6 出会い②

「じゃあそのゴクヨトリュウってののせいで、あなたは俺の中にいると?」


 わたるは錯乱手前だった。かざりに教えられたのは、彼女がかつて世界最高の魔法使いと呼ばれていたこと。魔法使いたちは全勢力を集合させ、史上最悪の魔物である『獄世渡龍ゴクヨトリュウ』に戦いを挑んだこと。みな獄世渡龍の闇に飲まれ死んでしまったこと。などだ。


「おそらくね。獄世渡龍には2つの力があると言われている。『世界を破壊する』力と、『世界を創造する』力だ。私たちが生きていたあの世界は、間違いなく奴に滅ぼされた。だがその後、獄世渡龍は新たな世界を構築したに違いない」


「それが、この世界だと?」


 飾は頷く。


「そしてとある伝承の一説に、こうある。『闇ノ光ヲ浴ビタ者ハ永遠ニ救ワレルコトナク、悠久ノ地獄ヲ生キ続ケル』ってね。これはつまり、獄世渡龍の闇を浴びた者は皆、永遠に奴の世界の破壊と構築に巻き込まれる、ということだろう」


「ずっとその化け物に、付き合わされる、ってことか…………?」


「1度悪魔に喧嘩を売ってしまったんだ。それくらいの呪いは受けるだろうな」


 世界が再構築される度に、彼女は生まれ変わり続ける。別の人物に生まれ変わっても、魂だけはその中に残る。


「俺は、この世界でのあなたの生まれ変わり、ということでいいんですよね?」


「その通りだね。まぁ、私も転生するのは初めてだし、どういうことかよく分かっていないんだけどね」


 これまでのは全部想像だよ、と飾は笑った。深刻な話をしているはずなのに、彼女は随分へらへらとしている。まるで他人事のように語っている。


 その様子が、渡には、どことなく不気味に映った。


「どうして笑っていられるんすか?」


「何が言いたいんだい?」


「そんな酷いことに巻き込まれて、もう、救われないのかもしれないのに、どうしてそんな平気そうな顔をしているんですか!?」


 カップに入ったコーヒーを飲み乾し、少しだけ飾は真面目な表情を浮かべる。


「怖がっていたってしょうがないじゃないか」


 寂しそうな笑顔だった。後悔と諦めの混じった笑顔だった。


 カウンターの上に置いてあったポットで再びコーヒーを淹れている。まるで何かしていないと落ち着かないと言うように。


「もう逃げられないんだ。永遠に続く宿世を背負ってしまったんだ。認めて、受け入れて、立ち向かうしかないんだよ」


「でも……そんなの、辛すぎる」


「それは君の方だろう。私のせいで、君まで戦いに巻き込んでしまうのだから」


 申し訳ない、と頭を下げる飾。それを見た渡の胸は、チクリと痛んだ。


「でもお願いだ。私と一緒に戦って欲しい」


「獄世渡龍と、か?」


「それもある……だが、そいつの他にも色々いるんだよ」


 生唾を飲む渡。獄世渡龍だけでもこんなに嫌な感じが漂っているのに、その他にもまだ似たようなものがいると言われてしまったら、どんな表情をすればいいのか分からない。


 そんな彼の心情を察したのか、飾は申し訳なさそうな顔になる。


「私たち魔法使いは、それらを『災禍さいかの化身』と呼んでいる」


「さいかのけしん?」


「ああ。地震、雷、火事、大風。これらの自然災害なんかに、荒魂あらみたまが宿った化け物さ」


「あ、あらみたま? 何すかそれ」


「文字通り、荒れ狂う魂……怒れる神だ。災害や疫病を起こし、人を心身共に痛めつけるもの。これらが、引き起こした現象に取りつき、肉体とある程度の理性を持って暴れまわる。前の世界では、我々はこれを『災禍の化身』と呼んで、鎮める活動をしていた」


