第17話 もう一度2

 いつも元気で笑顔を振りまくマリーが、眉を八の字にして、怒っているような、悲しんでいるような、そんな表情を浮かべた。


「私、お嬢様がずっと頑張ってきたのを知っています。それなのに、このまま屋敷にお一人で閉じこもるなんて、そんなお嬢様を見たくありません。――私、お嬢様とお庭でお茶会をするのが好きでした。社交界でみんながお嬢様を褒めてくださるのが誇りでした。お嬢様のこと大好きです。私の自慢のお嬢様なんだって、みんなに胸を張って言いたいです。だから、そんなこと言わないでください」


 マリーは一息でそう言った。拳を握って、お嬢様を真っ直ぐ見る。


「私にとっては、旦那様もライラ様も関係ありません。レイチェルお嬢様が幸せかどうかだけが問題なんです。私は、お嬢様に幸せになってほしい」


 お嬢様は何かを言いたそうにマリーをみて俯く。「ごめんなさい」とかすかな声がした。


 マリーはそれ以上なにも言わなかった。沈黙がおりる。


「――私、お嬢様を守れなかった自分が憎いです」


 静かな部屋に、自分の声が響いた。


「私が不甲斐なかったから、お嬢様をたくさん傷つけてしまいました」

「あなたのせいではないわ。もちろんマリーのせいでもない。わたくしが、弱くて、子どもだったから」

「私は、お嬢様に社交界に戻ってきてほしいです。お嬢様は、別館でこのまま過ごしたいですか? お嬢様が今のままでいいと言うなら従います。でも、そうではないのなら――」

「わたくしは」


 お嬢様は窓に視線を走らせた。重い空気が流れる中、私たちはじっとお嬢様の言葉を待つ。


 今のままでいいなら――なんて、ずるい言い方だ。そんなことをお嬢様が思っているわけがない。私もマリーもよく分かっている。

 私たちの意志は決まっている。あとは、お嬢様だけ――。


 お嬢様は自分の体を抱くようにして、ぽつりと吐息のような声を漏らした。


「このままでいいなんて、思っていないわ。わたくしも、人目を気にしないで過ごしたい。でも怖いのよ。これ以上お父様に嫌われたくない。人に後ろ指をさされたくない」


 私は心臓を掴まれたような心地がした。

 お嬢様がなんと言おうとも、お嬢様をこんなに傷つけてしまったのは私のせいだと思う。誰よりも側にいたのに、何もできなかった。

 悔しくて、自分が恥ずかしい。


 ――でも、後悔するだけでは何も始まらない。私は前に向かうと決めたのだ。


「今度は必ず、私たちがお守りします」


 私とマリーは床に片膝をついた。お嬢様が驚く気配がした。


「もし、お嬢様がお許しになってくださるのなら、もう一度私たちにチャンスをください。今度こそ、お嬢様をお守りします」


 二人で深く頭を下げる。そのためにお嬢様の表情はうかがい知れない。

 窓の外で木の葉が揺れる音がする。鳥がなく声がする。そういう小さな音がいやに耳についた。お嬢様はじっと動かず、沈黙している。


 長い長い時間が経ったように思う。

 そっと布の擦れる音がして、お嬢様が動いたことが分かった。


「あなたたちが自慢の主人だって言えるくらいの女性に、今からでもなれるかしら」


 こつこつと靴音が近づいてきて、目の前でとまる。


「このままなんて、わたくしも嫌よ。お父様にわたくしのことを認めてほしい。他の貴族にも笑われたくなんてない」


そっと顔をあげると、青白くて細い右手が差し出された。


「もう一度、自分に誇れる生き方をしたい。――わたくしはまだ弱いから、守ってくれる? わたくしも、頑張るから」

「はい。必ずお守りします。お嬢様の幸せのために、なんでもします」


 目の前に差し出された手をとった。か細い指。小刻みに震えるその指を、自分の額にあてる。


「――私も、もうお嬢様に悲しい思いも、辛い思いもさせません。お嬢様のこと、大好きですから」


 マリーも続いてお嬢様の手を握り、額におしあてた。

 レイチェルお嬢様に忠誠と、約束を。この日、私たちは再度誓った。もう一度、お嬢様を社交界で輝かせてみせる――。

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