14 VS人呑みサーカス

 2人になった魔法使いたちの猛攻が始まる。突風と樹木のコントラスト。切り刻まれ、串刺しにされていく『人呑みサーカス』の団員たち。


「ヒイイイ」「ウヒャアアア」「キャアハハハハ」


 気味の悪い、笑い声のような断末魔がこだます。思わず耳を塞ぎたくなってしまうが、そうはいかない。


「カオス・フォレスト!!!!!」


「ストーム・デス・カッティング!!!!」

 ひじりかざり。それぞれの最強技が繰り出される。突然森が出現したかと思うと、すぐにそれは暴風に吹き飛ばされ、巻き上げられた。丸太に触れた瞬間、団員はぐちゃぐちゃに潰れる。風の刃に触れた瞬間、団員はぺらぺらに刻まれる。


『すげぇ…………』


 飾の視点から戦いの様子を見ていたわたるは、唖然としていた。魔法使いの力とは、こんなに凄いものなのか。1人では困難だったことも、2人でなら一瞬の内に片付く。1+1が100を越えている。


 一方的な2人の攻撃によって、ほとんどの敵は倒すことができた。


「あとは団長だけかな……」


「いいやぁ。ほら見て、アレ」


 飾は、聖が指差した方向に視線を向ける。そこには4メートルはあったであろうモノの遺骸が転がっていた。肉体のあちこちに切り傷があり、そこからべたべたした蝋が流れ続けている。


「なんだ。もう殺してたか」


「うん。それじゃあ団員の殲滅は完了。残るは本体だね」


『本体? 何すかそれ』


 渡が尋ねた直後、周囲の風景が変わった。極彩色の異空間から、街中の公園へ。


 緑の芝生と噴水。餌に群がる鳩。それだけ見れば、何の変哲もない、市民の憩いの場だった。だが、肝心の公園にいる人々の様子がおかしい。


『どうしたんだこれ! 皆、何を――っ』


 誰も彼も、虚ろな目をしている。猫背で、腕はまるで4足歩行をするかのように前に垂れていた。足取りも覚束ない。まるで眠っているところを、何者かに引っ張られているみたいだ。


「あいつが『人呑みサーカス』の本体。通称『館』だ」


 魔法使い2人の前方。そこには学校の体育館くらいの大きさをした、ピンク色のテントが。しかし明らかにただの建物ではない。脈動している。上部には巨大な眼球。入り口の部分には、よく見ると歯が生えている。あれは生き物だ。


「聖! バリケードを張れ。この人たちをアレに近づけるな!」


「おっけっけ~。でも飾ちゃん。アレ仕留められる? でか過ぎるし、俺がやった方がいいんじゃないか?」


「私だと、この人たちを無傷で足止めできない。君に頼みたい」


「分かった――――。リーフ・ブロック!」


 地中から植物が生えてくる。それらは密接に絡み合い、隙間を失くし、巨大な防壁となった。


 飾は、武器を握る右手に力を籠める。足を肩幅以上に開き、少し芝を沈めるくらいに踏ん張る。鎌を振り回し、切っ先を頭上に掲げ、術名を叫びながら振り下ろす!


「ストーム・デス・カッティング!!!!」


 暴風の刃が吹き荒れる。地面を切り裂き、空気を傷つけながら、『館』へ向かって唸りを上げる。


「ぐぅあっ!」


 自分の魔法の威力に耐えきれず、飾は後方へ吹っ飛ぶ。芝の上を転がりながらも、視線は常に敵の方を向いていた。


『館』の片目がもげる。口からは「キヒィ……キヒィ……」と、椅子が軋むのに似た鳴き声。魔法が効いているのは明白だった。だが、何分相手が大きすぎる。まだまだ攻撃が足りないようにも見えた。


