第6話

 昔、親方はよく獣人のことを『友』と言っていたことを思い出した。

「いいか桜花。獣人だからと仲間外れにするのはいけないことだ。お前が大きくなって外の世界に出た時、たとえお前以外の全ての人間が獣人を仲間外れにしてたとしても、お前はそうはなるな。彼らは友だ。今はわからなくても、いつかきっとこの話がわかる時がくる。決して忘れるなよ」

 今になってもその話の真相はわからないが、目の前の女の子を助けなければならい事くらいはわかっている。


 持っていた剣を強く握りしめ、振り抜いた。


 辺りには血飛沫が散乱し、先程まで獣人の少女を押さえつけていた小太りの男の腕がすとんっと地面に落ちる。

小太りの男はその場で悲鳴を上げながら、切り落とされた腕を掴み、のたうち回る。

「ちぃ、何だよ、つまんねなぁ」

 このボスと呼ばれている屈強な男は、子分が腕を切られても顔色一つ変える事なく悪態をつく。

 俺は切先を、その悪態をつく男に突きつけ言い放った。

「何で助けると聞いたな。 教えてやる。こいつが俺の『友』であり、そして俺は……もふもふの尻尾が大好きだからだ!」

 男は少しポカンっとした顔をすると、すぐに腹を抱えて笑い出す。

 俺もなんだか勢いで言ってしまった感があるが後には引けないーー前半は受け売りだが、後半は間違いなく本心であるから。

「友だと、もふもふだと、笑わしてくれるじゃねえか。気でも狂ったか」

 高らかに男は言う。

「もふもふのよさを知らないとは。人生損してるな」

 この男がいい奴だったなら、もふもふの良さについて話しているところだっただろう。だが……。

「ふぅ……、最後に笑わせてもらった。そろそろ終わりにしようか」

 そう男は言うが、ただ普通に立っているだけで剣を構えたりはしないーーまぁ、ここまで力量さがあれば当然なのかもしれない。男とからすれば、この戦いは単なる遊びの類いなのだから。

 男と話している間、何か対策はないのかと色々と考えてはみたが……、ダメだ、何も思いつかない。このままでは間違いなく殺される。

 だが何もしないわけにはいかない。何もせず、みすみす殺されるなんてまっぴらゴメンだ。

 自分の力でどうにもならないなら、何か使えるものを探すんだ。あたりをよく見るんだ。

 …………。あそこの木材……、使えるな。あとは……足元のこの小石とあそこに落ちている剣ーー先程、小太りの男の腕を切り落とした際に、持っていた剣を落としたのだろう。これも使える。

 なんとも不安だが、作戦は決まった。

 こんな事ならもっと球蹴りの練習をしておくんだった。


 男は右腕が剣と同化? してから完全に油断しきっているーー1度攻撃を当てた時は、もうこんなチャンス2度とないと思っていたが……。

 ならば、やるなら今しかない。

 深く呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 なにせ最初にして最大の難関だ。

 まず、足元にあった小石を蹴り飛ばすと、その小石は男のかなり右側を飛んでいった。

 男は避ける動作などせず、どこを狙ってるんだとばかりに鼻で笑った。

 しかしそれでいい。まずは最初の難関をクリアしたのだから。

 小石は男のすぐ横に立てかけてあった木材に当たると、木材はバランスを崩し男に倒れかかる。その隙に持っていた剣を男に投げつけ、自分自身も落ちている剣を拾い上げそのまま男に斬りかかる。

 崩れてくる木材を避けたとしても、投げた剣が襲いかかる。例えそれがダメでも俺自身が切る。

 どこかで隙ができるはずだ。見逃すな。

「どれも外れだ」

 一振りである。

 一振りで木材と投げた剣を吹き飛ばし、残ったのは単身相手に突っ込む自分だけ。

 まずい。これじゃあただ相手にただ突っ込んでいるだけだ。

 しかし、もう勢いを止めることは不可能。

 二撃目がくる!

 どうする? 

 横に避けるか。それとも防ぐか……いや突っ込む!

 どうせ避けられないのなら、どうせ防げないなら、残された選択肢はこれだけだ。

 剣を振り上げる。

 が、すぐさま違和感が襲う。

 妙に、剣が軽い気がした。

 不思議な力が味方をしてくれたのか、俺の眠っていた力がこのピンチに覚醒したのか。

 しかし、そんなことなど起こるはずもない。

 現実とは実に酷いものだ。

 剣身が折られたのである。

 いや、おられるというより、切られたと言うべきか。

 切られた剣の切り口は滑らかで美しく、芸術品のようであった。

 が、まだ。

 折れた剣を手から離し、落ちていく剣の柄頭を蹴り、切り口見事な切られた剣を相手に蹴り飛ばす。そして、男の最初一撃飛ばされた剣を拾い上げそのまま斬りかかる。

「これで! どうだ!!」

 先ほどまで目の前にいた男が消え背後に現れる。

 くそ、また背後に。

「悪くはなかったがダメだな。そんなんじゃ俺には勝てねよ」

 ギリギリで防御するも飛ばされ近くの民家に突っ込んだ。



 ダメだった。

 他に考られる手はない。

 だから諦めるのか?

