第29話 街の小娘
何度目かの外出日。
マリーはご機嫌な様子で鼻歌を歌って歩いていた。赤毛がリズムにあわせて揺れる。
「みんなでお出かけするの楽しいです。最近私のことを置いて、二人でお出かけばっかりするから寂しかったんですよ」
「誰か一人は屋敷に残しておかないと、何かあったときに困るでしょう」
「そうですけど。まあ、過ぎたことは気にしません。今日は私も一緒に行くんですから」
マリーはふっふっふと笑う。お嬢様は可笑しそうに噴き出した。
今日はお嬢様、マリー、私の三人で宮廷図書館に向かう。
いつもは屋敷を無人にするわけにもいかないし、大勢で移動するのもいかがなものかとマリーは屋敷に残すことが多かった。だが自分も行くとマリーがいじけ始めたため、今日は三人でのお出かけになった。
私もお嬢様も、マリーの我儘には弱いのだ。
いつものように親父さんの家まで歩き、古びた馬車に乗り込んだ。
宮廷図書館には足繁く通っている。
しつこいくらいに通って、パッサン卿の研究室の扉をたたいた。時折「またか」と嫌そうな返事はあるが、まともに話はできていない。
研究室に向かったあとは、パッサン卿の孫娘エマと話をすることも日課となった。私にはよく分からない難しい話を、お嬢様とエマは楽しそうにしている。
「あ」
突然、馬車の外を眺めていたマリーが声を上げた。
「どうしたの?」
「お嬢様、少しだけお時間いただいてもいいですか?」
「それは構わないけど」
お嬢様の答えを聞くと、マリーは親父さんに声をかけて馬車を止めた。
「ちょっと行ってきます」
言うが早いか、マリーは扉を開けて馬車からおりると走っていってしまった。不思議そうな顔をするお嬢様を残して、私も馬車からおりて様子を窺う。
周りを林に囲まれた道だ。
先ほど馬車で通った道に、座り込んだ幼い少女の姿がみえる。マリーはその少女の前にしゃがんで、何やら話をしていた。マリーが少女の足に触れている。
「どうやら怪我人がいるようです。私も少し見てきます」
「ええ」
お嬢様の許可を得て、少女のもとに向かいマリーに声をかけた。
「リーフさん、この子足をくじいてしまったみたいなんです」
少女は泣きそうな顔で私を見上げた。
マリーの説明によると、少女は街で薬屋をしている家の娘で、この先にある河原で薬草を探していたそうだ。そこで足を滑らせてくじいてしまい、なんとかここまで歩いてきたが、痛くてしゃがみこんでしまったらしい。
靴を脱いだ少女の足を覗き込むと、赤黒く腫れてしまっていた。
「これ以上歩くのは危険ね。――お嬢様に相談してみましょうか」
ちょっと待っていてと言い残して私だけ馬車に戻り、お嬢様に状況を説明した。
馬車は四人乗り。少女一人を乗せることは可能だ。しかし、貴族のお嬢様が庶民を自分と同じ馬車に乗せるのを許可するかどうかは分からなかった。だが、そんな私の思いは杞憂だったようで、お嬢様は頷いた。
「いいわ。街は宮廷図書館への通り道にあるもの。その子を連れていらっしゃい。怪我をした少女を置き去りにするほど、わたくしも鬼ではないつもりよ」
あまりにもあっさりと了承を得たことに多少面食らいながら、私は再びマリーのもとに向かった。
マリーに支えられて馬車に乗りこんだ少女は、ちょこんと座席に腰をかけた。身を小さくした姿からは緊張が手に取るように伝わってきて、いたたまれなくなる。
こちらは名乗っていないが、お嬢様の身なりをみて貴族だということは察しがついているのだろう。ちらちらとお嬢様の様子をうかがっている。
マリーが緊張を和らげるためか甲斐甲斐しく少女に話しかけていると、そのうち馬車は速度を落としはじめた。ざわざわと外から喧騒が伝わってくる。
「街についたようですね。ここまできたら、自宅には帰れますか?」
「あ、はい。大丈夫です!」
ありがとうございました、と少女は何度も頭を下げた。
扉を開け、マリーが手助けをしながら少女を降ろしてあげる。すると、「リン!」と少年の声がした。
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