8並ぶスロット

あの日から僕は屋上に通うようになっていた。


長い日中の時間をトランプとかUNOとかオセロとか、チェスで潰していく。


教室よりずっと居心地が良い。


横一列に並べられて身動きが取れなかった。誰からも品定めされて、幾度とない無価値の闘争に巻き込まれてきた。


そんな教室からは少しだけおさらばすることにした。


彼らも各々、居辛さとか詳しくは知らないけど、そういったものを抱えてこの場に来ているらしい。


「でももうそろそろかな~。」


彼女はそう言って卓上のオセロを3枚、黒から白に変えた。


そして厚底のローファーを履いた足を組み替えた。


「確かに、もう1年以上ってことですよね?」


色白の青年が口を開き、彼に似合わない黒で白だった区画を染めていく。


僕とブドウの青年は白黒の移り変わりを見ていた目を互いの顔にシフトした。


「あと少しの間、そんな感じがしているんだよね。人生って色々、運みたいなものだから」


彼女はそう言って、白で3つほどオセロを返す。


緑の区画は圧倒的黒。


「あーあ、カルピスの雨でも降ってこないかなー!」


「そうやって白に染める気ですか?」


青年は涼し気な顔をして最後の一マスを塗りつぶした。


「カルピスが来たら、貴女はそこでおさらばですよ…」



▽▽▽▽▽



その間、彼女ら二人の空間には入り込めない雰囲気があった。


いつもと同じオセロのはずなのに、僕は帰り道までその不思議な雰囲気が忘れられなかった。


行きの上り坂は、帰りは下り坂になる。


行きも帰りも、カフェは通常通り営業している。


よく見る野良猫は打ち水の円の傍で昼寝をしている。


何もかもがいつも通りなのに。


僕だけ異質な感じがした。


僕だけが異質な心地がした。


僕は懐かしさに身を寄せたくなった。



下り坂に立つ赤色の直方体は夏の暑さに項垂れて見えた。


「人生は運…」


僕は右端のスロットに目をやった。


数週間前のあの味を求めて自販機を右端から目でなぞった。


左2つが曇ってしまって(?)ひび割れてしまって(?)見えない。


2段目は左からなぞる。


今度は右二つが曇ってしまって(?)太陽の光を受けすぎてしまって(?)見えない。


僕はレモネードを喉に求めた。


しかし運悪く僕が求めたものは無かった。


コーラも、メロンソーダも、ブドウソーダも無かった。


僕は急に一人ぼっちな気分になって寂しくなった。


汗だか何だかわからないけど、水分が頬を伝った。


ただでさえ体内水分量は減っていたのに。


僕は100円と10円2枚を消費して、目線の高さにあった白い乳酸菌飲料のボタンを押した。


ガラン。


僕は水滴を纏ったそれを拾い上げ、坂に足を預けようとした。



ピピピピピピピピピ、ピ…



パララーン!!!!



”8888”



人生は運だ。


僕は今押したボタンをもう一度押した。


ガラン。


重い音を立てて、それはさっきと同じ道を辿って落ちてきた。


僕はオセロ《さっき》のことを思い出して、湿った手でペットボトルのキャップを開けた。


僕は太陽の熱を纏った黒々としたコンクリートにそれを浴びせた。


地面の上でシュワシュワと音を立てたそれは、話し声というより、誰かの叫びのように感じた。


僕はペットボトルが1本、空になるまで淡々とそれを眺めた。


最後の一滴まで道路に流し込むと、僕の喉も心なしか潤っていた。


僕はもう一本のそれを片手で持ち、時々空に投げながら家に帰った。


人生は運と気まぐれが8割くらい占めている、何となく、そんな気がした夕方だった。










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