第9話

 「ワトス、見てきたぞ」

 遠回りして進むこと数時間。村の近くにある大きな大木が見えてきた。

 その大木は、誰が見たってわかるくらいに周りの木々とは明らかに年季が違うーー子供の頃から気になっていたが、いったい樹齢はどのくらいなのだろうか。

 親方なら何か知ってるかもしれないし、村に戻ったら親方に聞いてみよう。

 この大木から村まではおよそ15分程。

 久々に……とはいっても一月ぶり程度なのだが、いろいろな事がありすぎて、何だか大冒険を終えて帰ってきたような、そうんな感じ。

 もうすぐ村のみんなに会えると思うと心が弾むけれど、隣町の件もあるので素直には喜べない。

 後ろを振り返ると、道中で元気がなくなったワトスが、ルットを背負って後ろを付いてきている。

 元気がないーー体調的な問題化と最初は思ったが、そうではないようで……。

 ここに来るまでの道中に体調について聞いてときは……、

 「モウ、ハナイタイノナオッタ。ダイジョウブ」

 とか言ってたし。

 今も普通に歩いてるしな。

 そうなると何か精神的なものかも知れないと思った。

 慣れない環境下でのストレス……。

 数日とはいえ、慣れない都会にいたわけだしーーワトスの性格からしてあんまり無さそうではあるけれど……、ないとも言い切れない。

 あとはこの道中、ルットをワトスだけに背負いっぱなしにさせてたことで不機嫌になっているのだろうか。

 最初は交換で背負っていたのだが、俺の腕が悲鳴を上げたため、かなり早い段階でワトスに預けっぱなしであるーーひ弱だから……とかではなく、北区で男に刺された左肩が完治しておらず、ルットの軽い体重でも相当の負荷になる。

 まぁ、もう村に着く大丈夫だろ。

 ワトスも村に帰ってみんなに会ったら機嫌もよくなるだろ。

 それにしても……、

 視線をワトスの背中で寝ているルットに移す。

 結局、隣町に着く前から寝初めて、村に着くまで一度も起きなかったな。

 スヤスヤと寝息を立てて気持ちよさそうに寝ているルット。

 ピンっと伸びた耳が、ピクピクッと時々動く仕草がなんとも可愛く、つい触りたくもなるが、ルットを起こすのは可哀想なのでここは我慢した。

 「なあ、ワトス」

 反応はするが、返事はない。それでも俺は続けた。

 「ここでルットと一緒に待っててくれないか?」

 道中色々考えたのだが、もし隣町が野盗に襲われたと仮定するならば、次に襲われる可能性が1番高いのは、隣町から1番近い俺の村だろう。だとするなら、村に行けば野盗と戦う事になるかも知れない。

 俺とワトスだけなら一緒に村に行くのだが……。

 気に掛ければならないのはルットのことである。

 ルットは獣人ではあるが、戦闘は勿論、運動自体もあまり得意ではないので、戦いになれば足手まといになるのは明白であるーー俺が守りながら戦えればいいのだが、そこまで自分の力に自惚れてはいない。ルヘルムで戦った後は特にだ。

