第5話 自己紹介と初召喚
…………ついに、この時が来たか。
俺は、召喚術師ギルドの見ずぼらしい扉の前で、一人佇んでいた。
現在時刻は午後の7時。太陽が沈み、蒼い三日月が顔を出し始めた頃だ。そして、受付ちゃんとの約束の時間でもある。
なんで扉の前で佇んでいるかというと、ギルドの中から聞こえるからだ。人の声が。聞こえるだけでも5人。これで全員だとしたら、この規模の街のギルドにしては人数が少ない方だと思うが、それでも俺にはきついものがある。声からして、3人は確実に美男美女だ。男1の女2だ。もちろんこの世界基準で、だ。つまり日本にいれば芸能人確定レベルということだ。
ん? なんで声だけで容姿が分かるかって? 君たちはこんな格言を知っているかい?
声と容姿の美しさは、基本的に比例する!(by高校時代の英語教師)
ただでさえ容姿も声も高水準のこの世界だ。その中でも飛びぬけて良い声を持っているということは、十中八九美男美女だ。プロボッチの俺に掛かれば、声の質や足音によって、アバウトな体系を知ることができるのだ。はい、見事に細マッチョとスレンダーとダイナマイトボディーが揃い踏みです。本当にありがとうございます(泣&ヤケクソ)。
…………えぇい。こうやって佇んでいてもしょうがない。腹をくくれ! 覚悟を決めろ!! いざ、突撃いいぃぃぃいいい!!!
「失礼しまー…………」
「やっと来たわね新入り!!」
「うっへぇあ!?」
内心の意気込みとは裏腹に、極力落とした声量でギルドに入った、いや正確には入ろうとした瞬間、ドアを突き破らんばかりの勢いで、美少女が顔を見せた。薄い緑色の髪に金色の瞳。整った目鼻立ちに、全体的に細くしなやかなスレンダー体系。しかもエルフ耳だ。予想通り美人だ。気が強そうだが、おそらくツンデレだ。俺のオタクセンサー、通称オタサーがそう言っている。
「こら、メリィ。新入りが驚いてるだろ。少しは自重しろ」
「そうですよぉ。迷惑を掛けちゃいけませんよぉ」
後ろから出てきた二人がエルフ耳っ子、メリィさんを窘める。
一人は、いかにもいかにも大学陽キャ勝ち組ですって感じの容貌、具体的に言うと金髪細マッチョ長身ピアス、とは裏腹に、いたって声と発言内容がまじめな人だ。ようするに、声が浮ついてなく、発言内容が馬鹿or無自覚ナルシストじゃない。絶対モテるだろうなぁ。イケメンで真面目って、万人受けするタイプ過ぎるだろう。これで収入が多かったら、優良物件どころの話じゃないぞ。
もう一人は、圧倒的なグラマス&ダイナマイトボディー。なおかつ、眼鏡付き。というか、この世界に眼鏡ってあったんだな。黒髪黒目のおっとりとした美人さんだ。正直エロい。あれマジで何カップあるんだ? 俺の
「……やっと来た」
受付ちゃんが後ろから出てきた。うん、やはりロリのジト目は良いな。
「……とりあえず、中に入って」
受付ちゃんの許可をもらい、ギルドの中に入る。美男美女3人も一緒に中に入った。
「それじゃあ、それぞれ自己紹介を始めるか」
優良物件が音頭をとり、自己紹介が始まった。
「まずは俺から。俺の名前はクレスト。23歳で召喚ギルド歴4年だ。得意とするのは亜人召喚。趣味は、…………強いて言うならコーヒーと家事だな。この街じゃ結構顔が広い方だから、いつでも頼ってくれ」
おぉ、クレストさんすげー。何がすげーって、イケメン容姿端麗なのに性格良さげで、家事も率先してやってくれてコーヒーなんていうイケメンな趣味(主人公の主観です)も持っていて、何よりコミュ力界隈の勝ち組だ。いわゆる、敵に回すとその地域一帯での人間関係が破綻させられるタイプだ。逆に彼一人を味方につければ、その地域で一定の発言権が確証されるタイプでもある。こんなの優良物件どころの話じゃない。例えるのならばそう、銀座の一等地にある豪邸のようなものだ。競争率は間違いなく高いだろう。この世界が一夫多妻がありなら、いったい何人の奥さんができるのだろうか。
「……ちなみに、クレストはアカネのことがすk…………」
「リン! ちょっと静かにしようか!?」
ふむ、あの慌てよう。なるほど。クレストさんはおそらくだが、あの黒髪ロング眼鏡おっぱいさんことアカネさんが好きなんだろうな。で、アカネさんはそれに気づいてないと。しかも、受付ちゃんことリンちゃんにそれを知られてしまい、軽くいじられているようだ。ご愁傷さまです。
「じゃあ、次は私かしらぁ?」
クラスタさんがリンちゃん相手に必死に交渉しているのを傍目に、アカネさんが喋り始める。
「私の名前はぁ、アカネっていうのぉ。21歳でぇ、ギルド歴は6年よぉ。得意なのはぁ、死霊術よぉ。趣味はぁ、読書とぉ、創作料理かしらぁ」
独特な語尾とともに自己紹介が終わる。何か特徴があるわけでもないプロフィールだ。なんというか、ツッコミどころがない。
ただ、自己紹介の最中に他の3人が腹を抑えて顔色を悪くしていたので、創作料理については注意していこう。
「じゃあ、次はあたしね」
そう言って、メリィさんが前に出る。
