第2話 スニーキングミッション開始
というわけで、まずは第一関門。扉の無音開閉。両扉のうち鈴のついていない左側の扉を静かに開ける技術が求められる。
とはいえ、扉をほぼ無音で開閉する技術は、中学での長きにわたるボッチ生活で習得済みだ。なぜかはわからないが、教室の扉を開ける時、なるべく静かに開けようとしていた。今思えば、あれは無意識のうちにクラスカーストを考えて上位層、つまりは陽キャやリア充どもに遠慮していたのだろう。
そんな熟練ボッチの俺にかかれば、鈴のついてない扉の開閉なんて…………ッ!?
…………バカな、いや、そんなことがあっていいはずがない!
「……左の扉が、閉まっているだと?」
まずい、計画が早々に頓挫した!
この場合、考えられることは二つある。一つは冒険者ギルドがまだ空いていない場合。確かに俺は冒険者ギルドの正確な営業時間を把握していない。だが、室内から聞こえる声。しかもレベルアップやクエストという単語が聞こえるため、おそらくは冒険者の声だろう。なので、冒険者ギルドはもう開いていて、中には少なくとも数人の冒険者がいると予測できる。
ならば、考えられることは一つ。
「…………右の扉しか空いていない、ということか」
おそらくこれだろう。開店(?)して間もないため、おそらくあまり人は来ないだろうと踏んで、右側の扉しか鍵を開けていないのだ。
どうしたものか。いや、どんなに悩んでもこの状況を打破する方法はたった一つだ。
右側の扉を、鈴を鳴らさずに開ける。これに限る。むしろこれ以外に何か方法があるのならば教えて欲しいくらいだ。もちろん犯罪やそれを疑われる行為は抜きで。
ギルドの扉は押し戸なので、ゆっくり開ければ、鈴はならないはずだ。
覚悟を決めて、ドアノブに手をかけ、回す。およそ5秒ほどかけてゆっくりと、自分がギリギリ通り抜けられるくらいのスペースを開ける。幸運なことに、鈴は一切鳴らなかった。やはり日本のものよりも質が悪いのだろうか?
開けた隙間に体をねじ込み、中の様子を確認する。中には、受付とロビーに一人ずつ職員さんと、前方に一つ、左前方に一つ、扉の影響で死角になっているが声からしておそらく右側に一つ、冒険者のパーティーがいた。職員さんは無視して大丈夫だろう。給仕の子は料理を運んでいるので、気にする必要はなく、受付の少年はいずれ話すことになるので気づかれてもいい。
となると警戒すべきは3つの冒険者パーティーだ。無闇に突撃する前にそれぞれを観察してみよう。給仕の子が料理を運び終える前に急いで行おう。
まぁ、観察といっても会話の内容頼りだが。
俺は、他の人と比べてかなり耳がいい。生まれつき耳は良い方だった自負があるし、中学でのボッチ生活の中で複数の会話を同時に聞き取る技術も独自に習得した。
習得の仕方は簡単。休み時間になるたびに、机に突っ伏して瞼を閉じ、寝るふりをしながらクラス内の会話を聞き続けるのだ。慣れれば隣のクラスの会話の一部も聞き取れるようになる。俺のような熟練者になると、サイズの合わないイヤホンをつけることにより、さらに違和感なく会話を盗み聞きできる。俺はこうやって、クラス内の勢力の移り変わりや、最近の流行に関する情報を集めていったのだ。…………嘘です。見栄張りました。本当は陽キャたちの会話を聞きながら、そんなことで無駄にできる時間があるとは羨ましい限りだ、とか、それだけ騒げる労力があるなら別のことに回した方がよほど生産的だろうに、とか勝手にディスって見下してただけです。クラス内カーストの底辺にすら入れない陰キャボッチのせめてもの反抗だったんです。
………自分で言ってて悲しくなってきた。この話(自分で勝手に始めた)はもうやめよう。
ともかく、中学生時代に鍛え上げた聞き耳でそれぞれの会話の内容を把握する。
…………ふむふむなるほど。
死角にいる右側のパーティーは4人組(男:女=1;1)で、今は良さそうなクエストを探しているみたいだ。クエストの掲示板にくぎ付けの様なので、危険度は低いだろう。5段階評価で1だ。