 それに、考えられる手は打っておくべきだと思う。

 何かあってからでは後悔しきれない。

 ルットのことを考えるならば、ワトスに預けここに残ってもらうのが得策だろう。

 大木があるこの場所は街道からも外れてるし、仮に野盗み見つかってもワトスが一緒なら安心できるーー戦闘力だけならワトスは俺よりも遥かに強いからな。

 ワトスは、俺の提案に答えはしなかったが了承はしてくれたようで、大木に体を預けるように座り込んだ。

 本当に大丈夫なんだろうか。まるで元気がない。

 「ワトス、どっか体調が悪いんじゃないか?」

 「ドコモイタクナイ。ダイジョウブ」

 今度は答えてくれた。

 返答もしっかりとしているし、体調も見る限りは悪くはなさそうなんだけどな……。ただ元気がないだけ。そんな感じ。

 ワトスが少し気になるが、今は村の状況を確かめに行くのが先決である。

 「ソレヨリ、桜花ガシンパイ」

 隣町の時もそうだった。

 俺がワトスを置いて一人で行動するときにやたらと心配するようになったーーその原因が俺自身にあることは知っている。

 「さっきもちゃんと帰ってきたろ、だから大丈夫」

 返答はなく、ワトスはただこちらを見ているだけ。

 状況的には隣町の時と一緒ではあるが、この時の俺は気づく事ができなった。

 状況は一緒だが、変化があったことに。

 その視線は心配ではなく、別の何かであったことに。

 俺は二人を残し、村に向かった。

 

 

 何か有事の際には最悪の事態を想像する人も多いのではないだろうか。

 俺も今回の事態……隣町の出来事を見た後から、最悪のパターンを想定していた。

 最悪の事態。

 俺の中での最悪の事態は村が野盗に襲われ、死人が出ることだ。

 普段モンスターを狩っている連中が野盗如きに負けるはずはないが、それ以外は違う。戦いに巻き込まれればどうなるかわからない。

 もし、親方をはじめとした連中が狩に出ている最中に村を襲われたらひとたまりもない。

 俺はそんな最悪の事態が起こっていないことを祈った。

 そして同時に逆の事も考えている。最高の事態っと言うには少し違うかも知れないが、隣町の火災は事故で、奇跡的に怪我人なく俺たちの村に避難している場合ーーむしろこちらであって欲しい。

 そんなことを祈り、考えているとすぐに村に到着した。

 到着してしまった。

 結論から言えばどちらの考えも外れていた。

 良い方か悪い方かで言えば後者。

 現実はこうも簡単に最悪の事態を超えてくる。 



 何だよ、何なんだよこれ。

 村の入り口があった場所には杭が2本打たれており、それぞれに人が括り付けられていた。もはや男か女か判別不能なほど焼けていたが、完全に焼け落ちているわけでなく、骨に肉がついているのか、肉に骨がついているのかどちらとも言える酷く曖昧な状態だった。

 近くによると残った肉から腐臭がし蟲も湧いている。肉の中から湧き出る蟲は食べた肉のせいで体が重くなり、ボトボトと地面に落ちていく。落ちた蟲は再び肉を貪ろうと杭を目指しズルズルと這う。

