第13話

 今日はなぜかとても寝起きも良かった。高級なベットのおかげか、それとも昨夜、一撃で気絶させられたからだろうか。

綺麗に畳まれた服を着ると、とても爽やかな匂いが鼻をくすぐる。匂いを堪能し優雅に部屋を出た。

「おはよう」

「ぶ!お…お早うございます桜花様」

部屋を出ると使用人がおり、どうやら朝食の部屋まで案内してくれるそうだ。彼女はなぜか、肩を震わせ笑いを堪えていたが俺は気にしない。

部屋に案内され、椅子に座ると別の使用人が朝食を運んできてくれた。一つ一つの料理を説明してくれているのだが、彼女もまた、声を震わせながら笑いを堪えていた。

「ありがとう。いただきます」

「ご、ご、ごゆっく…ぷーーー!!」

俺がお礼を言うと、ついに我慢できなかったのか、彼女は笑いながら走り去ってしまった。

今日は実にいい日だ!

昨日のヴォルフさんの反応から、まず使用人になれないことはないだろう。

そう思うと、少しばかり昨日の失態を笑われようとも、俺はびくともしない。

朝食を終え足取り軽やかに、みんながいる談話室へ向かう。

さてと、あんまりニヤけた顔をしてるとレオにバカにされるな。

ちょっと深呼吸をし、気を引き締めていざ、談話室へ。



 「アー、桜花キタ!」

「桜花の寝坊助」

「いつまで寝てんのよあんた」

早速来ましたこの仕打ち。だが俺はへこたれない。

「ごめん、ごめん。待たせちゃったみたいで」

部屋に入ると、背後から気配と共に声が聞こえた。

「皆さん、お揃いのようで。ヴォルフ様がお待ちです」

タイミングを見計らったかのようにケーテさんが背後から現れる。

さて、これから俺たちの使用人人生が始まる。

村を出てから色々あったけど、これで一旦落ち受ける。何よりワトスとルット、おまけでレオも。みんなでこれからも一緒にいられると思うと、嬉しい限りだ。

「ヴォルフ様、失礼致します」

さあ、今日から新しい人生がスタートだ。




 「まず君達に伝えることがある。使用人の件だが、残念ながら君ら3人共不採用だ」

不採用?三人共?全く予想だにしない出来事に、理解が追いつかない。俺の聞き間違いかもしれない。もう一度ヴォルフさんに確認をしてみる。

「三人共、不採用ですか?」

「残念だが、当家で君たちを雇うことはない。すまないな」

そんなバカな。

俺はその場に膝から崩れ落ちた。

俺だけが不採用ならわかる。なぜワトスとルットまで。昨日の雰囲気からして最悪、2人は大丈夫と確信していたのに。

「あの、ヴォルフさん。俺は不採用でも構いません。しかし、なぜワトスとルットまで不採用なのですか?」

「実は昨夜、私なりに考えてみたのだが、彼女たちは、この街にいない方がいいのではないかと思ったのだ。街に出れば差別の対象になり、かといって、ずっと屋敷の中にいるのも辛かろう。そこで私から提案なのだが、他の街に行ってみる気はないかね?」

「他の街…、ですか」

ヴォルフさんの話によれば、古い友人がその街を収めており、獣人差別もないらしく、俺たちさえよければ紹介をしてくれるとのことだった。

「さて、これでワトスくんとルットくんの不採用の理由については、納得してくれたかね?」

先ほどまでの絶望感は嘘のように消え去り、俺は嬉しさのあまりワトスとルットに抱きついた。ワトスはハナセ!っと暴れるが、反対にルットは、まるで石になったかのように固まった。

