第8話

 レオの家に居候させてもらいながら療養すること数日が過ぎた。

 北区で助けた獣人の女の子も傷が回復し、今ではとても元気である。

 まだ顔には包帯などが巻かれているが、それでも最初に比べれはだいぶ良くなったように思えるーー人間と違って、獣人は傷の回復が早いな。それに新しい歯も生え始めてるし。

 獣人の女の子。

 名前はヒルギット。みんなからはルットっと呼ばれている。

 ルットはワトスと違って手や足が獣のそれではなく、人間と全く同じ手足をしていて、人間に尻尾と獣耳が生えた感じの、人間よりの獣人である。

 髪は肩よりも少し長いくらいで、肌はまるで透き通った真珠のように白い。胸は少し膨らみがあるくらいで、全体的に細身というよりも華奢。本人曰くどんなに食べても太らないとのこと。そしてお尻もまた小さくて可愛いのだ。

「桜花。これ……どこにしまう?」

「それは入口のところにある袋にしまっておいてくれ」

「わかった」

 テクテクと歩くルットの後ろ姿は、どこか小動物のような可愛さがあった。

 それを部屋の隅から覗く2人。

 レオとワトスだ。

「ワトスちゃん。最近ルットちゃんが桜花にべたべたなんですが、どう思いますか?」

「トッテモナカヨシ。ワトス、イモウトガデキタミタイデウレシイ」

 レオモ、ナカヨシっと尻尾をふりふりさせながらワトスは言った。

「もー、ワトスちゃんも可愛いー」

 レオはワトスに抱きつく。

「ヤメロ、クッツクナ」

 抱きつくレオを振り払おうと、ワトスは部屋中を転げまわる。

 たったの数日でここまで仲良くなった2人ーーワトスもああいう性格だし、それにーーレオは何ていうか、みんなから好かれる性格もそうだけど、カリスマ性みたいなものがあるし。

 それが果たしてカリスマ性なのか、それとも、ただの都会の雰囲気なのかはわからなかった。なにせルヘルムに来てから、まだ誰とも真面に喋ってはいないのだからーーレオに会わなければ、昨日戦った男が1番よく喋った相手になるところだった。

 それは勘弁願いたい。

 荷造りを終えて一息つこうとベットに腰掛ける。すると何やら満足そうな顔をして戻ってきたレオが俺の隣に座った。

 その顔を見て、ワトスが気になりそっと視線を向けると、これでもかといじられたのだろうか、仰向けの状態で膠着していた。

 さながら、浜辺に打ち上げられた魚のような、そんな感じ。

「もう村に帰るの? もう少しここにいればいいのに」

 レオからすごく上品な香りがする。

 てか近い近い。

 肩と肩が触れ合いそうなんですけど!

「さすがに村に戻らないとみんな心配してるだろうし、それに……、あんまりレオに迷惑かけるのも悪いし」

 心臓の鼓動が普段より一段と速くなり、目線が泳ぐ。

 ちくしょう……、なんでこんなに近いんだーー無論、悪い気分はしない……、いや、むしろその逆である。

 ドギマギとしつつ、改めて思う。

 お人好しだよな。

 普通、家の前に怪我人が倒れてたら役人とか呼ぶんじゃないだろうかーーだって、見るからに厄介ごとそうだし。

 獣人を背負った傷だらけの男。

 この都会では明らかに異質な光景であろう。

 ところがレオは、ルットと一緒に倒れている俺を見つけると、騒ぎになる前に自宅へ連れ込み看病をしてくれた。それだけでも大概なのだが、その後もそこに住まわせるって……、お世話になってる俺が言うのもあれだが、そうとう変わった人だと思う。

