第1話 異世界コーズワルド(なお初日はダイジェスト)

「…………本当に、異世界に来たんだな」


 目が覚めたら、視界に映る見慣れない天井と、自分のものとは明らかに違うベッドの感触で、異世界に来たことを再確認する。


 あの光が収まった後。異世界に来た俺は、頭に響く面接官さんの声に誘導されながら冒険者ギルド、この世界のアルバイト斡旋所の様なところにたどり着いた。なお、お約束通りこの世界の文字も違和感なく読める。会話も問題ない。衣服は一張羅のスーツ。所持品は大学合格祝いに買ってもらった黒革の財布と、愛用のハンカチ、アパートの鍵と実家の鍵に、安物の腕時計。スマホとモバイルバッテリー、その他鞄の中にしまってあったものと鞄本体は回収されているらしい。


 面接官さんに従い、受付窓口らしきところにいる巨漢の、身長2mはありそうだ、黒人男性に話しかける。


 すると、こちらの格好を見るなり


 『お前はか?』


 と聞いてきた。おそらくβテスターのことだと考え肯定すると、奥の部屋に連れていかれ、そこで様々な説明を受けた。


 自分のような異質な格好をしたものは『テスター』と呼ばれ、最初のひと月は食事と宿が保証され、少量ながら資金援助も行ってくれるということ。


 この世界は、今自分たちがいる大島と、宙に浮かぶ無数の浮島によって形成されており、大島は魔物がいないので比較的安全だが、浮島には魔物やダンジョンがはびこっているので危険だということ。また、浮島に向かうには転移門ポータルポイントを使用するということ。


 今自分たちがいる街はダウル王国という国のクアリという都市で、基本的に善良な領主が納めているので比較的平和だということ。


 この国の通貨単位は『エル』であり、500~1000エルで店の料理が食えるということ。つまり、1円=1エルだということ。


 この国には国家経営の様々なギルドがあるので世話になるといいということ。


 この世界には魔術という技術があるということ。なんでもやる気や気力みたいなものを削ることで発動させるということ。


 魔物を一定数倒すと身体能力が上がるということ。そしてその理由はまだ不明ということ。


 そして、この世界にはステータスとスキルのようなものがあるということ。


 正確には、ステータスではなく基礎技量アビリティ、スキルではなく特性タレントというらしい。また、ゲームのようにスキルポイントがあったりステ振りができるというわけではないそうだ。


 基礎技量アビリティは、基本的な行動に対する能力を数値化したものらしい。基礎技量アビリティは大きく六つに分けられる。社交・製作・労働・戦闘・雑技・精神の六つだ。ほぼほぼ全ての行動は、この六つの内のどれかが必ず該当している、……らしい。


 特性タレントは、すべての生物、それこそ魔物にも与えられる突出した才能や性格、体質のことらしい。この特性タレントというのはあくまで才能や性格、体質なので、必ずしもそれに関する生活をしなければいけないわけではない。だが、世間では特性タレントに沿った生活をするのが一般的なようだ。ある意味これは、職業や役割がかぶりすぎないようにする処置なのかもしれない。



 基礎技量アビリティ特性タレントの知り方は、血液を採取し、それを専用の機器で検査するんだそうだ。大体1日ほどの時間があれば正確に検出できるらしい。実際、昨日血をとられた。美人のお姉さんに手をつかまれて童貞精神が有頂天になった次の瞬間、ナイフで指を薄く切られたのだ。素晴らしいナイフさばきで、一瞬何をされたのか分からなかった。正直俺の純粋な気持ちを返してほしい。……いやまぁ、俺が勝手に勘違いしただけなんですけどね。しかもその後、治癒魔術で傷を塞いでもらったので何も言い返せない。本来なら、初魔術で気分が高揚する場面なんだろうが、その時に俺には期待を裏切られた(と勝手に思っている)ショックでそれどころじゃなかった。



 悲しい過去は捨て去り、朝食(この世界の料理は普通にうまい)を食べ終わった俺は基礎技量アビリティ特性タレントの検査結果を受け取りに冒険者ギルドに向かっている。


 無駄に大きい扉をなるべく静かに開け、人目につかないようコソコソと受付窓口に向かう。…………シュミレーションはばっちりだ。


 なんでコソコソしてギルドに入るかって? だって、この世界にいる人たちって全員が全員美男美女なんだもん。顔面偏差値平均チョイ下でコミュ障な俺にはハードルが高い。


 このミッションは大きく3つに分けられる。第一に音を殺して扉を開けること。扉は、昨日開けた感じだと滑らかに開いた。だが、両開きの扉のうち、右側の扉には鈴がついているので左側の扉を開けること。


 第二に、人目につかないように受付にたどり着くこと。机や椅子、棚などの障害物の配置と受付の位置は昨日で完全に覚えた。服装も渡された準備資金で一般市民に見えるような服を調達済みだ。早朝なので人もあまりいないだろう。


 第三に、昨日の巨漢、ノルドさんを呼び出すこと。受付にノルドさんがいたら万々歳だが、そう上手くはいかないだろう。なので、美男美女とほんの少しだが会話する必要がある。セリフは『ノルドさんに用があるんですけど』だ。冒険者ギルドの人たちはエリートらしいので、おそらくこれだけで通じる。


 よし、計画は完璧だ。あとは実行に移すのみ。



 こちら宗谷。これより、スニーキングミッションを開始する!

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