左前方のパーティーは女性オンリーの3人組。喋っている内容が穏やかなもの、それも食べ物関連なのでおそらく今から朝食をとるのだろう。給仕の子が向かっている方向からしても間違いないだろう。女性オンリーということもあって声をかけてくることは少ないと思うが。ただ、会話から『婚期』という単語が聞こえたので、万が一、もしかしたら、何かの気の迷いでこちらに話しかけてくるかもしれない。…………しれない! というわけで、危険度は2ということにしておこう。
問題なのは、前方の3人パーティー(男;女=1:2)だ。少しチャラめの青年と気の強そうな女性が言い争っており、それをおとなしそうな女性がなだめている。ああいう手前は、持ち前のコミュ力でこちらを巻き込み、賛同を半ば強制してくる。そういう類が二人いるとなると厄介極まりない。どっちつかずの対応をすれば凄まれ、片方を擁護すればもう片方から罵詈荘厳が浴びせられる。どうしろと。
こういう場合は、絡まれないようにするのが一番だ。彼我の距離はおよそ15m。コミュ力の高い陽キャたちなら絡んでこないこともないような微妙な距離だ。とりあえず、彼らを最大の障害ととらえていいだろう。危険度5だ。
よし、状況分析は終わった。受付への理想的なルートも用意できた。あとは、実行に移すだけだ。
…………チリンチリン。
俺が手放した入口の扉の鈴が、元の位置に戻る勢いで鳴る。その音に反応したのは、最大の障害(当社比)であるチャラ男パーティーの面々と、おそらく仕事だからか、給仕の子が扉に視線を向けた。
だがそこに、もう俺の姿はない。扉から手放した瞬間、受付に最短距離で向かう。もちろん速足だ。そんでもって忍び足だ。競歩の選手かな(自意識過剰)? っていう速度で、なおかつ音をなるべく殺して進む。
この忍び速足は、ボッチ下校を重ねるたびに自然に身についた技術だ。一緒に帰る相手がいないので、歩調を合わせる必要がない。話し相手ももちろんいないので、自然と家に向かう帰路は速足になる。さらに、周りの陽キャ連中の邪魔にならないように、無意識のうちに忍び足になる。故に、ボッチ下校を続けるとこの技術が身につくのだ。この技術、意外と使う場面が多い(と思う)ので、ぜひとも習得を試みてほしい。
中学校生活の努力の結晶を駆使しながら、受付までたどり着く。
さぁ、最終関門だ。受付の少年(もちろん美がつく)、金髪碧眼低身長細身のショタだ。おそらく女装させたら抜群に似合うだろう。年下好きのお姉さんたちがこぞって食いつきそうだ。
さぁ、気合を入れろ。覚悟を決めろ。今ここで言わなくっていつ言うっていうんだ。
「…………あ、あのぉ」
「…………ッ! はっ、はいっ! なんの御用でございましょうかですか!?」
この焦り具合、…………もしや新人か!? マズいぞ。新人は緊張のし過ぎで何しでかすかわからない! 実際俺も、中学校の自己紹介の時に緊張してよくわからないこと口走ったせいで、3年間ずっとボッチだった。第一印象の重要さを痛感したね。
「…………の、ノルドさんに用があるんですけど」
「ノルドさんですね、わかりました! 今呼んできますので、少々お待ちください」
おや? 意外とすんなりやり取りできた。なかなかできる新人だったのかな?
あれから数分後、ノルドさんがやってきた。図体と顔からにじみ出るオーラは、まるでマフィアのそれだ。マフィアとか合ったことないけど。
「要件はこれだろ?」
挨拶もなしに、1枚の紙を差し出された。やはりベテランは凄いな。こちらが何も言わずとも、これまでの経験上こちらが望むことをしてくれる。しかも、俺のような陰キャコミュ障にも普通に接してくれる。おそらくこういう人が、部下に好かれる上司という者なんだろうな。
そんなことを考えながら、俺は渡された紙の内容を確認する。
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*能力参考書類
・氏名:ソウヤ ササキ(18)(男)(普人族)
・
社交:15(−10) ※対人間
製作:6
労働:8
戦闘:7
雑技:16
精神:15(̠−14) ※対美男美女
・
召喚魔術、根性、孤高の秘技
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…………次回に続く!
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