第14話

 ルヘルムを出発して数日、日中は獣人の国ベスティエに向かい、夜はレオと特訓を行なっている。

特訓の間、夜目がきくワトスとルットには食料調達をお願いしてある。

ここ数日の特訓では基礎的な剣術を教えてもらっているが、俺が知りたいのはあの男が使っていた奇妙な技だ。

まるで剣と体が融合したみたいな。

夜、ワトスとルットが寝静まった頃に、レオにあの男が使っていた技のことを聞いてみた。

「それは憑依と呼ばれるものよ」

「憑依?」

「そう。アレロパシーって名前の特殊な鉱石を使っている武器だけができる技よ。見せてあげる」

レオは剣を鞘から抜き、右手で剣を構えた。すると剣を握る右手が薄く光り始める。次第に手から肘、肩と光っていくと次の瞬間、レオの右腕は剣と融合したかのような腕になった。

だがそれは、俺が北区で見たものとは違い、俺が見たのは手首までの変化。それに対してレオは右腕全てが変化していた。そして何よりも特徴すべきは、その美しさだ。まるでこの世のものとは思えない程その右腕は美しかった。

「これが憑依よ。まだ詳しくはわからないけど、アレロパシーって鉱石が、人間の細胞を活性化させて強化してくれるらしいの」

「あ、ああ。そうなのか」

レオの右腕に見惚れて、半分話しが入ってこなかった。

「そういえば、俺が見たのは手首までだったな。それになんだか少し雰囲気も違った気がした」

「この憑依は習得は簡単なんだけど、そこからが大変なのよね。憑依させる範囲を広げれば、それに比例して身体能力が向上するんだけど、範囲を広げるには相当努力が必要になるの」

