第30話 子犬のような少年
街の通りには馬車を珍しそうに見守る人々が集まってきていたが、その人たちをかき分けるように少年が走ってきた。
歳はマリーと同じくらい。幼い顔立ちで少し長めの金髪を一つ結びしている。
リンと呼ばれた少女は、少年を見るとほっとしたように微笑む。
「レオンお兄ちゃん!」
「リンがなかなか帰ってこないから、おじさんたち心配してたんだよ」
「足怪我しちゃって、お姉さんたちが馬車に乗せてくれたの」
そうなんだ、と少年は馬車を見る。窓からのぞくお嬢様を見て、さっと顔を青くさせた。
「すみません、リンが何か失礼なことしませんでしたか?」
お嬢様が庶民ではないと一瞬で察してか、少年はあわてて頭を下げる。マリーは困ったように笑って、顔を上げるように伝えた。
「リンちゃんいい子でしたよ。お嬢様も気にしていませんから。ちょうどこの街は通り道だったからついでだって言っていましたし」
「それは――、どうもありがとうございました!」
ぺこりぺこりとせわしなく頭を下げる。
「あの、何かお礼を――、あ、待ってくださいね。お金持ちの方々には縁のないものかもしれないですけど、よければこれを」
少年はわたわたと動いて、背負っていたリュックから手のひらほどの麻袋を取り出した。マリーが受け取り、麻袋の中をみた。
中には小さな茶色の実がたくさん入っている。
マリーは「わあ」と声をあげた。
「クスミの実ですね!」
「ご存知なんですか?」
「はい! 私、メイドになる前は街で暮らしていたので。お嬢様って珍しい食べ物お好きですから、きっと喜んでくださいます。ありがたくいただきますね!」
「こんなのでよければ、いくらでも、どんどんもらってください!」
少年は戦々恐々という様子で、またしても頭を下げた。なんだか子犬みたいだ。
マリーは子猫のようだし、この二人が並ぶと自然と可愛らしい空気が漂う。小動物がわちゃわちゃしているのを眺めている気分だ。
本当にありがとうございましたと少年少女が頭を下げるのに見送られて、私とマリーは馬車に戻った。
「お嬢様、馬車で送ってくれたお礼にってクスミの実をもらったんです」
ゆるやかに走り出した馬車の中で、マリーは麻袋から実を取り出した。
「すごく美味しいんです。お食べになりますか?」
「これ、どうやって食べるの?」
「この茶色くて硬い殻の中に実が入っているんです。殻は簡単に割れるんですよ」
「そう。じゃあ、せっかくだから一ついただくわ」
興味津々といった様子でお嬢様はクスミの実を見ていた。貴族はこういう庶民の食べ物を嫌う人も多いが、レイチェルお嬢様は物珍しいものを好む。私が前世の記憶をたよりに作ったお菓子も食べてくれるほどだ。
マリーは手慣れた様子で殻を割る。中からは黒色がかった実が出てきた。
お嬢様はその実を手のひらに乗せて暫く観察をすると、口の中に入れた。カリカリと咀嚼する音がする。お嬢様は首を傾げた。
「チョコレートみたいな味がするのね」
「そうなんですよ、さすがお嬢様!」
リーフも食べてみたら、とお嬢様がいう。マリーはまた殻を割って、私に差し出した。恐る恐る食べてみると、たしかにほんのりとチョコレートのような風味がして美味しかった。
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