「よかった!みんなで暮らせるなら俺はそれだけで幸せだ。ヴォルフさん、ありがとうございます」

無邪気にはしゃぐ俺たちをみてヴォルフさんは微笑んだ。

「彼らのように人間と獣人が手を取り合い、生きていける世の中を作りたいものだ」

「あら、お父様にしては珍しく弱々しいこと言うのね。いつもなら絶対に作る!っと言い切るのに」

「おっといかん、私としたことが。娘の前で言うことではなかったな。さて君たち、その反応は了承と、受け取らせてもらってよろしいかな?」

「はい」

「イイゾ」

「よろしくお願いします」

満場一致であった。

部屋全体が幸せな雰囲気に包まれていたが、やはりというか、この雰囲気を粉砕したのはレオの一言だった。

「ねえ、お父様。ワトスちゃんとルットちゃんの不採用の理由は分かったんだけど、桜花の不採用の理由は?」

確かに、俺はワトスとルットの不採用の理由を聞いたが、俺の不採用理由もさっきのヴォルフさんの説明にあった、別の街へ行くことを勧めたことだろう。

「不採用理由ならさっき、ヴォルフさんが言ってくれたじゃないか」

「そうかしら?さっきの説明だと、あなたのことは言っていないように聞こえたのだけれど。どうかしら、お父様?」

いやいや、せっかくみんなで暮らせる話でまとまってるのに、レオのやつは。

見てみろ、ヴォルフさんも困ってるじゃないか。

「むぅ…、さて。どうしたものやら」

「お父様、こういう事はキッチリと本人に伝えた方が」

レオは獲物を狙うモンスターのように、鋭利な視線を父親に向けた。

「わかった、わかった。そんな怖い顔をするな。桜花くん、娘の言うように君は別の理由もあり、不採用にさせてもらった」

唾液が喉を通る音が部屋に響いたんじゃないかと思うほど、大きく唾液を飲み込んだ。

「別の…理由、ですか」

「そうだ。結論から言おう。君は弱いのだ。それも圧倒的に。使用人は命をかけて、主人を危険から守らなければならない時もある。娘の専属使用人になる事はつまり、娘を、命をかけて守らなければならない、ということだ。だが、今の君では、守るどころか、守るはずの主人に守られる立場となってしまうだろう。これは娘から、君の北区での戦いを聞いた結果から出した結論だ。もし、力を隠しているようなら、今、ここで、力を見せてくれるのならば、結果は変わるかもしれないが。どうかね?」

返す言葉もなかった。北区での戦いは意表を突いて、たまたま勝てただけだ。真正面から戦っていたら絶対に負けていた。

「………いえ、特に…ありません」

悔しい。悔しくて悔しくて仕方がない。北区での戦い以来、薄々気づいてはいた。だけどそれを、ワトスやルットを隠れ蓑にし、レオの前では戯けて見せて、見て見ぬふりをした。自分の弱さを認めることが怖くて逃げた。その結果が今だ。

思えば思うほど、悔しさがこみ上げてくる。現実を突きつけられ、逃げ道を塞がれた、どうしようもない自分自身に。

「桜花はどうしたの?」

レオは真っ直ぐ、妖精のような美しい瞳で俺を見つめてくる。俺は心の中を隅々まで覗き込まれているような気分になった。

「俺は…、強くなりたい。今度は誰も、失わないように!」

レオは一瞬、ほんの一瞬だったがクスッと笑ったような表情をした。

「お父様、私も桜花たちと一緒に行きます」

「また突然に、理由を言ってみなさい」

「私が桜花を強くする。私はあの、ヴォルフ・フォン・エンベルガーの娘よ。一度言ったことをそう簡単には諦めないわ。必ず私の専属使用人にしてみせる」

しばらく睨み合う親子。先に折れたのはヴォルフさんの方であった。

「誰に似たのか、お前も一度言い出したら聞かぬな」

こうして、レオも共に、俺たちと新しい街へ行くこととなった。




 「その…なんだ。あ…ありがとう」

部屋に戻るとすぐにお礼を言った。レオに面と向かって言うのは恥ずかしかったが、ここはきちんとお礼をしておくべきだと思った。

「ごめーん、うまく聞き取れなかったから、もう一回、丁寧に感謝の言葉を述べてもらえるかしら」

「聞こえてんじゃねーか」

さっきまでの感謝を返せ。

「冗談よ。少しは元気でた?」

こいつは本当につかみどころが難しいな。だけど、今回は本当に感謝している。レオのおかげで、ここから俺自身変わっていけるチャンスをもらった。

「なあ、どうして」

レオは俺が言い終わる前に、人差し指で俺の唇に触れた。

「言ったでしょう。私にできるのはこれからのこと」

レオは俺から距離をとると、ソファーに寝転ぶワトスにダイブした。

そういう意味で聞いたんじゃないんだけどな。

どうしてここまで、レオが俺たちを気にかけてくれているのか。聞いてみたかったが、今はとても照れくさくて、聞く気になれなかった。



 「上手くいきましたね」

「ママか。あぁ、これで後顧の憂いはなくなった。レオが自分から一緒に行くと言ってくれて助かったよ」

「あとは、あの子たち次第ね。あなたが小さかった頃、4人で目指した夢が、今やっと動き出そうとしている」

「そうだな。あとはどちらに転ぶにせよ、時代は大きく変わっていくだろう。そうだろ?クラウよ」




 翌朝、屋敷を出発する前にヴォルフさんに挨拶をしたかったが、急用で首都コランダムへ行かれているとのことで会う事はできなかった。

「桜花、お嬢様にご迷惑をおかけにならないよう、気をつけて行ってらっしゃいませ」

最後の最後までケーテさんらしかった。

屋敷の使用人に見送られこれから向かうは…、どこだ?

「そういえば、どこに向かえばいいんだ?」

「私が案内するから大丈夫よ。まー、私も初めていくから地図を見ながらだけど。えーっと、これから向かうのは獣人の国ベスティエ。獣人の住む国よ」

「え!国!!しかも獣人の国って」

さすが親子。街とか言ってたから、なんの心の準備もできてない。獣人の国とか初めて聞くし。

「もう少し事前に情報をくれても」

「ほら早くいきましょう。ワトスちゃんとルットちゃんにおいてかれるわよ」

本当だ。あいつら行き先も知らないで先に行ってやがる。

「わかった、わかった。もうなんでも来いだ!」

こうして俺たち4人は、獣人の国ベスティエに向かう。

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