第2話 そこがかわいいんだけどさ…(涼介side)

 焼酎の水割りが意外と薄く感じたのは混ぜ忘れたからだなと気付いたその時、背後から声をかけられた。

「涼介さん」彩は普通に僕の名前を呼んだだけなのに、動揺していた俺は驚いて口走った。

「ぴやっ!!」



 今日は「ぱ」行がやけに口から出てくる。


 その俺の反応に驚いた彩は俺を気遣うように言った。

「あの。あの。えっと。ごめんね。なんか私が変なこと言ったばっかりに」

「え、あ?ああ」彩は、まさか日向が彩を好きだと言っているとは想像していないだろうから、俺はあいまいな返事で口を濁した。

「凛が日向くんのこと気になるようになっちゃったからって、日向くんが付き合わないとってことはないわけだし。まあ、本当はややこしい話だから付き合わない方がいいわけだし」

と彩はやや早口で焦りながら明るく言った。俺の深刻な顔を見て、日向が凛ちゃんの気持ちに答えるつもりはないという反応をしたと思っているようだった。


 いや、それ自体は間違ってはいない。凛ちゃんに対して付き合う気がないのはその通りだ。でもさっきの話の一番の核心はそこではないことは確かだ。だれど、その核心は触れてはいけないと思ったので、取り敢えず今は何も言わないことにしよう。今の自分の判断力に全く自信が持てない。


 彩は俺の服の袖をつまみながら、

「凛には内緒ね。私が凛の気持ちに気付いて、私達三人でこんなやりとしたなんて」

と、そのぱっちり二重が際立つような上目遣いで甘えるように言った。確かに彩はこういう仕草がすごく可愛いと思う。童顔だしショートの髪型も可愛らしいし、とても高校生の娘がいるなんて分からないと思う。


 …だけど、高校生の息子が好意を寄せるなんて思うかあ?普通?


 彩は時々凛ちゃんと姉妹と間違われることもあるって言ってた。けど、間違われる時はさすがに多少のお世辞交じりだと思う、悪いけど。よくあるよね。動画とかに姉妹に見えて困るみたいな感じであげて、どう見ても親子だって叩かれるような感じ。もちろん機嫌を悪くしたくないので、そんなこと言わない。いや、若くてかわいいのは本当だけど…


 俺は失礼ながら無意識に、彩の口元の化粧でうまく隠れているほうれい線の辺りをまじまじと見つめた。


「うん?なんか視線が合わないぞ」と微笑みながら、彩は俺の両頬を細くて白くて小さい手で挟んで、目と目が合うように俺の顔を位置修正してから俺の目を覗き込んだ。一緒に暮らし始めてそろそろ半年になるが、こういうのもまだまだ慣れてなくてなんだか照れる。もう結構大人の女性がこういうこと、する?いや、嫌いじゃないし、そういうところを含めて好きになったんだけどさあ。


 でも、そういえば前に日向にも同じ事をしていた。そして案の定、日向に止めてって言われてた。

 少し赤くなってる日向を見て、そりゃ多感な高校生は恥ずかしいわなって微笑ましく思っていたけど、あるいはあの時既に日向は彩のことが好きだったのかもしれない。


 そんなふうに、目を合わせながらも別のことを考えてしまっている俺をよそに彩は進めた。

「考えてみたら、私が凛の立場だったら、今の状況を知ったら恥ずかしくて死にたくなるわ。だからこれは内緒ね。絶対に。なかったことね。ね?」

と彩は俺の口を指で押さえてから、俺に軽くキスをした。


 え?今キスするタイミングだった?こういうところがすごく可愛いんだけど…。だけどさあ、困るよなあ。この状況。いや、キスじゃなくてこの変な三角関係。


 俺は大きなため息をまた一つつくと、

「俺、父親ってもっと大人だと思ってた」と頑張って笑いながら言った。 

 彩は世間話だと思って無邪気に反応した。

「分かる〜。私も母親ってもっと大人だと思ってたよ」

 彩は笑うと大きな瞳が全くなくなって細目になる。普段は猫っぽいのに笑うときつねみたいになる。

 なんだか、その無邪気な笑顔に救われた気がした。

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