少年レモネード
僕はツカツカと階段を登る。
なんとか偏差値だの、よくわからない階段だの。
見えない足枷から解放されるために。
今日僕は空を舞い、カラランと音を立てて、星屑となる、つもりだ。
虎みたいなテープを右手で掴み、引き千切ってRへと進んだ。
伸ばしっぱなしの薬指の爪が手の平に刺さって痛い。
疼く中心点を描いた手で重い扉を押し開けると僕は一人ぼっちになれる。
少し悪いことをしている自分にちっぽけな興奮を覚えていた。
そのはずだった。
”ポテトチップの筒はバズーカになった。僕たちを匿う透明なフィルターなんて指一本で粉々にしてしまえ。
重力なんて知らないよ、破片の階段で空に生まれて宙返り。
開封済みのコーラを一振りしたら、もう一度やり直せる気がしたの。”
屋上の少し奥、目を凝らすと空模様を映したギターを抱えた金髪の少女が机に座っていた。
胡坐をかき、身の丈に合わないギターに弾かれながら歌を歌っていた。
「いらっしゃい」
彼女は振り子の様に動かしていた右腕を止め、僕に声をかけた。
ぱっと見不良少女は僕を彼女の横に鎮座する余り机に手招きする。
人が居たことに驚きを覚えながら、僕一人の空間になるはずだったこの場所に悔しさを覚えながら、
でも吸い込まれるように彼女の方へと足を進めていた。
彼女は高さがアシンメトリーの机の上に紙コップを用意して、どこからともなくレモネードを出して注ぎ、僕に突き付けてきた。
恐る恐る口にコップを運ぶ。
「生ぬるい…」
僕は呟いたがその声は屋上を駆ける風に流され、外で体育祭の練習をする3年2組の歓声に着色された。
小さな泡は消えた。
けれどレモネードの甘さは舌にべっとりとはりついている。
「屋上は僕の城なの」
彼女は遠くに白い線を描く飛行機を見て呟いた。
彼女はペットボトルで出番を待つレモネードは飲まずに、机の後ろに佇んでいたロッカーからコーラを取り出した。
ロッカーは錆びていて、その一室ではペットボトルの汗が円を作っていた。
冷えていたであろうそれを彼女は喉を空に仰いで流し込んだ。
炭酸は息を吹き返したかのようにしゅわしゅわと音を立て、飲み干した彼女は口を手の甲で拭った。
僕は紙のにおいがするレモネードをもう一度口に含んだ。
さっきよりも酷く、甘い後味が舌に残った。
「少し考えるのには良い場所だよ、
彼女の金色の髪が後ろから風に吹かれた。
彼女の言葉は紙飛行機の如く青空の中へ進んでいった。
「不思議な力がある場所だよ、ここは。」
ギギギと音を立ててさっき僕がくぐってきたドアが開いた。
だぼだぼとした灰色のニットを着た彼はヘッドホンを耳から外しながら彼女の独り言に加わった。
「自分を見つめなおせるのが
ヘッドホンの少年の後ろからひょっこりと顔を出したのは、華奢な腕をアイロン跡のついたワイシャツからのぞかせた少年。
色白で細い腕はなんだか物足りなくて、彼に合う腕時計を脳内で勝手にデザインした。
「まあ、しいて言うなら、自分を”味わい”直せる場所ってとこだけど」
彼女が再び口を開く。
少年二人は、ゆっくりしていきなよ、と僕に一声かけて、背負っていた荷物を錆びたロッカーに詰め始めた。
僕は二人の動きを目で追いながら、もう一度レモネードを口に含んだ。
炭酸は抜けてしまっていたけれど、常温のそれは何となく懐かしかった。
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