なるほど、あの男が急に強くなったのも納得した。俺も憑依を会得すれば今よりさらに強くなれる。

「レオ、俺も憑依を覚えたい。どうしたらその武器が手に入る?教えてくれ」

俺はレオにグッと近寄り、両肩を掴んで揺らした。

「ふぇぁ!ちょっ、ちょっと。近い、近いったら」

「あ、ごめん」

レオは目をまん丸にし、驚いた衝撃で剣を地面に落とした。俺もレオの聞いたことのない声に驚いて、肩を掴んでいた手を離す。

すぐに剣を拾い上げ鞘に戻すと、レオは少し俯いたまま動かなくなった。静寂があたりを支配すると、なんだか気まずい雰囲気がしてきた。

「あのー、ごめんな、急に。ちょっと熱が入っちゃって」

「いいの。私も変な声出しちゃってごめん」

静寂が辛い。なんだ、今までこんなことなかったじゃないか。なんだかレオもいつもと違って少し変だし。

「えっと、武器、武器よね!屋敷から持ってきた剣があるからそれをあげる」

「本当か!ありがとう、レオ!!」

ワトスに飛びつく癖があるせいか、ついレオにまで飛びつきそうになってしまった。

「あんまり大きい声を出すと、ワトスちゃんたちが起きちゃうわよ。ちょっと待っててね」

そういうとレオは、荷物の所に置いてあった剣を、こちらに差し出してきた。

「これは柄の部分がアレロパシーでできている剣で、憑依を使える殆どの人が持っている剣よ」

俺はレオから剣を受け取り、鞘から剣を引き抜いた。

特に変わったこともなく、普通の剣っという感じだった。

「今日はもう遅いから、明日から憑依の訓練を始めましょう」

ふわぁっと欠伸をしながら自分の寝床に向かうレオ。

「明日も早いんだから、ちゃんと寝なさいよ」

こちらに振り向くことなく、自分のテントの中に入っていった。

レオがテントに入ったあと、焚き火の近くに腰を下ろして火を見つめた。

パチパチと音をたてて燃える薪は、まるで焼かれている村人を連想させた。

生きながらにして全身を焼かれる苦痛は、とても計り知れないものだろう。村のみんなは、どんな気持ちで最後を迎えたのだろう。

苦痛、絶望、はたまた助けが来ると最後まで希望を持っていたのか。少なくとも、焼かれる苦痛から少しでも逃れようと、必死で穴をよじ登ろうとしたまま絶命した人もいた。

荷物の中から親方の形見のネックレスを取り出し、両手でそれを握りしめ額につける。神にでも祈るかのようなポーズのままそっと目を閉じた。



 次に目を開けた頃にはすっかり辺りは明るくなっていた。どうやらあのまま寝てしまったらしい。

出発の時間にはまだ早く、三人ともテントの中で寝ているみたいだった。

レオから貰った剣を腰に下げ、時間を潰すため辺りを散策し始めると、野宿をしていた場所から少し離れた所に湖を見つけた。

透き通った綺麗な湖だった。朝日を反射する湖面が風で揺れると、日の光の粒が美しく舞い、見ている者を魅了する。

水辺に近づくと、浅瀬にいた小型のモンスターが八方に散りじりに散っていく。そのうちの一体が水面で跳ねると、水しぶきが顔にかかる。

顔を拭い水滴をとろうとするが、いくら袖で拭ど水滴が取れることはなかった。

不思議に思い、水面を覗き込み自分の顔を確認すると、瞳から溢れ出る水滴が湖面に波紋を広げた。

そのまま顔を湖に沈め、今まで心に溜め込んだっものを一気に解放すると、たくさんの空気の泡が真珠のようにキラキラと輝きながら生まれては消えていった。



 揺れる湖面を見つめていると、親方のネックレスをポケットに入れていたことを思い出した。すぐにポケットからネックレスを取り出し、自分の首に身につける。

「親方。俺、絶対に強くなってワトスやルット、レオを守れる男になる。それでいつか、またみんなで暮らせる村を作るよ。約束する」

決して揺らぐことない、堅固な覚悟を親方に誓った。




 俺が戻る頃にはルットが1人起きて朝食の準備をしてくれていた。

「おはよう、もう起きたの?」

「あ、おはよう桜花、今朝は昨日採ってきた食材の下準備があったから」

何やら木の実のようなものに塩をまぶし、指で擦りつけるようにしていた。

「塩を擦りつけてるのか」

「うん、これで表面についてる産毛を取ってるの。そうすれば皮の部分まで食べられるようになるから」

手際良く塩をまぶし、産毛を取っていくルット。尻尾をふりふりとさせてとても楽しそうに見えた。ルットが家族の一員になってからはよく料理を作ってくれており、俺が作る料理よりも美味いので、ワトスたちからは非常に好評である。

「いつも悪いな。俺も何か手伝うよ」

そう言いながらルットの横に座り、俺も木の実に塩をつけ、擦り付けていく。

「はう!」

「おお、どうした?」

「な、なんでもないよ!塩があまりにも塩だったから驚いちゃっただけ」

ときどき面白いことを言うのが、また可愛かったりする。

「なあルット」

「どどど、どうしたの桜花?」

「その、木の実じゃなくて自分の手に塩を練り込んでるが、痛くないか?」

「へ?」

ルットの手は塩を強く擦り付けていたせいか赤くなっており、それに気づいたルットの顔も、燃え上がる炎のように一気に赤くなった。

「ちょっと手を洗ってくる!」

ばっと立ち上がると水を置いてある場所と反対側に走って行った。

「トイレか?」

ルットが戻ってきたのは俺が朝食を作り終えた頃だった。



 準備を終えてこれから出発しようかとしていると、レオが地図を広げ現在地とこれからのルートを確認し始めた。

「今日中には森を抜けたいわね」

「今はどのくらいまできてるんだ?」

「森を抜けたところで、ちょうど三分の一くらい。まだまだ先は長いわね。それに、整備された道の周辺は殆どモンスターが出ないけれど、これからベスティエに近づくにつれて道も無くなっていくから、そこにも注意が必要になってくるわ」

まだけっこう遠いんだな。と、いうことは、特訓する時間はあるし。それにモンスター相手に腕試しもできる。

「よし!出発しよう」

「オー、ワトスガセントウダカラネ」

「急ぐと転んじゃうよ」

2人が駆け出し、その後ろからレオが追いかける。

「ワトスちゃん、ルットちゃん、やっぱり可愛いわー」

いつも通りのこの感じが、俺はたまらなく好きだ。

だからさ、強くなってこの場所を守ってみせるよ。親方。










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