 歳は俺よりも上らしいが、さほど離れていないように思える。

 女性に年齢を聞くのはデリカシーがないので、紳士たる俺はその疑問を胸の奥底にそっとしまった。

「私は迷惑だなんて思ってないわ。むしろ私が感謝したいくらいよ」

「レオが感謝? とくに感謝される覚えはないんだけど……」

 んーっと、唸って考えてみたがとくに思い当たる節はなかった。

「とくに何かってわけじゃないんだけど、そうね……存在自体がって感じ」

 存在自体? ますますわからなくなってくる。

「つまり、俺の存在自体が神と同様に崇められる存在だと?」

 レオの顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。

 その何を言っているっだコイツは見たいな視線が痛い。

「さらに割合で言えば、ワトスちゃんとルットちゃんが合わせて9で桜花が1よ」

 神くだりは流された。

 いや、変にフォローをされなかっただけ、むしろこちらが救われたのかも知れない。

 が、流せない部分もある。

「俺の存在価値についてもう少し詳しく聞かせてもらえないだろうか?」

 困った顔をするレオ。

「それは難しいわ……だって、価値が無いものについて詳しく話せって言っているものよ、それって」

「ひどい! だけど、俺には1の価値があるはずだ」

「小数点以下を切り上げる判断をした私に感謝して欲しいわね」

「俺の価値は1以下なのか! 」

 ここまで言い終えると、自然と笑いが込み上げてきた。

 村には同い年くらいの友達もいないせいか、こんな冗談を言い合えることが楽しくてしょうがなかったーー冗談……だよな。多分。

 レオの方も、先ほどみたいに目が笑っていない……ようなことはなかった。

「それにしても、獣人が好きなのか?」

 話していてそんな気はするが、やはり、言葉としてちゃんと聞いておきたい。

「そうね、あんまり大きな声で言えることじゃないけれど。それに……」

 視線をワトスとルットに向ける。

 俺も釣られて視線を向けると、2人は仲良く遊んでいるようで、ワトスが逆立ちの状態から、腕の力だけでジャンプし、空中で三回転して綺麗な着地を披露。それを見ていたルットが目を丸くして驚いているようだったーー俺も驚いた。

「本物の獣人を見たのはワトスちゃんとルットちゃんが初めてで、それまでは話には聞いていたけど、実物を見て確信したわ。やっぱり獣人は可愛いって」

「そうか、それは……よかったな」

 どうやら俺はおまけみたいなものらしい。

 俺については一旦置いといて、レオが獣人に対して敵意や差別が無いことが改めてわかり、安堵した。

「まぁ、話を戻すけど、故郷に戻るよ。また落ち着いたら遊びに来てもいいかな? 」

 それにレオにはまだ聞いていない事もある。

 北区で戦った男が使っていた能力のことである。

 あの剣と同化したような現象。

 だが今そんな無粋な話をする雰囲気ではないな。

 次遊びに来たときにでも聞いてみるか。

「必ずみんな連れてきてよね。桜花はついででいいわ」

 冗談を言い合い笑っていると、ワトスとルットも加わり出発前の団欒を楽しんだ。



 街の城門までレオが見送ってくれた。

 城門に着くまでは俺に突っ掛かるような事を言ってはいたが、最後は、

 「ありがとう。桜花がルヘルムに来てくれなかったら今頃ルットちゃんはどうなっていたか。」

 まさか最後にそんな事を言われるなんて思っても見なかった。

 不意打ちである。

 「また絶対三人で遊びにきてね。待ってるから」

 「おう」

 「コンドハ、ニクモッテクルカラナ」

 「レオさん。ありがとうございました。また絶対に来ます」

 そうして俺たち三人は、ルヘルムを後にする。


 

 最後はかっこよく立ち去ろうとしたが……、離れていく俺たちに何やら叫びながら手を振っているのレオのせいでなんとも締まらない。ーー俺たちの姿が見えなくなるまで叫ぶつもりなのか……あいつ。