 渡は、よくあるモンスターと戦うゲームを連想していた。襲い来る敵を倒す魔法使い。想像し易い光景だ。


「でも、そんなものが、どうして生まれたんすか」


「そんなこと私が知るか。あったんだ、としか言いようがないよ。君はこの世界で、災害が起こることを疑問に思ったことはあるかい?」


「ないですけど……」


「それと同じさ。前世ではそれが当たり前だった。人々は化身に怯え、私たちはそんな人々を守るために戦っていた。大切な人、知らない人。そんなこと関係なしに、ずっと、神殺しをしてきたんだ」


 別に頼まれた訳じゃないんだけどさ、と彼女は笑う。そうしていなければいけない理由なんて、どこにもない。逃げ出しても構わない。命をかける必要なんてどこにもない。けれど飾は戦ってきたのだ。人を脅かす怪物と。


「どうしてそんなことを――」


 渡は、自分の声が震えていることを自覚する。歯がカタカタと音を立てていた。


「つまらないことを訊かないで。それが私のできることだったからさ」


 飾はそう言い切った。


「できるからって、やらなくちゃいけないんじゃ、ないでしょう……?」


 そんな彼女の態度に、渡は疑問を示す。


 別に、早く走れるからって、陸上の選手にならなければいけないことはない。


 別に、スタイルがいいからって、モデルにならなければいけないことはない。


 別に、料理が得意だからって、シェフにならなければいけないことはない。


 ただ魔法使いとして活動できた。それだけの理由で、飾は誰かを守ってきたのだ。自分が傷つくことなんて気にしないで、危険を顧みず、立ち向かっていったのだ。


 どうして?


「私の他に、戦いたい奴なんて、たくさんいたさ」


 天井を仰ぎ、飾は何かを回想し始める。


「災禍の化身に家族や恋人、大切な人を殺された人は大勢いた。復讐なんて無意味なことだ、それは誰も分かっているさ。でも、やらずにはいられないんだよ。そうでもしないと欠けた心が満たされないのさ。だから、魔法使いとして戦い、仇討ちをしようと考える人はたくさんいた」


「簡単になれないのか、魔法使い」


 当然だよ、と飾は言う。彼女はどこか落ち着かないかのように立ち上がり、店の中をうろつき始めた。時折、壁に掛かった花に顔を近づけ、香りを楽しんだりしている。


「この世界でも同じだろう? 望んだ学校に通えない、車を運転できるようになれない、料理を大衆に振る舞うことができない――。能力を使うための許可を得るのは難しいのさ。許されるのは、ほんの一握り。選ばれた才能の持ち主だけ」


 飾は、渡の腰かけている席の背もたれに、寄りかかってきた。


「選ばれたんだ。本当に願っている人たちを退けて。だから私は戦うんだ。私が背負っているのは、私1人の運命じゃないのだからね」


 渡には理解し難かった。選ばれている。自分のことをそんな風に考える機会なんて、これまでなかった。進学する高校だって、自分の学力に見合った場所を選んだ。部活も、運動が得意ではない、文化的なことは趣味ではない、という理由で所属していない。全部『できる範囲で』と言って、済ませてしまっていた。


 でも考えてみれば、彼女の言う通りかもしれない。


 今通っている宝士ほうし高校だって、通いたいと思っていたけれど、入れなかった人も多いに違いない。部活も、自分のやりたいことが決まっていて、入部したはいいが、なかなか目が出ずに挫折していく人もいるだろう。


 何気なく過ごしているこの日々。主観では退屈かもしれないが、他の第三者からすれば、羨ましいものなのかもしれない。渡は初めて、こんなことを意識した。


「俺……そんなこと、考えもしなかった」


「仕方ないさ。生きているうちに、自分の人生が幸せで恵まれているものだと気付ける人間は、ほんの一握りだ。ほとんどは、満足できずに死んでいく」


「つまらないと思っていたけれど、俺の日常も、幸せだって言えるのかな……?」


「それは君次第だよ。私が決めることじゃない」


 随分と悟った顔だった。彼女はまるで、人生の酸いも甘いも、何もかも経験して来たかのようだ。

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