第12話
レオの父親、ヴォルフ・フォン・エンベルガー。大柄で威圧的。いかにも裏で実権を握っていそうなタイプ。と想像していたのだけれど、実際会ってみたら小柄で華奢な口髭を蓄えたおじさんであった。だが、おじさんというにはそこまで老けてもいない。50代前半くらいだろうか。
「遠路遥々よくぞ参った。娘から話は聞いている。そこに掛けなさい」
用意されていた椅子にワトス、俺、ルットの順番に座る。レオは父親の横に立ちこちらを見つめていた。
「さて、君らは娘の専属使用人になりたいと聞いているのだが、本当かね?」
正直なところ、今はこれしかワトス達と一緒に暮らしていく方法がない。レオがくれたチャンスを無駄にはしないつもりだ。
「はい。間違いないです」
口髭を指で撫でながらそうかっと呟く。
「今日君たちをこの屋敷に招いたのはまず、話をしてみたかったからだ。娘はどんな友達と一緒にいるのか気になってね。だからそんなに緊張することはない。使用人の件はまた別日にっと考えている」
そうはいっても、一国の王並に権力を持っている人だし、緊張するなって方が無理な話だ。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。私はヴォルフ・フォン・エンベルガー。しがない商人だ。よろしく頼む。君たちは住んでいた村を襲われたと聞いている。すでに知っているかもしれないが、今ルヘルム周辺の村が襲われていて、我々もすでに兵を派遣して調査を行なっている。何か分かり次第、君たちにも伝えると約束しよう」
なんだか思っていたよりも優しい人なのかな?俺たちの事を気遣ってくれているみたいだし。
「ありがとうございます。ヴォルフ…さん」
「呼び方など気にはしない。好きに呼んでくれてけっこうだ。」
どうやら心の広いお方のようだ。そんなことを思っていると、隣にいるワトスの尻尾が左右に大きく動いていることに気がついた。てっきりケーテさんのときみたく、固まっているのかと。尻尾がピンっと動きを止めた同時にワトスは立ち上がった。
「ヴォルフノヒゲ、カッコイイナ!」
やってくれた。背中がビチャビチャになるかと思う程の冷や汗が出てきた。俺はすぐに立ち上がり頭を下げる。
「すみません!ヴォルフさん!ほら、ワトスも一緒に謝って」
「デモ、ワトスノヒゲノホウガ、カッコイイ」
さらに追撃をするワトス。
絶対怒ってるよな。最悪死刑かな。
俺は恐る恐る顔を上げヴォルフさんをチラッとみると、どこか誇らしげな表情をしていた。
「そうか、そうか。私のヒゲがかっこいいと!」
妻や娘は1度たりとも言ってくれたことはなかったな。
何やらボソボソとレオに聞こえるように話しており、レオも、かっこよくないものっと一刀両断。
「毎日の手入れはもちろんのこと。その道のプロを雇い綺麗にカットしてもらっているのだがな…。我が娘ながら手厳しい」
俺は苦笑いしながらため息をつく。なんとかなった?のか。
ワトスはワトスでヴォルフさんの真似をしてヒゲを撫でてるし。まったく、こちらの気などお構いなしである。
「ヴォルフモキニセズ、ワトストヨンデイイゾ」
「うむ、そうさせてもらおう。私は良きヒゲ友達ができたな。さて、そちらのお嬢さん。君の名前は?」
ルットは体をビクッとさせ少し緊張気味に名乗り始めた。
「ルットと申します。あの…よろしくお願いします」
「ルットくんか。君もワトス君と同じ村の出身かね?」
「ち、違います。私は…その、えっと、流れ者で北区にずっと住んでいました。それで…ですね、た、助けてもらいました」
赤面し俯きながら、俺の袖を引っ張り懸命に喋るルット。
「北区か。さぞ辛い思いをしてきたであろう。少年よ、礼を言わせてもらおう。本当は私たちが何とかしなければならない問題であった」
「いえ、俺はたまたま近くにいただけですから」
「それでも、礼を言わせてくれ。ありがとう。それとルットくん。人間を嫌いにならないで欲しい。今はまだ根強い獣人差別がこの街にあるが、いずれ差別をなくし、人間と獣人が共に暮らせる街を作るつもりだ」
「は、はい。お…お願いします」
相変わらず俯いたまま顔を上げないルットだが心なしか、少し表情は緩んでいるように見えた。
「さて…」
ヴォルフさんと目が合う。ここまで話を聞いている限りとても気のいいおじさんという印象だ。獣人への理解もある。これなら最悪、ワトスとルットだけでも働かせてもらえれば。
「最後に少年。名前を聞かせてもらえるかな」
「桜花と申します。よろしくお願いします」
「桜花…。もしや君の村の名前はパラディースか?」
「はい。かなり辺境にある村です。ヴォルフさんは村の事を知っているのですか?」
レオが教えたのか?
