まった。まずは一度、飾と聖の魔法使い組が残り、渡と刻世の転生者組が退室したみた。


 転生者の2人は、1度目を覚まし、現実に戻ってくる。


「「…………………………………………………………………………………………………………」」


 どうなったのか、いまいち分からなかった。




 現実に意識が戻って来た。それは分かる。けれど前世である人格が今どうなっているのか、分からない。


「なぁ、飾さん。いるのか?」


 返事はなかった。実際に口に出しても、心の中で念じてみても、反応がない。


「どうやら、成功したみたいだね」


 刻世が話しかけてきた。どうやら彼女も、聖と会話ができるか試みてみたようだ。


「魔法使いの2人が共有スペースに残ることができたんだ。きっと転生者のわたしたちも、同じように、単独で入ることができるんじゃないかな」


「それじゃあ、今度は俺たちで試してみようか?」


「そうしたいのは……山々だけど」


 腕時計に目を落とす刻世。その後、渡に背を向けて歩き出した。


「ごめんなさい、もうすぐバイトの時間なので。失礼します」


 一瞬だけ振り返り、一礼して、彼女は去って行った。


 1人残された渡。


 やがて戻って来た飾が、何気なく彼に尋ねた。


『どうかしたのかい?』


「いや…………何でもない」


 でも確か、刻世の制服は彼の通っている高校のものと同じだった。それならきっと、またすぐに会える。そう思った。

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