 レオ姿が見えなくなったころ、俺はもう一度ルットに聞いてみることにした。

「ルットは俺たちと一緒でよかったのか? レオと一緒でもよかったんだぞ? 」

 何日か前にルットの今後について話し合いをした。

 提案としては二つ。

 一つ目はレオの家に引き続き住むこと。

 獣人差別があるのであまり外出もできないが、それでもレオの助けがあるので、生きていく分にはなんら支障はない。

 二つ目が俺たちの村で一緒に住むこと。

 ルヘルムに比べればとても小さな村で、自分たちでモンスターを捕まえて生活をしなければならないのと。都会に比べて不便であることも説明した。

 レオとしてはルットには残ってもらいたそうだったが、ルットは俺たちと一緒に村へ行くことを決めた。

「うん。私は……桜花と一緒がいいな」

 なぜワトスの背中に隠れながら言うのだろうか。

「ワトスハ? ワトスハ?」

「もちろんワトスとも一緒が嬉しい」

 横でキャッキャと騒ぎ始めた。

 それにしても……。

 やっぱりもふもふの尻尾はいいな!

 じゃれ合う2人を見ながら思う。

 ワトスの尻尾もいいが、ルットの尻尾も捨てがたい。

 ルットの尻尾はワトスよりも短いけれど、毛並みがとても上品で触り心地がとてもよい。まるで高級品のようだ。

 実は北区でルットを担いだときに堪能させてもらった。俺も意識は朦朧としていたが、ちゃんとあの時の感触は手に残っている。

 もちろん本人には言っていない。

「急に村に連れて帰ってきたらみんなびっくりするかな」

「ミンナイイヒトダカラ、ダイジョウブ」

 ワトスの言う通りだと思った。

 村では獣人に対して偏見はないし、案外すんなり馴染めるんじゃないかと思っている。

「コレカラハ、サンニンデゴハンタベテ、サンニンデイッショニネルンダナ」

「えぇぇぇ! い、一緒に寝るの? 三人で? 」

「ソウダゾ、桜花トワトスハ、イッショニネテルンダゾ」

「ほ、本当!」

 顔が近いよ。

 隠れたり近寄ったり忙しいな。

「あぁ、そうだな。レオの家では3人別々の部屋だったが、村では2人で一緒に寝てたな」

 それに一人一部屋あるほど、家は大きくないしな。

「イツモ、シッポヲマクラニシテナ」

「一緒の布団で……あ、朝まで……」

 何か1人でぶつぶつ言っているルット。

「3人で寝ると流石に狭いか、そうなると部屋を分けた方が……。どうしようかな。ルットは1人がいい? それともワトスと2人が……」

「3人! 3人で寝よう!」

 俺が言い終わる前に、食い気味で、しかも結構な音量で叫ぶルット。

 こいつこんなに大声出せるんだ。

 周りに人がいなくて助かったぜ。

「まぁ、ルットがそうしたいなら、俺は別に構わないが……」

「サンニンイッショ、ナカヨクイッショ」

 ワトスはとても上機嫌だ。

「それにしても、家族が増えてこれから3人で暮らすわけだし、これまで以上に頑張らないとな」

「ワトスモ、モンスターイッパイツカマエルヨ」

「私は……どうしよう」

 ルットは見るからに狩りは無理そうだしな……。

「ルットはまず、村の生活に慣れてからだな。それで慣れてきたら、家の事をやってもらおうかな」

 結果落ち着くところはこの辺だろう。

 狩に出ている間に家の事をやって貰えたら、こちらとしてはすごく助かる。

 「わかった。私に任せて」

 胸を張るルット。

 ユサユサっと、小さく胸が揺れた気がした。



 帰路も終盤に差し掛かり故郷の隣村まではもう少しのところに来ていた。

 このとき、ルットは疲れて俺の背中で寝ており、ワトスは相変わらず元気にはしゃいでいた。

「モウスグデトウチャクダネ。ハヤクカエッテ、オカチャント、モウタンニオミヤゲワタス」

 両手にレオから貰ったクスス・ハーゼの干し肉を抱えながら、オミヤゲ、オミヤゲっと、とても鼻歌混じりのワトスである。

「村を出てからもう一ヶ月も過ぎたのか。最初は軽い冒険のつもりで村から出たが、思ったよりも大冒険になってしまったな。レオとルットに出会って、まさかルットが我が家の一員になろうとは……。村を出るときは思っても見なかったよ」