「あたしはメリィ! 見ての通り、気高いエルフよ。しかも、里1番の召喚魔術の使い手! この国のギルド歴は1年よ。年齢は教えてあげないわ。得意なのは精霊召喚よ。趣味は、美味しい酒と食事! ここの地下にあるワインセラーのワインを勝手に飲んだら、冗談抜きで惨たらしく殺すから、覚悟するように。あと、あたしはあんたの先輩なんだから、いついかなる時でも敬うこと!」
…………うわー、まるで一昔前の唯我独尊な暴力系ヒロインみたいだ。まぁ、事前に予告してくれるだけマシだが。今時、そういうのは流行りませんよー? おそらくだが、新入りが来たことで、自分より地位が下の奴ができたから、少々浮かれているんだろう。とりあえず、高1の頃のように理不尽な使い走りなどを押し付けられないように気をつけなければ。
「……じゃあ、最後は私」
「……名前はリン。15歳。ギルド歴7年。得意なのは魔導生物。趣味は昼寝。以上」
短っ! いやまぁ別に何か文句があるわけではないんだけど。むしろ、自己紹介っていうのはこれくらいの長さが普通なんだけどさ。他の3人の重厚な自己紹介と比べると、どうしても短い。
「……あなたの自己紹介は?」
「……へ? あ、はい、やらせていただきます」
やばい。なんも考えてなかった。とりあえず、名前、年齢、趣味の3つでいいか。あとは、テスターであることも一応言っておくか。
「あの、えと、将官は……」
「「「将官!?」」」
「あ、いや、我輩は……」
「「「我輩!?」」」
「いや、違くて、拙は……」
「「「拙ぅ!?」」」
まずい。焦り過ぎたせいで、一人称が安定しない。一旦落ち着こう。こういう時は黒髪ショート貧乳ミニスカJKのイラストを思い浮かべるんだ!
…………ふぅ、落ち着いた。
「自分は、ソウヤ・ササキと言います。テスターです。19歳で、趣味は…………」
…………なんて言おう。正直趣味なんてゲームくらいしかないのだが。あ、一時期サバゲーにはまったことがあったな。よし。それを、この世界風に言い換えよう。
「集団模擬射撃戦です」
…………おっと。言い方を間違えたかもしれない。周りからの視線がキチガイを見るものになっている。とはいえ、サバゲーを和製英語以外で端的に表そうと思うと、俺にはこれ以外思いつかなかった。もっと悩む時間があれば、良い案も出たかもしれないが、あいにくそんな時間はなかった。
「あー、えっと、以上です」
なんか、中1の自己紹介を思い出すなぁ。あの時は、ウケを取ろうと面白い(主観)自己紹介をしたら、クラスメイトがみんな微妙な顔して拍手してたのは、今でも苦い思い出だ。
…………誰か喋ってよ。
「……じゃあ、今から、契約召喚の儀式を始める」
ありがとうございますリンちゃん様! あと、契約召喚の儀式って何?
「……こっち来て」
リンちゃんに呼ばれたので、部屋の隅に移動する。
リンちゃんがつま先で、2回、間を開けて1回、もう一度間を開けて3回、床を小突く。
すると、目の前の石造の壁が音もなく開いた。その先には地下への階段がある。
「……ついてきて」
言われた通りに、彼女の後を追い階段を降りると、そこには地下空間が広がっていた。
地面には巨大な幾何学模様、その中心に木製の簡素な机、その上に小皿が置いてあった。
「……今から、儀式について教える」
そして、リンちゃんの臨時講座が始まった。
〜1時間後〜
「……これで説明は終わり。何か質問は?」
「…………ありません」
めっちゃ疲れた。魔術の魔の字も知らない俺が、複雑な儀式の全容を1時間で理解した、いや理解させられたのだから無理もないだろう。リンちゃんの教え方はとても上手だった。するすると知識を入れられた。生徒の負担は度外視だが。
「……じゃあ、儀式を始める」
そう言われ、俺は幾何学模様の中心に、机の前に立つ。
机の上の小皿の横には、いつの間にかそれがあった。最早この世界でのトラウマになりつつあるそれだ。
それは小柄で、しかし高いようによっては家具から凶器までいかなるものにもなる、千変万化の万能道具。
そう、ナイフだ。あの、ナイフだ。
俺はそのナイフを手に取り、自らの手で…………
自分の指の腹を切った。
切り方が下手だったのか、これまでの2回に比べてすごく痛い。切り口から血が滲んでくる。
俺はその血を小皿に描かれている幾何学模様、その中の太い線に沿って塗りたくる。一通り塗りたくったら、もう一度その上から血を塗る。それを繰り返すこと7回。小皿から指を離し、口を開く。紡ぐのは先程リンちゃん先生から教わった詠唱だ。
「エルザ」
小皿の上の血が光り始める。
「ヘルム・クレン・ラッドリンカー」
その光は小皿から溢れ出し、机の木目を伝って、地面の幾何学模様にたどり着く。
「アンジェ・グルヘン・バルトフェルト」
光が幾何学模様に広がり始める。
「フォルグ・ナーチ・ジェノーセス」
幾何学模様を光が満たす。
「クルム・クルム・ハルクフルト!」
その光が俺を飲み込み、俺は意識を失った。
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