第11話 魔導院
エウの思いがけない危機に突如として現れた高貴な異人の女性。
カーミリアと名乗った彼女は、魔導院と呼ばれるこの街の守衛などを
行う者たちが集う場所の院長を務める存在である。
そんな彼女に招かれたエウは魔導院へと訪れていた。
客間へと通されたエウの前に差し出されたのは、豪華な装飾で彩られた
甘菓子であった。
(凄く美味しそうだけど……本当にこれ、私が食べてもいいのかな……?)
とても自身のために用意されていたものとは思えないそれをエウが困惑の眼差しで
見つめていると、その様子に気が付いたカーミリアが声を掛ける。
「こういったものはお嫌いであったかな?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……」
エウの複雑な返事から彼女の心境を察したカーミリアは、微笑むような
明るい表情で言葉を返す。
「気を使わなくてもいい、遠慮なく食べてくれ」
「あ、ありがとうございます……では、いただきます!」
「礼を言うのはこちらの方だよ、あの子たちを止めるものがいなければ
今頃ただでは済まない事態になっていただろうからね」
安堵した態度で答えるカーミリアの姿に視線を寄せたまま、エウは静かに
甘菓子を口へと運んだ。
(……!? 美味しい……! こんなに美味しいものがこの街にあったの……!?)
自身の予想を超えるその味に驚きの顔を浮かべるエウを見て、カーミリアが
静かに微笑んでいると突然、部屋の中へと勢いよく入って来る存在があった。
エウが視線を向けるとそこにいたのは、先ほどまで広場で争っていた2人の
女性だった。
しかしエウが見た荒々しい態度とは違い、何処か懲りたような表情を見せる
彼女たちであったが、エウの状況を見た2人はすぐにその態度を一変させた。
「あ! アンタそれ……! なに勝手に食べてるの!」
「それ……! 私たちの……!」
やはり何処か息の合ったで詰め寄る2人の異人にエウは気まずい表情を
向けていると、そんな3人の姿を見ていたカーミリアが険しい声を上げる。
「私は2人で仲良く食べるように言ったはずなのだが……」
先ほどまでエウと会話をしていた時とはまるで違う気迫で問い掛ける彼女に
2人の女性は少し怯えた声で言葉を返す。
「わ、私たちはそれの取り合いで争っていた訳では……」
「でも勝った方が全部食べてもいい約束してたよね……?」
「あ! ちょっと! 余計なこと言うんじゃないの!」
尚も言い合いを始めようとする彼女たちに対し、カーミリアは更に険しい声で
一喝する。
「馬鹿者! この街を守る存在である君たちが何をしている! 内輪の
言い争いで街はおろか、その住人にまで手を上げようとするなど……!」
「ひっ! ご……ごめんなさい……」
完全に消沈した態度で言葉を重ねる2人の女性を見据えると、カーミリアは
呆れた声で再び彼女たちへと問いを投げた。
「君たちにはまた命じた仕事が残っていただろう」
「……はい」
「……いってきます」
それぞれ一言だけ告げて静かに部屋から出て行く2人の女性。
扉の閉まる音と共にカーミリアは深くため息をつくと、エウへと向き直り
声を掛ける。
「済まなかったね、恥ずかしい所を見せてしまって」
「……いえ、お気になさらないで下さい」
彼女たちと同じように、その気迫に押されていたエウが固い声で言葉を返すと
カーミリアは複雑そうな表情を浮かべながら口を開く。
「こちらが言える立場では無いのだが、どうかあの子たちを恨まないでやって
欲しい、あの子たちは街の為に日々尽力してくれている」
「……ただ、どうにも仲が良すぎて熱くなるとお互いのことしか見えなくなる
みたいでね」
カーミリアの話を静かに聞いていたエウであったが、あの2人の容姿や態度に
垣間見える幼い雰囲気から、エウ自身も何処か親近感の様なものを感じていた。
「これであの2人も反省しただろうから、どうかこれから仲良くしてやって欲しい」
「私ももう怒っていません、あ……いや、初めから怒ってなんていませんよ!」
慌てた声で答えるエウの姿を見て、カーミリアは静かに笑い出した。
……。
しばらく時間が経った後、そこには魔導院の建物に背を向けて立つエウの姿が
あった。
「随分な事に巻き込まれてしまったな」
エウがその聞き慣れた声の方に視線を向けると、彼女の持つ鞄の中から
オスランスが姿を現した。
「さすがにあれは止めなきゃいけないと思って……それにあの2人、何故か
不思議と怖い感じがしなかったんだよね」
穏やかな声で答えるエウに対し、オスランスは普段と変わらない冷静な
態度で言葉を返す。
「あの院長が来なかったら大怪我をしていたかもしれないぞ」
「……あ、いや……そうだよね」
オスランスの的を得た言葉にエウは静かに頷くと、何かを思い出したように
再び口を開く。
「あ! トメスペドとピーレスが心配する前に早く帰ろう!」
「……そうだな、帰るぞ」
エウはオスランスの同意の声を聞くと、足早に居住区の方角へと駆けて行った。
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