3 交代

 目を開けると、瓦礫の山にいた。周囲には血と肉が散らばっている。


「いつ見ても……慣れないなぁ、こういうのは」


 その女性は立ち上がり、衣服についていた埃を払った。彼女は、瓦礫と死体の中、場違いにも柔軟を始める。そこで何かに気が付いたらしく、左肩を擦った。


「転生後の姿は、前世基準か……。最後の最後でもがれたのは痛いな」


 遠い目をして、どこか果ての世界を追憶する女性。


 そんな彼女の耳に、微かにではあるが、人の声が忍び込んできた。


「誰か――――――助け、て……」


 か細く、今にも消えてしまいそうだが、確かに誰かが助けを求める声がした。女性は右耳の裏に手を当て、少しでもその細い糸の出所を探ろうとする。


「誰か――――――――――――――――――」


 あまりにも細すぎて掴みづらい。けれど、その糸を掴み、辿らなければ、助けられたかもしれない人も助けられなくなってしまう。それだけは嫌だった。かつて目の前で多くの人が死んでいくのを見た。しかも知人ばかりだ。仲間、友人、そして家族。誰1人として守れなかった。あの時の後悔を再び味わうなんて、絶対に嫌だ。だから彼女は手を伸ばす。どこかにいるであろう、顔も知らない誰かへ。


「…………あっちだ」


 ようやく糸を掴んだ。声のした方へ、彼女は走る。たびたびコンクリートの破片に躓き、散乱して土を被った商品に足をとられながらも、命を助けようとする。


「大丈夫ですか!?」


 そして見つけた。助けを呼んでいたのは、中年の女性だった。ただ何気なく買い物に来たせいで、こんなことに巻き込まれてしまったのだろう。身体はほとんど瓦礫に埋もれてしまっている。かろうじて胸から上が見えているくらいだ。息も絶え絶え、瞳に宿る光も弱まっている。今すぐに救助しなければ、取り返しのつかないことになってしまうだろう。


「今そこから出してあげます! もう少しの辛抱、頑張って!」


 彼女は自分の衣装の襟元に触れる。そこには丸い、バッジのような、タイピンのようなものが付いていた。それに指がかかった瞬間、まるでバッジから呼び出されたように、1本の杖が現れる。


『ストームサイス』


 独特の機械音――起動音が杖から流れる。彼女は、中年の女性が埋まっている少し上に、杖を突き刺した。


「ウィンド・ボール」


 言葉を唱えた途端に、杖の先端を中心にして風が巻き起こった。それは円を描き、やがて球体へと形を整えていく。そして風の勢いを受け、中年女性の上にのしかかっていた瓦礫が飛ばされていく。ある程度経つと、女性の全身が露わになった。幸い、酷い外傷はなかった。けれどそれはあくまで見かけだけで、身体の内部には深刻な傷があるかもしれない。今すぐ治療しなければ。


 だが外から救助がくる気配が、一切ない。どうしたものか――――。


 女性は唇を噛んだ。


「(私が、外への道を開けるしかない。でもそんなことをすれば)」


 自分の攻撃魔法は範囲が広い上、威力が高い。よく言えば攻撃的なのだが、悪く言ってしまえば無駄が多い。さっき使ったウィンド・ボールは主に移動時の足場にしたり、敵の攻撃を防ぐための盾にしたりするものだった。だからそれを応用して救助に使ったが、今度はそうはいかない。外への出口を作るのであれば、それなりの威力のある技を使う必要がある。もしもその魔法を用いれば、今さっき救出した中年女性を傷つけてしまう。


「(さて、どうしようか……)」


 女性は闇の彼方を見上げ、その先にあるのであろう地上を思った。

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