第2話

目が覚めると何故か目の前には薄暗い森林が広がっていた。

ゼウスが行き先は安心安全な始まりの町にすると言っていたのに何故か…

それだけじゃない、クソ女神のシャルから何故かいびきが聞こえるのだ。転移前はゼウスに文句言ったりしていたのに…

あっ!文句言って疲れたのか!色々納得のいかないことも多かったし!まぁそれなら仕方ない…ってそんなわけあるか!

俺も疲れが溜まっているようだ。

そうでなければ1人でボケて自分でツッコミをするなんてあるはずがない…多分…

そんなことよりシャルを起こさないと!

そう思い立ってからは早かった。

「シャル早く起きろ!」

そう言いながら、背中を思いっきり蹴飛ばしてやった。

ゴロゴロゴロ、ドーン、ドカドカドカ。

その後の出来事に効果音をつけるとしたらこうだろう。

俺に蹴飛ばされて転がっていったシャルはまず、木に勢いよく体当たり。その後ぶつかった木からまだ青いリンゴらしき果実が大量に降ってきたのだ。

あーあ、ホント使えない女神様だなー。

なんで熟れて赤いおいしそうなリンゴを落とさないんだよ!

これでもし、リンゴの木の持ち主に弁償しろって言われたらどうすんだよ!

俺がそんなことを考えている時に当の本人は

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い」

と泣き叫んでいた。

可哀想だなと思った人がいたら気を付けた方がいい。その人はきっと詐欺に引っかかりやすいから。

コイツが駄目過ぎて忘れてはいないだろうか。この名前を呼ぶとアホがうつりそうなヤバイ女も一応神様である。一応。

だから痛みなんか感じないのである。どうせ後で慰謝料でも請求してくるに決まっている。

「君、慰謝料として1ゴールド渡してね」

ほらきた。

まぁ、そんな演技に引っかかる俺ではない。

無視だ。無視。こういうときは無視。虫を無視するように無視。まぁ虫って鬱陶しくて無視どころかめっちゃ戦うけど…

ってかなんで君なんて呼び方をしたんだ。

あっ、俺まだ名乗って無かったか。

前世の名前そのまま使うのは嫌なんだよな…

そうだ、あれにしよ、あの俺がゲームするときよく使ってた名前。

「俺のことはこれからアーサーと呼んでくれ」

「その名前はもう使用されています。」

どこからかそうアナウンスされた。

使用されている名前は使えない、なんてゲームみたいな設定まであるのかよ、この世界は。

「他の名前を考えましょう。前田美俺《まえたびおれ》くん」

おい、そのナルシスト感漂う名前は誰のだよ?

って俺のじゃねーか!

何で俺の現世の名前知ってんだよ!

両親がどんな気持ちで名付けたのか知らんけど、とにかくこの名前で高校までいじめられたんだぞ!

「ってかビオレで良くない?名前ごときなんでも良いじゃん」

名前ごときだと!名前の大切さが全然分かってない!

「名前はビオレで良いですか?」

良くねーよ!バカじゃないのか?

「はい!」

「勝手に答えてんじゃねぇ!」

「冒険者名ビオレは…ププッ…承認…ププッ…されました。」

アナウンスから笑い漏れてますよー!

「ここからビオレの冒険が始まる!」

アニメの1話の最後みたいに締めようとしてんじゃねぇ!


「さっきからごちゃごちゃうるせぇなぁ」

気がついたときにはもう遅かった。

シャルがうるさくて全く気づかなかったが、

6人のいかにもヤンキーって感じの男に俺達は囲まれていた。

ってか、生リーゼント初めて見た。すっげぇ。超ダセェー。

こういう奴らってのは大体、口だけで主人公に簡単に蹂躙されんだよな。

ふっ、可哀想な奴らめ。

「相手が悪かったな。引くなら今だぞ。」

「俺達が引くわけねぇだろ!ぶっ飛ばすぞ!」

こっわ、めちゃ怖いんですけど…

まぁ口だけヤンキーの言葉なんか気にする必要は皆無だ。

俺は主人公でヒーローだ。

ここはかっこ良く魔法でケリを着けようか。

シャルはさっきから、ちっさい声で、

がんばれー、がんばれー。と繰り返している。ほんと使えない女神だ。

まぁこんなザコ俺1人で充分だからな。

俺はすっと、右手を前に突き出す。

そして、強くイメージする。

「火の精霊よ、我に今一度力を!エンドレスファイア」

俺の魔法はヤンキー達は焼き払った。はずだった。


…結論から言おう。何も起きなかった。

当然だろう。俺はヒーローだが、それは肩書きだけなのだから。

詠唱もアニメのやつパクっただけだし。

すっかり忘れてたぜ。てへっ。

ヤンキーは少しびびっていたが何も起きなかった事に驚き、

「舐めてんのか!」

まぁ、そうなりますよね。

俺が魔法が使えなくても、すごいところを見せるとするか…

「死ねぇぇ!」

襲いかかってきたヤンキー1のパンチを難なくかわす…事は出来なかった。顔面に強烈な痛み。

ヤンキー2のキック…かわせない。

ヤンキー3の連打…全てクリーンヒット。

もう何も見えない。俺は地面にうずくまる。

やめてください、やめてください。

俺の心の声は届かない。

そっからはもう、ただの集団リンチだった。

何度も殴られ、蹴られ、その度に俺はごめんなさい、ごめんなさい、と謝った。

何度も何度も謝った。

最後は所持金を全て持って行かれた。

シャルは何故か何もされなかったらしい。


1週間後

「暴力怖い怖い怖い怖い」

あの日をきっかけに俺はヒーローを辞めた。

まだヒリヒリするところも多い俺は毎日暴力に怯えながら引きこもっている。

引きこもると言ってもテントの中だが。

所持金もゼロなので、森のきのみや山菜を掻き集めて、何とか生き延びている。

そう、あの日、俺の冒険は終わった。


そんなわけがなかった。

俺はあのヤンキー共への怒りを動力にして、日々己の鍛錬を積んでいた。

覚えてろよ、クソヤンキー共、絶対に復讐してやる。

あのヤンキー共が泣いて泣いて謝るくらいの悪質で、悪辣な、復讐劇が始まる。

「これから楽しくなりそうだな」

その夜近隣の街住人はきみの悪い男の笑い声を一晩中聴いたという。



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ヒーローになれました。肩書きだけ… 燃志 @tomoyashi0315

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