4 TV中継

 突然、大型百貨店が倒壊した。その被害は建物の中だけではなく、周囲にも広がっていた。平日の午後。駅前の通。人が多く行き交う時間帯と場所だった。そんな中で、何の前触れもなく、1つの建物が崩れたのだ。数えきれないくらいの人が巻き込まれていた。何人が命を落としたのか。誰が一瞬で未来を失ったのか。想像するだけで吐き気がするようだった。


「私は今、倒壊した西緩総合百貨店前に来ています。ご覧ください! つい数時間前まで、多くの人で賑わっていた買い物通りが、このように無残な姿になっています。あまりにも突然の出来事で、町の人々は混乱に陥っています。ここで一体、何が起きたのでしょうか!?」


 ウェーブの黒髪の女性アナウンサーが、カメラに向かって話す。彼女もこんな光景を目の当たりにするのは辛いのだろう。その顔には恐怖の色が浮かんでいる。けれど報道を止める訳にはいかない。少しでも現実を世間に知らしめる必要があるからだ。


「現在気象庁では、地下の断層の動きを調査しています。限定的に発生した地割れなのか、建物の建築に原因があったのか、未だ分かっていません」


 その時、どこかからかサイレンが聞こえてくる。テレビカメラが画面の端に、救急車の群れの姿を捉えた。その他にも、消防車や警察のレスキュー車もある。ようやく救助が来たのだ。救助隊員たちが車から降りて、ビルの残骸の傍に集まる。


「生存者の確認が最優先だ。発見次第、本部に連絡、その後現場より運び出し、病院へ搬送する」


 隊長が部下に行動の仕方を伝える。また、瓦礫の近くには行かなかった隊員は、テントを張り、連絡用の機材をその中にセッティングしていた。そのテントが、隊長の言った本部らしい。隊員たちが災害救援用の衣装を纏っていく。武骨な甲冑に身を包んだ男たちが、慎重に倒壊したビルの成れの果てへと足を踏み入れる。


 その光景を、カメラは余すところなく画面に納めた。


「ただいま、消防隊員たちが、生存者の捜索に乗り出しました。1人でも多く、生存者が発見されることを祈るばかり……で………………すっ!?」


 その時。再び揺れが周囲を襲った。状況を述べていた女性アナウンサーも、何が起きたのかすぐに判断できず、言葉が詰まっている。


 あちらこちらで悲鳴が上がった。集まっていた野次馬たちがパニックになり、その辺を走り回る。本部に残っていた救助隊員が、急いでその場を落ち着かせようと、拡声器を手にして、呼びかけた。


「皆さん、落ち着いてください! 慌てずに、その場にしゃがんで、揺れが治まるのを待ってください!」


 だが、混乱している民衆には、その呼びかけも馬耳東風だった。誰1人、隊員の指示に従おうとする者はいない。急いでこの場から立ち去ろう、でも冷静でなくなった思考では、どこへ行けばいいのかも分からない。再び街は恐怖に食われた。


「落ち着いて、ここは救助隊の方々に従って――――」


 アナウンサーも逃げ惑う人たちに呼びかける。自分のできることであれば精一杯やりたい。彼女はそう考えていた。だが今の状況では、それも限られてしまう。


 警察官が人々の誘導を実行しようとする。


 しかし、それは行えなかった。


 突然地面が罅割れたからだ。


「う――――うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」


 中年の警官と混乱していた若い男が、突如生まれた亀裂に飲まれていく。2人が落ちて行った後、その亀裂は崩れ、砕けたアスファルトが地表を覆った。まるで食物を入れられた口が、それらを噛むために閉じるかのように。


 それを目撃してしまった者は、さらに恐怖に飲まれる。次は自分がああなるかもしれない。そんな恐怖の化け物に、飲み込まれる。彼らの予感は当たった。あちこちで地面が割れ、無差別に誰かが落ちていく。


「これは………………」


沢國さわくにさん! 僕らも逃げましょう!」


 カメラマンたちが、カメラやマイクを放り出し、アナウンサーの手を引く。彼女も従って、全力で駆けだした。


 瓦礫の山の中からも、絶叫が上がる。さっき救助のために乗り込んで行った消防や警察の隊員たちのものだ。今の地割れに巻き込まれ、助けに行った側である彼らも犠牲になってしまったのだろう。


 誰もが、もうお終いだと、絶望しかけていたその時。建物の残骸が、何かに吹き飛ばされた。瓦礫の舞うその様はまるで、火山が噴火し、火山岩が降り注いでいるかのように見える。あの山の中で、何かが起きたのだ。爆発か、何かに打ち上げられたのか、それとも竜巻でも発生したのか。それは誰にも分からない。だが、瓦礫が吹き飛び、穴の空いたその場所から。


「おーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!」


 歳若い、サラリーマン風の男が出て来た。続いて太った中年の女性。さらに、この百貨店の店員らしい女性。救護服を着た男。その他にも、ぞろぞろと人が出て来た。あの中に、これだけの生存者がいたのだ。救急部隊の本部にいた隊員たちが、驚きの表情を浮かべながらも、急いで脱出してきた人々の元へ駆けよる。


「大丈夫ですか!」


「慌てないで!」


 無理に降りようとしている彼らに、隊員が呼びかける。


「カメラ、マイク、つけて!」


 アナウンサーはカメラマンたちに支持する。「はいっ」と返事をしたカメラマンたちは、放り出してしまった機材を拾い、すぐに録画ができるようにセットする。


「OKです!」


「みなさま、見えますでしょうか? あの惨劇の中から、生還した人々がいます! 多少の怪我はあるようですが、みんな元気です。奇跡としか言いようがありません!」


 晴れやかな気持ちが少しでも蘇る。


 それなのに。再び揺れが周囲を襲った。


 瓦礫の山が崩れる。そのせいで、生存者たちが、彼らを迎えに行った隊員たちが。足場が崩れたことで、またあの中に落ちて行きそうになる。誰もが絶望に染まり、言葉を失った。


 その時。


「ハリケーン・トランポリン!」


  山の中から突風が吹き荒れた。その風が、再び犠牲になりかけた人々を、少し乱暴に受け止める。おかげで彼らは、無事にアスファルトに足をつけた。無事に帰って来たのだ。


 揺れも治まり、しばらく唖然とした空気が流れていた。そして、その場にいた人々はハッとしたように、歓声を上げた。救急隊員たちは、生存者たちを救急車の方へと誘う。その様子を、カメラマンやマイクたちが追って行った。


 1人残ったアナウンサー。彼女は、あの突風の中、何かを見たような気がした。


「(あれは……人?)」


 風が巻き起こる前、不思議な言葉が聞こえた。そして人々を受け止めた後、それを見届けたかのように、何かが天へ飛び立っていたのだ。


 あまりにも日常離れした光景だった。こんなこと、他の誰かに言っても信じてもらえないだろう。


『(――――――まさか、ね)』


 彼女は、その人影が跳び立ったように見えた先にちらりと視線を送ってから、救助本部へ取材に向かった。

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