 ワトスに話しかけたつもりだったが、一切聞いていなかったのでただの独り言になってしまった。

 初めての都会も悪くなかったな。

 レオっていう意外な繋がりもできたし、受付嬢の胸はデカかったし、ルットの尻尾は触り心地最高だしで、言うことなしだぜ。

 すると突然、目の前を歩いていたワトスがピタリと止まってしまう。

「どうした、ワトス? 」

 ワトスの正面に回り込むと鼻をピクピクさせながら立ち止まっていた。

「ヤケルニオイ。コレハ、ドウブツ? コッチカラスルヨ」

 ワトスが何やら嗅ぎつけたらしい。

 背中で寝ているルットを起こさないようにワトスを追いかける。

 数分移動したところにそれはあった。

「なんだよ……これ」

「ワトスキモチワルイ。ハナガイタイヨ」

「お前はルットを連れてここから少し離れてろ。ちょっと様子を見てくる」

 背負っていたルットをワトスに託し、この場から離れるようにワトスに言うと、ワトスは何やら心配そうにこちらを見つめてくる。

「大丈夫。ちゃんと帰ってくるから」

 北区での出来事でワトスには相当心配をかけてしまったからな。

 ワトスの頭を撫でてやり大丈夫っともう一度言ってその場を離れた。



 昔、俺がまだ小さかった頃のこと。

 隣町を訪れ、親方に連れられ町長の家に行ったことがあるーー後にも先にも、町長の家に入ったのはこの1度きり。

 町長が住むだけあって家は町で1番大きく立派。家の中には高そうな装飾品や置物が沢山あった。その中でも一際覚えているのは水晶玉である。こんなにも綺麗で透き通った石があるんだと、当時感動したのを覚えている。

 


 雪と言えるほど白くはなく、灰色をした粉が辺りに立ち込める。

 それは、風邪が吹けば空高く舞い上がり、そして地上に落ちていく。

 一見美しい光景に見えるかも知れない、そんな風景があたり一面に広がっていた。

 袖で口元を覆いながら辺りを散策していると、何かに蹴躓きそうになった。

 何かと思い、積もった灰色を払っていくと、黒い球体が出てきた。それを拾い上げ表面を擦って確認すると……。

 それは見たことがある水晶だった。

 水晶玉は奇跡的に原型を留めてようだ。

 ……。

 これは火事なのだろうか。

 それにしては範囲が広すぎる気がする。

 ほぼ全ての家が焼け崩れており、ほんのわずかに残った家も、いつ崩れ落ちてもおかしく無いほど焼けていた。

 これほどの酷い火事は聞いたことがない。何があったのだろうか。

 だがこれ程に酷い火事であったが、不幸中の幸いか、死体が一体もない。

人が住んでいる場所で、ここから1番近い場所は俺の住んでいる村。もしかするとこの隣町の住民は、村に避難しているかもしれないと思った。

 ここはとりあえず村に戻り事情を聴こう。これだけの事が起きているのだ。仮にここの村人が俺たちの村に避難していなくても、なんらかの事情は知っているはずだ。



 ワトス達と合流する。

「ドウダッタ?」

「火事かもしれない。それもすごい大火事。家もみんな焼けてたけど、住民はどこかに避難したみたいだ」

「ソッカ、ジャアワトスタチノムラニ、ヒナンシテルカモネ」

「そうだな。ここから1番近い村は俺達の村だし、その可能性は十分にあると思う。鼻は大丈夫か?」

「マダムズムズスル」

「ちょっと遠回りして村に戻ろう、そうすれば匂いも少しはマシになるだろう」

 ここから最短距離で進んでも3時間はかかる。急ぎたいところではあったが、ワトスたちの体調が悪くならないように、少し遠回りして村に向かうことにした。

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