第53話 これくらいはお手のもの
「お前の家の薬、全然効かないどころか俺はあのあと腹が痛くて痛くてたまらなくなったんだよ。変な薬でももったんじゃねーだろうな」
「そ、それは、あなたが『ワイナナの煎じ薬を飲んだあとはお酒を絶対飲まないように』っていうお母さんの話を聞かないからでしょう! うちのお母さんは薬を渡すときにちゃんと説明しましたよ」
「知らねえな」
どうやらリンの家の薬屋に対するいちゃもんのようだ。
「ワイナナとは?」
「二日酔いに効果のある薬草だったはずですわ。ただ、ワイナナを服用したあとにさらに飲酒をするとひどい腹痛を起こすはずです。あの方はその注意を聞かなかったのでしょう」
首を傾げるディーにお嬢様が説明を加えた。
リンの母親はきちんと説明をしていたようだし、完全に男の自業自得だろう。しかし、男は相当酔っているようで、こちらの話を聞く耳は持ち合わせていないようだ。
「なんだ、あんたずいぶんいい身なりじゃねーか。薬屋の娘がこんな金持ちそうな女とつるむなんて言い御身分だな」
男の目がお嬢様をとらえると、さらにリンに向かってよく分からないいちゃもんをつけて迫ってくる。ぎゅっと私の裾をつかむリンの前に立つと、「なんだお前は」とじろじろと視線が注がれた。酒臭くて私も鼻をつまみたいところだ。
「説明された薬の用法を守らなかったのはあなたの落度でしょう。それにリンが誰と親しくしようとあなたには関係ありません。これ以上絡んでくるのはやめていただけますか」
「女のくせに生意気じゃねーか」
「男尊女卑はよろしくないですよ」
男の額に青筋が浮かぶ。
男はじりじりと距離を詰めてくると、右の拳を左手で包み込んで関節をポキポキと鳴らした。いかにもありがちな光景だ。大人しく引き下がる気はないらしい。私は近くにあった木箱に荷物を載せた。
「リーフお姉さん」
「大丈夫ですから、リンは下がっていてください」
リンをお嬢様たちの方に逃がして、私は男と対峙する。男は嫌らしい笑みを浮かべていた。
「お前が望むんなら、男女平等にいこうじゃねーか。女だからって手加減しなくていいってことだもんな――!」
そう言いながら男は拳を振り下ろしてくる。
私はその腕をいなしながら、男の懐に飛び込んで腹に一撃を加えた。倒れ込んでくる男の首筋に肘を落とす。鈍い音が鳴って男は地面に伸びた。
相手が酔っていることもあって、一瞬で片がついてしまった。
「カインツ家では体術も徹底的に叩き込まれますので。これくらいはなんてことありません」
ディーとリンは目を瞬いて私を見ていた。お嬢様とマリーは慣れたもので、「容赦ない」と呟やいている。
私の実家ではバルド家に相応しい使用人になるために、幼い頃からありとあらゆる教育を受ける。もはやそれは使用人には必要ないスキルなのではと疑うようなものまでさまざまだ。
地獄の訓練と称されるその教育はトラウマで、私は今でも出来る限り実家には帰りたくない。
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