 だが、どうすればいい?

 色々な事が頭の中を駆け巡る。

 体は……まだ動く。ならそれでいいか。

 体が動くなら、戦う理由はそれで十分だ。

 最後にもう一回見たかったな……受付嬢のおっぱい。

 それに、ワトスの寝顔もちゃんと見てくればよかったーーワトスより先におっぱいの方が最初に浮かび、なんだかもやるせない気持ちになる。

 最後にやれることをやろう。

 気合を入れ直し、体を起こそうと地面に掌をつくと鋭い痛みが走った。

 掌には家を壊した時の破片が刺さっていた。

「これは……使えるかもしれん」



「おい、いつまで家の中に隠れてる。出てこねぇならこっちから行くぞ」

 男が家の中に入ってくる音が聞こえてきた。

 家の中は暗く外からのわずかな月光が差し込むだけである。男の目がこの暗闇に目が慣れる前が勝負だ。こちらはすでにわずかな光があればこの暗闇でも相手の位置がわかる。

 男が家の奥に進んでくる音が聞こえる。しかしまだ目が慣れておらず家具などにぶつかりながら進んできているようだ。

 まだだ、もう少し。もうちょっと。

 足音やぶつかる音が近づいてくる。段々とその音が大きくなると、ついに男の姿を目視で捉えた。

 するとそれとほぼ同時に、男が暗闇に目が慣れてきたのか家具を避け始める。

 今だ!

「はあぁぁぁ!」

 叫び声を上げながら斬りかかる。

 暗闇の中で男がこちらの姿を確認すると、

「暗闇から背後への不意打ちかと思わせ正面から来るとは。だがこれで終わりだ」

 目で追うことができないほどの神速の突きが、俺を突き刺した。

 しかし、男は何が起こったかわからないような、そんな表情を見せる。

 すると、剣を突き刺した点を中心にひび割れが広がり、俺は無惨にも砕け散っていき、その直後、振り抜いた剣が男の背中を駆け抜けた。



 やった。うまくいった。

 横たわる男を見つめながら本当に勝てたのだと実感が湧いてくる。

「おい……、どういう事だ? 何で……」

 男は不思議そうな表情を浮かべていた。

「あんたが突き刺したのは俺じゃない。そろそろ目が慣れてくる頃だろ。見てみろ」

 男が顔を上げ確認するとそこには割れた鏡があった。

「鏡……だと」

「ああ。正直かけだった。目が完全に慣れてしまえば鏡だとバレてしまうし、逆に慣れていないと全く見えないから、鏡に映った俺を認識できない。丁度鏡だと認識できない状態と俺を認識できる丁度いい状態を見極めなければならなかった。後は背後からの足音がバレないように、部屋中に響き渡る叫び声をあげた。正直こんなにうまく行くとは思っても見なかったよ」

「……そうか。まさかこんなガキに負けちまうとは」

「それじゃあ、あの子は俺が連れていく」

「とどめは刺さないのか」

「俺は別に人殺しじゃないし」

「好きにしろ。敗者には、何も権利はねえ」

「そうする」

 男を家の中に残し俺は獣人の少女の元へ向かう。



 2人の子分はいなくなっており、少女だけが放置されていた。

「おい、大丈夫か」

 返事はあるが、歯が抜かれたせいだろうか口をもごもごと動かすのが精一杯らしい。

「すぐ宿に連れてって手当てしてやるから」

 とりあえず少女を背に乗せ、この場を離れる事にした。



 どれほど歩いただろう。

 左腕の感覚は無く、意識が朦朧としてきた。

 正直自分がちゃんと宿に向かっているのかも分からない——そもそも道に迷っていたことも忘れていた。

 カッコつけて立ち去ってきたが……、道を聞いておけばよかった。

 今から戻るわけにもいかいしなぁ。

 困った。

 この子に聞こうにも、喋れる状態じゃないし。

 とりあえず進む。

 壁に寄りかかりながら、体を引きずるように。

 あれ?

 なんだか視界がボヤけてきたし、体もやたらと重い。

 女の子といえど誰かを背負っていれば重いよな。

 気を張ったは見たものの、体はそろそろ限界らしい。

 俺の記憶は完全にそこで途絶えた。




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