第二章 お嬢様は本の虫

第18話 ささやかなお茶会

「いい天気ね」


 お嬢様は赤い瞳を細めて空を見上げた。

 ふわふわとした白い雲が浮かぶ空。穏やかに肌を撫でて吹き抜ける風。さわさわと木の葉がこすれる音が耳に心地よく届いた。


 お花見日和だ。

 前の人生であれば、桜並木を散歩したいと思ったことだろう。この国には桜はないけれど。


「お嬢様、お茶のご用意ができました。今日はダージリンです。それから、リーフさんと作った外国のお菓子!」


 赤毛のメイド、マリーがにこにこと持つ小皿の上には、今朝二人で作ったフルーツ大福がのっている。


「お嬢様のお口にあうといいのですが」


 たまたま市場で手に入った白玉粉と砂糖と水を混ぜて、蒸し器で蒸す。できあがった生地に包むフルーツは苺と葡萄。あんこはなかったから、生クリームを入れてみた。


 前世の私はどうにもそういうお菓子作りに傾倒していたようで――私は前世のことは明確に覚えていないのだけど――、腕がなんとなくレシピを覚えていた。


 お嬢様は物珍しそうに大福をつまんで、一口食べた。餅の食感が珍しいのか、首を傾げて咀嚼する。私が不安の視線を送る中、じゅうぶんに味わって飲み込んだあと、頬をゆるめた。


「美味しいわね」

「このお菓子、珍しい食感ですよね!」

「そうね。リーフはどこでこんなお菓子を覚えてくるのかしら」


 そう言いながらもう一口食べるお嬢様をみて胸を撫でおろした。


 お菓子作りは趣味ではあるが、お嬢様に食べてもらえるほど自分の腕がいいなんて思っていない。それに、この国では見たこともないお菓子だろうし、お嬢様の口にあうかどうか内心ひやひやするのだ。


「もう一つ、いただいてもいいかしら」

「はい、もちろん」


 お嬢様はフルーツ大福を気に入ったようで、次の大福にも手を伸ばした。


 昔から、お嬢様は私が手作りしたお菓子を食べてくれる。案外珍しいものがお好きな方なのだ。羊羹も、栗きんとんも、みたらし団子も、いつも面白いといって食べてくれる。


「――外に出るのも、いいものね」


 お嬢様はしみじみと呟いた。風で黒髪がなびくのを手でおさえるが、その風すら心地よいというように目を細めている。


 私たちは改めてお嬢様に忠誠を誓ったあの日から、ときどきこうして外でお茶をするようになった。

 まだ本館や庭に近づくのは抵抗があるようだから、別館を出てすぐの木々に囲まれた場所で、ささやかなお茶会が時々開催される。ここであれば本館の方からは見えにくいから落ち着くのだそうだ。


 もう何年も外に出歩かなかったお嬢様が外の環境に慣れる練習として、このお茶会はちょうどいいだろう。

 細くなっていた食も戻ってきたし、顔色だって随分よくなった。少しずつ笑顔も増えていくお嬢様をみているだけで私たちは誇らしかった。


 でも、これからやることはたくさんある。


 小さなお茶会を楽しんだあと、私たちはお嬢様の部屋に戻った。作戦会議の時間だ。


「言うまでもないことですが、貴族のご令嬢に必要なのは、その方ご自身の資質。そして後見人です」


 私は一歩進み出て、切り出した。

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