第55話 破天荒ダンス1

「今日はダンスを踊りましょう」

「突然ですね」

「いいお天気です。踊りだしたい気分にもなるでしょう」


 ディーは深緑の髪をなびかせながらアトリエの廊下を歩きだした。私とお嬢様はため息をつきながらそのあとを追う。

 アトリエの一階には小さなダンスホールがある。ディーはその扉を開けて私たちを中に導いた。


「まずはレイチェル様から」


 ディーは流れるような動作でお嬢様の手を取ると、メロディーを口ずさみながら踊り出す。お嬢様も戸惑いながらディーの動きにあわせた。


 深緑と、漆黒の髪が揺れる。心地のいいディーの歌声。神話から飛び出してきたかのようなその様子につい見惚れてしまう。


「レイチェル様、もっと遊ぶように踊りましょう」

「そんなことを言われても――」


 ディーの美しいダンスの相手をするというのだから、肩に力が入ってしまうのも分かる。お嬢様は眉を寄せた。

 ディーはふむと頷いてから、にっこりと笑う。


「え、ちょっと――きゃあ!」


 ディーは突然お嬢様を抱き上げてくるくると回った。そのあとも、お嬢様をおろすと通常のダンスにはないハチャメチャなステップを踏む。それでもエスコートが完璧なためか、お嬢様は悲鳴をあげながらもディーの腕の中で転ぶことなく遊ばれている。


「ちょっと、ディー!」

「楽しみましょう、レイチェル様。ダンスは楽しんだもの勝ちですよ」


 くるくる、くるくる。二人はダンスホールをいっぱいに使って踊った。


 最初は悲鳴を上げていたお嬢様も、次第にくすくすと笑ってディーの動きに身を任せていた。たわむれるようなその踊りは見ているこちらまで笑顔にさせる。


「気を抜いて遊べばいいんですよ。堅苦しいダンスよりも、その方が気持ちがいいでしょう」

「そのようですね」


 お嬢様は笑いながらくるりとディーの腕の中で回った。


 今までお嬢様のダンスは何度も見てきたが、その中でも今のダンスはハチャメチャだが一番美しいように思える。


「ディーの芸術が素晴らしいのも、あなたが芸術を心から楽しんでいるからかもしれませんわね。わたくし、こんなに楽しんで踊ったり、演奏をしたりする人ははじめて見ましたわ」


 ひとしきりディーに遊ばれて、レイチェルお嬢様は帰ってきた。晴れやかな顔だ。


「ええ。私は好きなことしかしていませんから。レイチェル様はもっと色々なことを遊んだ方がいいと思いますよ。真面目なのも大切ですが、時には遊び心がないと疲れてしまうでしょう」


 ディーは微笑む。そして私をみた。

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