第19話 作戦会議1
この国の令嬢に欠かせないことは資質と後見人。
資質とは令嬢自身の美しさ、教養、身のこなし、人格。そういう諸々の令嬢自身のスキルだ。
そして、本人の資質以外に必要なのは後見人。多くの場合、父や兄、夫がその役目を担う。自分を支援する人間がいなくては、どれだけ本人の資質が素晴らしくとも貴族社会では勝ち抜けない。
「まずは後見人ですが――、今のお嬢様はご自分の身一つしかありませんので、どなたか味方をしてくれる権力者を探したいところです」
「そうね――」
お嬢様は小さく呟くと目を伏せた。マリーは眉を八の字にしてお嬢様を見守る。
お嬢様には父である旦那様の手助けがない。むしろ旦那様にはないがしろにされている。後見人がいないという事実を認めるのは、お嬢様にとって辛いことだろう。
私たちが見守る中、お嬢様は深呼吸をする。
「大丈夫。もう逃げないって決めたもの」
そうして向けられた瞳には、強い意志が感じられた。赤い瞳の奥に静かな炎が揺れている。私はお嬢様をじっと見つめた。
――やっぱり、お嬢様とライラ様は似ている。
お嬢様は姿勢を正すと口を開いた。
「今のわたくしには、本来後見人になってくださるはずのお父様の力添えがない。これでは貴族社会で生きていけない。味方が必要よね」
それに、と続ける。
「わたくしは資質だって他のご令嬢に劣っている。もう何年も家庭教師のもとで勉強なんてしていないし、社交界での評価だって低いのは分かっているわ」
きっぱりと言い切るお嬢様に、私とマリーは眉を寄せた。
お嬢様には必要なものがなにもそろっていない。一から全てをそろえなければいけないのだ。改めて考えてみると、それはとても難しいことのように思えた。
でも、やらなければいけないのだ。
「資質も、後見人も、どちらも得ることを目指しましょう。もう時間の猶予もないですから」
「でも、どっちもってどうやって?」
マリーが首を傾げる。赤毛が揺れた。
「手っ取り早いのは、社交界で認められている人格者を家庭教師に迎えることですね。そうすれば強力な後見も得られますし、教育も受けられます」
「ああ、なるほど。たとえば有名な学者さんや政治家さんを味方につけるってことですね」
マリーは納得したように手を打ち鳴らした。私は頷く。しかし、そう簡単にいく話でもないのが問題だ。
「有名な人であれば既ににどこかの家と繋がりをもっているでしょうし、味方になってくださる方がいるかどうか、難しいところです」
この国で有名な博士、芸術家、政治家などはもうどこかの家のお抱えになっているケースが多いだろう。そういう人が私たちに力を貸してくれるとは思えない。
「政治家で有名な方というと、ラシエーヌ卿、ファシック卿あたりですが」
「どちらも他のご令嬢についているわね」
私が出した名前にお嬢様は首を振る。その後も有名な名前が次々と部屋を飛び交った。しかしそのどれも期待はできそうにない。
十数名の名前を出したところで、お嬢様はため息をついた。
「簡単にいくとは思っていなかったけど、難しいわね」
「あのー――」
それまで困った顔で――むしろ飛び交う名前に聞き覚えがないらしく、首を傾げて――私たちのやり取りを眺めていたマリーが手を挙げた。
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