第54話 秘めた実力

「お、おまえ、兄ちゃんになんてことを」

「喧嘩を売ってきたのはそちらでしょう」


 残された舎弟と思しき男二人はこちらに睨みをきかせてくる。どうやら、こちらも大人しく引き下がるつもりはないらしい。


 距離を詰めてくる男たちに応戦しようと構えたとき。


「え」


 私の脇を素早く何かが通り過ぎたと思ったら、それは男との距離を一気につめて、男の顔面に回し蹴りをきめていた。その勢いのまま地面に着地すると、もう一人の男の足を払う。


 地面に転がって起き上がろうとする男の顔面すれすれに、転がっていた酒瓶が突き付けられた。ひいっと情けない声が上がる。


「またあなたたちですか。何回酒に酔って騒動を起こせば気がすむんです」

「レオン――!」


 酒瓶を構えてそこに立つのは、子どもたちの兄貴分であるレオンだった。小柄な体型で金髪を一つ結びした少年。

 しかしいつもの子犬のような目ではなく、鋭い目で男たちを見据えている。いうなれば、狂犬のような。


 いつもとのギャップに思わず二度見をしてしまうが、やはりそこには鋭い眼光で男を睨むレオンがいる。


「リーフさん、大丈夫ですか」

「エマ! どうしてここに」


 眼鏡がずれないように抑えながら駆け寄ってくるのは、パッサン卿の孫であるエマだった。


「レオンと待ち合わせして、一緒にレイチェル様たちと合流しようと思っていたんですけど――。市場の方が騒がしいっていって、急にレオンが走っていくから。もう、足速いんですよ、レオン。疲れた」


 エマは途切れ途切れにそう言うと息を吐いた。相当疲労しているようだ。走るのが得意ではないらしい。


 その間に、男たちは「覚えてろよ」とテンプレートな台詞を残して、バタバタと逃げ去っていった。


「リーフさん、怪我はありませんか? 大丈夫ですか?」

「え、ええ。大丈夫よ」


 こちらに向き直ったレオンは先程の険しい顔を一瞬でひっこめて、眉を下げて心配そうに駆け寄ってくる。子犬の耳と尻尾がみえる気がした。


「リーフさんが体術に心得があるというのは聞いていましたけど、本当にお強いんですね」

「ありがとう――、いや、驚いたのは私の方もなんだけど。レオンが強いとは聞いていたけど、まさかこれ程とは」


 レオンがエマを暴漢から守ったという話を信じていなかったわけではないが、内心こんな子犬のような少年にそんなことができるのだろうかとは思っていた。


 しかし、まるで別人のような表情をするレオンを見てしまった今となっては、信じる以外にないだろう。


 お嬢様とマリーもあっけにとられたようにレオンを見つめた。その視線に気づいたレオンは「何でしょうか?」とびくびくしている。


「一瞬であんなに人相が変わるなんて驚きだわ」

「本当に、さっきのレオンは夢に出そうですね」


 うんうんと私たちが頷きあっていると、突然隣で拍手の音が鳴り響いた。みると、ディーがきらきらとした目でレオンを見ている。


「とても素敵なものを見せていただきました」

「はい?」

「体の流れから、着地の美しさまで、素晴らしい芸術です!」


 その場にいる全員がきょとんとする。

 たしかに剣舞のように芸術性の高い武器を使用した踊りもあるわけだが。今のは芸術と呼べるのだろうか。

 やはり天才芸術家は、人と感性が違うのかもしれない。


 ディーはレオンの手を握るとぶんぶんと振り回した。


「素晴らしいものを見せてくれたお礼に、今度私のアトリエにいらっしゃい。おもてなしいたしましょう!」

「ええ?」


 レオンからは裏返った声が漏れた。

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