 誰が……こんなことを……。

 村の入り口……だった場所から動けなくなる。これより先に進むことがどうゆうことなのか。本能的にわかってしまっている自分がいる。

 その先に希望など、微塵もありはしないと。

 あるのは絶望。ただそれだけ。

 それでも、俺は前に進まなければならない責任がある。

 それは果たして責任なのか、使命感なのかわからないけれど、俺がこの村の一員であったならば確認しなければならい。この村に何があったのかを。

 震える体をなんとか抑え一歩を踏み出す。

 それは人生で最も重い一歩だった。


 意識したわけではないが、村に入ってから体が自然とそちらに向かっていた。

 例え周りの風景が変わろうとも、何百回と通った道を体が覚えている。

 ひときわ灰が積もった場所の前に来ると、自然と足が止まった。

 どうやらここが俺の家らしい。

 ワトスと共に過ごした家は見る影もなく焼け落ち、新しい家族を迎えて3人で住むはずだった家はもうない。

 俺は積もった灰の中に勢いよく飛び込む。

 「何か、何か残ってないのかよ!」

 飛び込んだ衝撃で身体中が灰だらけになったことなど気にもせず、何か思い出の品が残っていないかと一心不乱に灰を払い除け続けた。

 「くそ」

 30分ほど無我夢中で探し続けたが、やがて疲れて手が止まってしまう。

 結局何も見つからず、時間だけが過ぎ去った。しかし、無駄に動いたせいで、逆に落ち着きを取り戻せた。

 そのばに座り込み、一息つきながら燃えて消え去った我が家の灰をボーッと眺め、

 「あそこがリビング。隣が台所。その奥がお風呂になってて……」

 部屋の位置、家具の場所を鮮明に思いだせるーーなにせずっと住んできた家だしな。今でもまだ夢じゃないかと思っている。

 だがこれは現実。

 「まだ……悲しんでなんていられない」

 気持ちを切り替えて……なんてそんな事はできないが、精一杯気を張り詰め、俺は立ち上がる。

 まだ俺には確認しなければならないことがある。

 入口の惨状を見るにこれは火事ではない。それに何も残ってないのは不自然すぎる。あの家にあったゴツい装置が跡形もなく燃えてなくなるなんてこと、どうにも想像できない。もしかすると村は何者かに襲われ、略奪行為にあったのかもしれない。そうだと考えるならば、見せしめに殺された村人以外の行方が気になるーー村に入ってから我が家まで、村人の死体などはなかったし。

 「誘拐……か?」

 もし誘拐されたとするならば、目的は何だ?

 この村の住人を誘拐したところで金を請求する相手などいないのにーールヘルムのように大きな都市の直轄領なら話がわかるが……。

 だめだ。情報が少なすぎる。

 今は少しでも手がかりを見つけるために村を調べきだろう。

 それにもしかしたら、まだ誰かいるかもしれない。特にあの強かった親方が誘拐されたり、ましてや死ぬなんてやっぱり考えられないーー村のどこかで怪我をして動けなくなってるだけかもしれないし。

 そうなれば村の広場に行こう。あそこは村の中央にあって親方の家も近いし。それに何かあれば広場にみんな集まっていたしな。

 広場に向かう道中、誰かいるかもしれないと、周囲を確認しながら向かったが誰もいなかった。

 「もう広場かよ……」

 誰か一人くらいいるんじゃないかと淡い期待をしていたが……。

 だが広場なら誰かいるかもしれない。

 村の広場は結構広く、村人が集まりお祭りなんかもここで開催していた。村人みんなで笑い合い、朝まで騒いだ場所ーー俺にとっては家に次いで二番目に思い入れのある場所。

 否応にも期待してしまう。

 だが…、街の広場があった場所に入ると今までの考えが甘い考えだったと痛感させられた。

 広場には村の入り口と同じく、地面に杭が打ち付けており、そこに張り付けられた人間……ではなく、

 串刺しにされた人間がいた。

 一本の杭に三人が貫かれ、それが複数本ある。杭の下の方に三人が纏っているのもあれば、綺麗に等間隔で貫かれている杭もあった。殺されてから貫かれたのか、それとも生きたまま貫かれたのか。村の入り口にあった死体とは違い、全焼こそしているものの、人としての形を保ったままの死体が多かったが、焼かれた死体から個人を判別する事はできなかった。共通していたのは肛門から貫いた杭は口から出ているっということだけである。こちらの死体もすでに蟲が湧いており、腐臭がする。

「ーーげぇ、ゔぇふ」

 込み上げる物を抑えることができなくなり、その場に撒き散らした。

「ーーはぁ、はぁ、はぁ……」

 顔をあげる事ができない。またあの光景が視界に入るのが恐ろしく、怖い。

 恐怖から体が震え始めるが、そんな俺のことなど気にもせず事態は進んでいく。

 グシャ。

 何かが地面に叩きつけられたような音に、つい反射的に顔を上げしまう。

 何だ……これ?