「クラウ、クラウ・クライバーはどうした?」
「お、親方ですか?」
意外な人物の名前が飛び出してきたことに驚く。
「村の生き残りは俺とワトスだけです。他の人はみんな…」
「………、そうか。おう…」
「ヴォルフ様、失礼いたします」
ヴォルフさんの言葉を遮るようにケーテさんが部屋に入ってきた。
「ヴォルフ様、お取り込み中のところ失礼いたします。大臣がお見えになられました」
「わかった。諸君、話の続きはまたの機会にしよう。ケーテ。彼らを客人として今夜はお迎えしろ」
「かしこまりました。では皆さん、お部屋に案内いたします。ワトスとルットはこちらを」
ケーテが手渡したのは屋敷の入り口で脱ぎ捨てたマントと頭巾だった。
「今大臣達がこちらに向かっておりますゆえ、姿がバレないようお願い致します」
2人はすぐにマントを羽織り頭巾を被った。朝はあんなに着るのを嫌がっていたワトスも、ケーテさんが言うとすんなり着るんだな。
「ではこちらへ。ヴォルフ様失礼いたします」
「諸君、ではまた」
こうしてヴォルフさんとの初めての顔合わせは終わった。
「なあママ」
ヴォルフが名前を呼ぶと、どこに隠れていたのかレオの母親が姿を現した。
「どうしたのお父さん?」
「クラウも、逝ってしまった」
「えぇ、話は聞いてましたよ。クラウが残したあの子も大きくなりましたね」
「どうやら、まいた種がいつの間にかに大きく成長していたらしい。ママ、あのとき止まった歯車が、ようやく動き始めたのかもしれない」
「あなたも、いくのですか?」
「私は、私の責務を果たすだけだ。まずは大臣の話を聞こうじゃないかね」
「この街に大臣なんているのか?ヴォルフさんの次に偉いナンバー2ってこと?」
ふと疑問に思った事をレオに聞いてみる。
「桜花って全然、国の情勢とかに疎いわよね。しょうがないからレオ様が教えてあげる」
こいつ親の前と全然態度が違うな。
「あんまり難しいとわからないでしょうから、簡単に説明してあげる。
まず、王様がいます。王様はコランダムという首都に住んでおります。今回来る大臣もコランダムから来ています。ここまででわからなところがある人いますか?」
「ワトス、モウアキタ」
「はい、じゃあ続けます」
レオは華麗にワトスをスルーして話を続けた。
「王様はいるけど政治には関与しません。あくまで国民の象徴としているだけ。じゃあ王様以外で実際に国を動かしている人たちがいます。それは各街の代表者です。年に数回コランダムに集まり、国全体の方針を決める会議をして、その決まった方針に則り政治をおこなうよの」
はいっと手をあげるルット。
「この街の代表者はヴォルフさんなんですか?」
「はい正解。さすがルットちゃん、桜花と比べて理解が早くて助かります」
我慢だ、ここで騒ぎを起こしたらどうなるかわかったもんじゃない。
「実際、首都コランダムとここ、ルヘルムが大きな力を持っていて、二大権力と言われてます。なので殆どの方針はコランダムの大臣トラウアと、私の父親の意向で決定します。」
やっぱりヴォルフさんってすげー人だったのか。
「そんな国ツートップの1人が今こちらにいらしている状況です。理由はわからないけどね。わかった桜花?すっごくわかりやすく短めに話したんだけど。もうこれでわからなかったら脳みそ腐ってるわよ」
「あ、ありがとうございました。レオ様。とてもよくわかりました」
拳から血が出るんじゃないかと思うほど強く握りしめ、今はとりあえず、レオへの反抗をグッと押し留める。
「皆様、壁側へ。大臣が通られます」
俺たちは壁側へ並ぶと大臣がお供の兵を連れて、先ほどまで俺たちがヴォルフさんと話していた部屋へ向かっていくが、レオの目の前で大臣の列が止まった。
「久しぶり、レオルト。元気にしてた?」
何だ知り合いか?それにしてもこいつが大臣か。まだどう見ても20代だろ。首に面白いネックレスとかつけてるし。本当に大臣か?
