永代供養

 風呂敷の包みを広げると、中に札束が三つ入っていた。

 「これで、永代供養をお願いします」

 札束を持ってきた老年の男性が口だけを動かしながら言った。男性の声は周りの蝉の声に掻き消されて、男性の周囲一メートルくらいに近付かなければ、何を言っているのか聞き取れない。もっとも、男性の周囲にいるのは私だけであるが。


 「そうですか……。えぇと、あの、私が言うのもあれなんですが、その、永代供養として頂く御心遣いとしては、かなりの金額かと思いますが……その、なんと言いますか、お墓を建てたい、というご要望になりますでしょうか?」

 「いえ、お墓は昔からこちらでお世話になっております。先代の御住職には、妻の戒名も頂き、本当にお世話になりました」

 男性が深々と頭を下げる。

 「そうでございましたか、大変失礼いたしました、申し訳ありません」

 私も頭を下げた。


 十秒ほど沈黙の時間が流れる。


 広い御堂に敷き詰められた畳の僅か二枚の上で、若くない男二人が無言で向かい合う。

 御堂に染み込んでいる香の匂いが私達を取り囲み、二人の関係を不思議に思っているに違いない。私もそうなのだから。

 頭部全体に汗を滲ませているであろう私とは対照的に、男性の顔は、涼しさを通り越して、冷たさを感じるほど変化がない。


 そう、

 こんな表情をした顔を、

 私は何度となく見てきた。


 宗教が廃れて久しい。


 私が信徒となっているこの寺院も例外ではない。地域の高齢者の減少に比例、否、指数関数的に、寺院を訪れる人は少なくなっている。今の時期、つまり、お盆であってもそうなのだ。

 それ故に、この男性の存在を不自然に感じた。まるで、この世界に既に存在していないような……。


 「実は、永代供養の他にもお願いしたいことがありまして」

 男性が目を伏せながら話を再開した。

 「本来であれば私が手続きすべきなのですが、高齢になり、頭も働かなくなりまして……私の代わりに、墓仕舞をお願いしたいのです。そのためにお持ちした御布施でもあります」

 男性が改めて札束に手を添えた。

 「左様でございましたか……それでも、かなりの御心遣いとは思いますが、そうですね、ご主人のご希望でしたら、やぶさかではございません。協力させて頂きます」



 ※



 「住職、ちょっといいですかぁ?」


 男性の希望どおり、業者に墓仕舞をお願いした日のことだった。

 御堂の外から、墓を下見していた業者に声をかけられて外に出ていくと、業者の一人が封筒を持っていて、それを私に差し出してきた。

 封筒の口は糊付けされていて、表に『御住職様』とだけ書いてある。


 「御骨場開けたら、一番手前に化粧箱があって、その上に置かれてたんですけど、最近の骨壷ですかね、住職、心当たりあります?」


 心当たりは無かった。

 葬儀の依頼は激減しており、最近の荼毘であれば、その親族であるはずの男性の顔を忘れるはずはない。


 業者と一緒に、封筒が置かれていた化粧箱を見に行ったが、やはり見覚えはない。それどころか、このあたりの地域では見たことのない化粧箱だった。

 化粧箱には戒名らしき文字が書かれており、仏の生前の名前が『花純』であることが見てとれる。


 業者には墓仕舞の作業を続けてもらうことにして、先日、男性に連絡先を書いてもらった名寄帳を確認するため、御堂へ戻る。その途中で封筒を開けて中身を確認した。

 封筒の中には便箋が一枚入っていた。

 最初の数行で、私が男性に対して持っていた印象の正体を理解した。



 ※



 御住職 様


 この手紙を読んでいる頃には、私はもう自殺しています。

 確信犯ながら、御住職を私の我儘に巻き込んでしまい、心苦しいばかりです。


 三十年前に妻を亡くし、一昨年には一人娘も亡くし、天涯孤独となりました。

 寂しさというよりも、たった一人で相手を想い続けることの辛さに耐えきれず、人生を終わらせることにしました。


 この手紙は燃やして頂いて構いません。警察に御提出頂いても構いません。御住職のお好きなように処理して下さい。


 私の遺体は、皆様に御迷惑をかけないよう、誰にも見つからないよう、遠くで廃棄しております。

 捜索等はお控え頂いたほうが賢明かと思われます。


 最期にお付き合い頂きまして、誠に有難う御座いました。


 増田 純

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