 ぐちゃぐちゃになった落下物はもはや原型を留めておらず、元がどんな物だったのか推測することさえままならない。

 色は……肌色が殆どで、後は灰色の部分があるくらいで後は……。

 すると何かが上から何から落ちて来た。

 今度は落ち切る前に視界に捉え、何かの正体を見てしまった。

 何かが地面に落ちると四方にその破片を飛び散らせ、同時に強烈な匂いも撒き散らす。他の腐った肉や焼けた肉とは比べ物にならないくらい臭く、強烈な吐気を催すほどだった。

 落ちた何かを見てそれが何なのか確信した。

 それは意外にも見慣れた物だった。いや正確に言うなら類似品をよく見たことがあるっと言うべきだろうか。

 それはモンスターを仕留めたときや、仕方なくモンスターの解体作業をしていた時に見たもの。

 それは……、

 脳みそ。

 である。

 俺が見てきたものはもっとピンク色をした物だったが、間違いない。この落下物は脳みそに違いない。だがなぜ上から脳みそが降ってくるのだろうか?

 答えを知るのは簡単だ。ただ上を見上げればいい。

 わかってはいるがそう簡単に見上げられたら苦労はない。

 しかし見ない訳にはいかない。もうこれ以上の地獄はないと自分に言い聞かせ、恐る恐る上を見上げると、モンスターが人間の死体を喰らいながら飛でおり、仲間同士で死体を取り合う喧嘩をしている。最初はある程度原型を留めていた死体が一匹が腕を、もう一匹は頭を咥えて引きちぎりバラバラになっていく。引きちぎった時に飛び散った肉片がそこら中に散らばりながら落ちていく。

 「勘弁してくれよ」

 ここは一旦この場を離れ、そして少し休むべきだろう。

 精神的にも、いつ発狂してもおかしくないくらいにもう限界だ。それにここにいてはモンスターに襲われる危険性もある。

 フラフラとする体を何とか制御し、この場を離れようとしたとき、杭の先に何やら大きな窪みを見つけた。

 あれ? あんな窪み広場にあったっけ?

 もしかしたら誰か隠れているかもしれない。とっさにそう思った。

 俺は窪みに向かって駆け出した。

 考えるよりも早く、体が動いた。

 その体は先ほどの虚無感が嘘のように力が入る。

 地面に落ちている破片など気にもせずに駆けた。

 ただ誰か生き残りがいるかもしれない。その一心で。

 

 




 

 


 「うああああああああああああっ!」

 叫びながら走った。

 何も目も暮れずただ走った。

 俺はひたすらにワトスとルットが待つ大木に向かって走り続けた。

 わかった事がある。穴の中を見るに、村人は生きたまま焼かれ貫かれた事。そしてこの村、パラディースの生き残りは俺とワトスだけだという事だ。

 喉が潰れる程に叫んだ。

 前が見えなくなる程泣いた。

 転んで倒れた時は地面を思いっきり、何度も殴った。

 強く握りしめた手は血が滲む。

 途中何度も、何度も嘔吐する。

 それでも無我夢中で、残された家族に会いたくて。走った。



 ワトスとルットは木陰の影で身を寄せて待っていた。ルットはまだ寝ていたがワトスは俺の姿に気がつくと、

「桜花オカエ…」

 座っていたワトスに飛び込んだ。先ほどまで心の中はいろんな感情が渦巻いていていたが、それらがすっと消え去さったように感じた。

 ワトスは何も言わずそっと静かに抱きしめてくれた。

 ワトスの腕に抱かれながら胸に顔を埋めひたすら、涙枯れるまで泣いた。

 会話こそなかったが、泣きじゃくる姿をみたワトスは何となく察していたのかもしれない。いや、それ以前から……、俺がワトスたちを置いて村に行こうとしていたとき、あの時のワトスの目は何かを悟っていたようなそんな感じだと今になって気づく。

 野生の感。

 だろうか、隣町から村に近づくにつれ元気がなくなったのも、いち早くこの事態を察していたからなのかもしれない。

 ワトスがそっと、ポツリと呟く。

「ソッカ。オミヤゲ、ワタセナカッタナ」

 そう呟くと、泣いていた俺を尻尾で優しく包み込んだ。


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