「お久しぶりね、大臣。私は元気よ」
素っ気ねー。しかも大臣と思われる人にそんな態度取るんだ。
「相変わらずだね、レオルト。そろそろ縁談の話の返答を頂きたいのだけれど」
「お断りよ。何回も言ってるでしょ」
「また、そんな恥ずかしがっちゃって君は。今日はヴォルフさんに会いに来たから、また今度ゆっくり食事でも。それじゃ失礼」
こちらには目もくれず行ってしまった。それにしても縁談か。縁談かー。
「縁談でございますかレオ様。ぜひ使用人になれた暁にはこの、桜花めにお任せください。必ずや成功させて…」
レオの蹴りが炸裂した。
「ワー、桜花ガソラ、トンデル」
「あ、落ちた」
「さあ、あんなやつほっといて、部屋にいきましょう」
「皆様、お部屋にお菓子を用意しております」
完全に置いてかれてしまい、通りがかった使用人に再び笑われ泣く泣く部屋に向かった。
「以上が被害にあった村の報告となります」
トラウアの兵が近隣の村の被害状況をまとめた報告書を読み上げ、それについての議論が始まろうとしていた。
「ヴォルフさん。今回私がルヘルムに訪れたのは、今後についての相談がしたかったからです。これから話すことはまだ内密にお願い致します」
トラウアは兵に外で待機するよう命じると、ヴォルフもまた使用人に同じ事を命じた。
「さて、人払いも済んだ事だ。聞こうじゃないか」
「今回の村々を襲った犯人がわかりました」
「ほう、だがしかし、大方の予想では盗賊などによる被害だと考えていたのだが、大臣自ら来るとなると私の予想は外れたかな」
「確かに我々も最初は盗賊などによる被害と思っていましたが、調査を進めた結果、犯人は獣人とわかりました。それも単独犯ではなく、獣人国ベスティエの関与も確認できました」
「それは本当かね、大臣。私はどうも何者かが獣人に罪を擦りつけているのではと思うのだがね」
「もちろん、その線でも調査を進めております。が、しかし大方間違いはないでしょう。調査に向かった兵からは実際にベスティエ国の兵を見たと証言している者もいます」
「しかしだ、そう結論を急ぐものじゃない」
「最悪の事態は常に考えておくべきかと」
「……。今はより詳細な調査結果が出るまで待つとしよう」
「わかりました。ではまた調査結果が届き次第、お会いしましょう」
「………。すでにレールは敷かれているか」
1人部屋に残ったヴォルフは考えていた。自分が取るべき最善の選択を。
「ママはいるか」
「ええ、ずっとお側にいますよ」
ヴォルフの近くにレオの母親がどこからともなく現れる。
「手紙を一通出したいのだが、いいかな。ちょっと古い友にな」
そいうや、あの大臣がつけてたペンダント、面白い形してたな。レオ…に聞くと怒られそうだし、ケーテさんに聞いてみるか。
「ケーテさん、あの、大臣がつけていたペンダントって面白い形をしてたんですが、あれって何のペンダントなのか知ってますか?」
「はい、あれは女神信仰者の証です。」
部屋にあった小道具を使いジャグリングを披露するケーテさん。ワトス達から歓声が上がる。
「女神信仰ですか。どんな女神なんですか?」
「それはですね。はぁ!成功です」
テーブルクロス引きに成功し再び歓声が上がる。ワトスとルットは興味津々に目を輝かせながら見入っている。
「正確な逸話や記録が残っているわけではありませんが、聞いた話によると、女神が声をかけてくれるそうです」
「声を?」
「はい、声です。天のお告げというのでしょうか」
「はぁ、そうなんですね。信仰というのはよくわからん」
ケーテさんは目にも止まらぬ速さでパンチを繰り出すと、テーブルの上に置いた果物を拳圧?衝撃波?で粉々にして見せた。
あれ?これってレオよりもやばくね?
絶対にケーテさんを怒らせないようにしようと心に決めた瞬間だった。
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