8 バディ結成
「さて……質問はこの辺でいいかな」
こほん、と咳払いをしてから、きりりと表情を整える
「本題に入ろう。お願いだ、
渡は瓦礫の山で感じた、海のように沈んでいくような、恐ろしい感覚を思い出す。
「俺の身体を支配するってことですか?」
「その通りだ。私の意識が支配することで、君の肉体は私の肉体になる」
「??」
それはつまり――。
「私が表に出ている間のみ、君の身体は私のものに作り替えられるんだ。骨格、肌の質、毛髪、筋肉、左腕の有無、全てが変化して『君』は『私』になる」
風科渡から
「これをつけてくれ」
そう言って飾が差し出したのは、ピンバッジだった。直径3センチくらいの綺麗な丸をしていて、内側に同じく正円のくぼみがある。まるで上から何かを嵌めるかのように。
「何ですか――これ。つけてどうしろって」
ぶつぶつと文句は垂れるものの、渡は言われた通りにピンを服の襟元に留める。だが、特にこれと言ったことは起きない。本当にただの装飾品にしか思えなかった。
飾はさらにもう1つ、何かを渡に託す。
一見コインのようだ。直径は2センチくらい。丁度、ピンバッジの中のくぼみに収まりそうな大きさだ。中央には白い鳥の羽が描かれていた。写真のような絵のような、質感はないが現実感はある。
「それは『ブライトコクーン』と言う」
飾が、バッジの解説を始める。
「私たち魔法使いが、魔力を解放するために使う道具さ。コインをバッジに嵌めると、身に纏う衣装が魔法を使うためのものに変化する。簡単に言ってしまえば変身アイテムだよ」
「それじゃあ、俺がこれを使えば、魔法使いの姿になるってことすか?」
「うーん……。私たち、本来の魔法使いならね。君のような転生者はもう少し特殊だ」
そんな風に言われては、使うのが怖くなってしまう。
「私たちは衣装が変わるだけだった。けれど、さっきビルの地下から脱出する際に、それを使って魔力を解放したところ、君の身体は私のものへと変態した。この世界で、転生者にとってそれは、前世の姿に戻るための道具になる」
身体が作り替えられるとはそういうことか。
けれど、そんなことをして本当に大丈夫なのだろうか。いつか本来の姿に戻れなくなってしまうといった事故が起きたら。そう考えると恐ろしくなる。
「俺の姿のまま、飾さんの魔法を使う、ってことはできませんか?」
「さっきも言っただろう。魔法を使うには厳しい訓練と、それをクリアしたという許可が必要なんだ。何の訓練も受けていない人間が使おうとすれば、魔力を制御しきれずに身を滅ぼすことになるだろうよ」
どうしてこう、先へ出ることを躊躇うようなことばかり言うのだろう。
「俺自身に影響が出たりすることは……?」
「まだ分からないな。私だって目覚めたばかりなんだ。まだ君の身体を私のものに変態させた時の副作用なんかは分からないよ」
それを聞いて渡は気づいた。飾も怖いのだ。自分だけで力を使うのではなく、誰かに依存しなければいけないことが、怖いのだ。彼女が優しい人間だと言うことは分かる。事情を語る中に、渡への気配りがあることは明白だ。きっと彼が戦うことを拒めば、飾は無理に身体を借りようとはせず、戦いには赴かないだろう。だから、自分のせいで誰かを傷つけてしまうことを、彼女は嫌がるだろう。渡はそれを、直感で理解していた。
「俺、まだ魔法使いとして戦うってことが、どういうことなのか分からない」
「私も初めはそうだった。右も左も分からなくって、戸惑ってばかりだった」
「でもそれが今の俺の運命なら。俺はあなたの転生者として生まれて来たのだから、俺は精一杯向き合いたい」
「そんなに急いで決めることじゃない。もっと自分の心と対話してからでもいいんだよ」
やはり飾は、渡を戦いに巻き込むことは、本意ではなさそうに見える。
それも受け入れた上で、渡は決意を固めていた。
「きっとそうしてからでも、答えは変わらないと思います。俺は受け入れる。魔法使いとして戦うこと。あなたと共に」
彼の決意を聞いた飾は、ため息をついて呆れ顔になり、それから歯を見せて笑った。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」そして右手を差し伸べてくる「これからよろしく、風科渡くん」
「こちらこそ」
渡は彼女の手を取る
「よろしくお願いします、双葉椿飾さん」
今ここに1人、現世での魔法使いが生まれた。
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