 そんな時、聖の方にも動きが。


「待って。そこでストップ! 行っちゃ駄目だ!」


 人々が、茂みのバリケードを無理矢理突っ切ろうとしている。乗り越えようとする者。腕で掻き分けてくる者。


「行くな! あなたたちを殺したくない!」


 どういうことだろうと、渡は聖の言葉を聞いていた。


「私たちが倒した、あのサーカス団員がいるだろう」


 渡の疑問に飾が答えてくれる。


「あれは元々普通の人間だった。あの『館』に食われた人間は、精神を吸い取られ、やがて空っぽの人形になってしまうんだ」


『じゃあ、この人たちも、あの中に入ったら――』


「団員になってしまう。そうなる前に、あいつを倒すぞ!」


 再び右腕に力を籠める飾。だがその手には、薄らと、白い糸が浮かんでいた。


「そろそろ魔力が消える……。その前にっ!」


 もう大技は撃てない。そう判断した彼女は、鎌を杖へと変形させる。


『ステッキ モード』


 武器から鳴る機械音。


「ウィンド・ボール!」


 杖の先端に、空気の塊が形成される。それは風船のように膨らんでいく。やがて直径1メートルはある、巨大な球になった。


「いっっっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 飾はその空気球を、『館』目掛けて発射した。球の速度は遅い。人間が歩いているみたいだ。ゆっくりゆっくり、球は標的との距離を縮めていく。


「キャッキャッキャ」


『館』の笑い声。大きく開いたその口に、空気球は飲まれた。


 次の瞬間。


 ボコボコンッ!


『館』が急激に膨らんだ。歪な形に、それは膨張していく。


「ストーム・プロテクト!!」


 飾は『館』を中心にして、巨大な竜巻を発生させた。その内部には人呑みサーカスと双葉椿ふたばつばき飾しかいない。


「渡……。かなり荒い手を使うが、大丈夫かい?」


『俺は平気っす。これが最善なんでしょう?』


「ああ……、ありがとう、分かってくれて」


 止まらない『館』の膨張。だが、いつまでも膨らみ続けられる訳ではない。やがて限界は訪れる。竜巻の端に寄って、身体を小さくする飾。少しでも、この後やってくる衝撃に耐えるためだ。奥歯を噛み締め、舌を噛まないようにする。


「キャアッ、キャキャキャキャ!?」


 ぱちん。そう音がした気がした。


 直後。人呑みサーカスの『館』が割れた。内部から暴風が吹き荒ぶ。まるで巨大な爆弾が爆発したみたいだ。竜巻がその衝撃が周囲へ漏れるのを防いでくれる。だが、内側にいる飾は一溜りもなかった。


「うわあああああああああああああ!!!!!!!!」


 しっかり噛んでいた歯は離れ、結局、叫んだ瞬間に唇を噛んでしまった。


 やがて竜巻が消える。飾への変態は解け、渡が地面に倒れていた。


 人呑みサーカスはもう倒した。


「おっし。これでオッケイ」


 聖もバリケードを消滅させる。そこで足止めされていた人々は、正気を取り戻したようで、不思議そうに周囲をきょろきょろと見渡していた。


「やるじゃないか、君ら」


 歩み寄って来た聖も、徐々に変態を解いていく。中から現れたのは、背の低い、中学生くらいの女の子だった。明るめの色の短髪が、健康的な印象を与えてくる。そして渡は、そんな彼女の服装に見覚えがあった。彼の通っている高校の、女子の制服だ。ということは高校生か。


「えっと……君は」


「初めまして」


 鈴を転がしたような、澄んだ声だった


朽木くちき刻世ときよといいます。よろしくお願いします」


 深々と礼をする刻世。随分と礼儀正しい子だった。


 そんな彼女に釣られ、渡も頭を下げる。


風科かざしな渡です。よろしく」


 彼の中で、飾が声を上げた。


『彼女の持っているコインと、君のコインをくっつけろ』


「え、どうして?」


『やってみれば分かるさ』


 飾がニッと笑っているのが目に浮かぶ。渡は言われた通り、ブライトコクーンのコインを差し出した。刻世に事情を説明し、彼女のものも取り出してもらう。2つのコインが重なる。次の瞬間、2人の意識は、どこか遠くへと飛んで行った。

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