第96話 耳ざわりな音がする1

 その平穏を破ったのは、再びのノックの音だった。偽りではなく、本物の平穏を掴むために鳴らされた音。今度は誰だと私たちが見守るなか、部屋に入ってきたのはレイチェルお嬢様だった。

 お嬢様は旦那様や王子の姿に驚く。旦那様は相変わらず底冷えのする目でお嬢様を睨んだ。


「なんのようだ」

「ご機嫌よう、殿下、お父様。――実は、ライラの体調について調べたいことがあるという人物がおりまして、お連れしたのです。彼らならきっとライラのことを助けてくれるから」


 お嬢様が背後に声をかける。

 扉からぬっと現れたのは長身の老人、パッサン・リアル卿だった。さらには、緑の髪をなびかせた芸術家ディーの姿まである。


「本当に、この屋敷は嫌な音に満ちていますね――、ああリーフ、ご機嫌よう」


 眉をひそめて呟くディーは、私を見つけると幾分表情を和らげた。

 対して、旦那様は眉間の皺を深くした。


「パッサン・リアル卿は存じ上げている。それから芸術家か。だが、彼らに何ができる。ライラのことは、医者にも治せないというのに」


 パッサン卿とディーをみて吐き捨てるようにそう言った。匙を投げる医者が多くて苛立っているのだ。


 しかしディーはそんな旦那様のことは視界にも入っていないようで、部屋の中を歩きぶつぶつと呟いた。


「うーん、この屋敷はどこにいても嫌な感じはしますが、やはりこの部屋が一番強い。ライラ様の周囲はとくに。そう、例えるならば、リーフに感じるものと似ている。もっともリーフの音は心地よいものなので、質としては異なるのですが」


 メイドたちは不安そうに目配せをした。突然現れてよく分からないひとり言をされては怖くもなるだろう。そんなメイドの視線に気づいて、ディーはふむと頷き説明を加える。


「リーフは複雑な音がします。リーフという一つの器に、普通の人よりも多い音が詰まっている。対して、この部屋は器をもたないのに音だけがあふれています。それもひどいノイズが。だからとても嫌な感じがします」


 彼は親切心で説明しているのだろうが、まったく説明になっていない。メイドたちはますます不安を表した。

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