第31話 戻れぬ日々

ガウディアとスヤキ、アルヴァンとナズナが分かれてクロルとダリアと戦闘を開始する。クロルとガウディア達が死闘を繰り広げ、見事クロルを撃破することに成功する。

一方アルヴァン達もダリアと戦うが、相手の能力に苦戦しながらも一撃を入れると様子が一変し大きな根っこで一掃されると同時に目の前には狂気の塊と化したダリアが接近していた。


***********

ダリアは狂気的な目で二人を睨みつけ、走って接近する。

「私はまだ死なない。あなた達をぐちゃぐちゃにしてぶっ殺す」

態勢を整え、二人は剣を構える。

ダリアは根っこを出す様子はなく、手に巻き付けた根っこをグローブのように使うつもりだ。

「絶対油断するなよ」

「わかってる」

根っこを使い、遠距離からの攻撃の戦い方に反し、今度は接近攻撃と戦い方が変わっている。また、素早くなっており、アルヴァンの剣を交わし大きなグローブで殴りかかった。そのあまりにも早い速度に反応できずにアルヴァンは殴り飛ばされる。

「お前たちなんか...私の...。自分が誰かわからない気持ちなんて..気持ちなんてわかるわけない」

起き上がるアルヴァンにその大きなグローブが襲いかかる。

「させない!」

ナズナが二人の間に割って入り、剣で止めた。

しかし、じりじりと押されている。

「どうして私の邪魔をするの!」

ダリアは大きく後ろに跳び、こちらを睨みつける。

だが、目からは涙がこぼれ落ちている。

落ち着いた戦い方とは真逆の力任せにグローブを振り回す戦い方は、どこか風の大陸で戦ったオークたちを思い出す。

「アルヴァン、わかってるよね」

珍しくナズナがアルヴァンを引っ張っていく。

「....もちろん」

ダリアが叫びながらこちらに走ってきた。

もはや別人にすら見えてくる。

「その戦い方は勢いだけだ」

「迫力に耐えられたら何も怖くない」

迫りくるダリアの突進を二人はじっと立って待っていた。

そして、あと少しといったところで左右に避け、すれ違いざまに横腹を斬りつけた。

「うああああ!」

怯み、地面に手をつくとダリアは小さく震えている。

そんな無防備な背中に二人は剣を突き刺した。

「ぐ..えほっ」

ダリアのグローブが静かに枯れ、崩れ落ちて行く。

振り返り、攻撃しようとしていたみたいだが体が限界に来ているためかゆっくりとその場に倒れる。

「....私..負けたの。嫌だよ。死にたくないよ」

ダリアは必死で立ち上がろうとするも、体が動かない。

「痛い。痛い!」

「お前の負けだ」

「違う。違う。違う違う違う」

その時、どこからか声が聞こえた。


『ダリアーーーー!!』


森の中をクロルと思われる声が響き渡る。

すると、ダリアは涙を流した。

「クロ...クロウ。ああ..あああ..」

頭の中に何やら嫌な記憶が蘇る。

「嫌だ。思い出したくない。嫌々!」


***********************

話はシャイン村の者たちがライウン王国の兵士に連れて行かれたところまで遡る。

兵士の行為に対し、怒りが爆発したクロルは一人の兵士に馬乗りになり襲い掛かったが、すぐに別の兵士に殴られ気を失った。

「クロル!」

倒れたクロルの元に急いでダリアが駆け寄った。

「クロル..クロル!」

「たく、抵抗するからだ。お前たちもこうなりたくなかったら大人しくしてろ。おら、行くぞ」

兵士とレオンは数名の子供たちを連れてどこかに行ってしまった。

目を覚まさないクロルの頭を膝の上に乗せ、何度も呼び掛けた。

しかし、返事はなかった。

そこへ心配した子供が近寄る。

「ダリア、クロルどうしちゃったの?」

「大丈夫。..寝て..寝てるだけだから。きっともうすぐ」

必死に涙を堪えようとするダリアの体は震えていた。

クロルは生きてはいる。

しかし、起き上がる様子がない。

「み..みんな。諦めちゃだめだよ。きっと、きっとあの人たちはいい人だよ。実はこれは私たちをからかって。そう、これは夢。みんな、夢だからね」

落ち着かせようと口から出る言葉はどれも信用に欠けていた。

誰しもがこの現実の重さを受け止めている。

しかし、ダリアは信じたくはなかった。

認めたくなかった。

「夢だよね。そうだよ。夢なんだよ。だって、だって....だって」

必死で自分に言い聞かせた。


***********


数か月前のこと。

シャイン村近くの川の前でクロルとダリアは釣りをしていた。

「なあ、ダリア」

「んー?」

「外の世界はどうなってるんだろなーな」

「またその話」

以前、クロルは村にやってきた商人に馬車にこっそり乗り込みライウン王国に行こうとしていた。結果は失敗に終わり、途中で見つかってしまいこっぴどく怒られていた。

「俺が20歳になったら村を出ようと思ってる。その時はダリアも...そうだ、レイアも連れて行こう」

「ふふふ。小さな魔物に涙流して逃げ回ってたのはどこの誰かなー」

「そそそれは昔の話だ!」

「まだ一年も経ってない気もするけどね...ふふ」

ダリアはクスクスと笑っている。

クロルは赤面し、何度も怒っているようだがそれがまた微笑ましく思えた。

「あ、クロルかかってるよ!」

「え!? あ、しまった」

魚のことをすっかり忘れてしまい。また逃げられてしまった。

今日はこれで何度目だろうか。

「はあ。1匹でも捕まえないとまた怒られる」

「その時は一緒に怒られてあげるから。...それよりも村から出るって話、いいよ。クロルがそうしたいなら私もついて行くよ」

「ほんとに!? やったー! レイアも誘って3人で外の世界を見に行こー!」

「クロルかかってる!」

「あ...」


*************

なんの苦しみもなかったあの頃。

だれがこんな未来を予想できただろうか。

あの頃とはまるで違う恐ろしい世界。

クロルが倒れてから2時間は経過しただろうか。

肉体的にも精神的にも疲れ果ててきた。

だが、苦しんでいる時間はない。

この中では自分が一番年上だ。そんな自分が先に折れてはいけない。

絶対に折れるわけにはいかない。

「まるで成功しないな。まさか、何か手順ってものがいるのか? ただ食べるだけじゃだめなのか?」

そう呟きながらレオンと3人の兵士がやってくる。

イラついているのかぶつぶつと愚痴をこぼし、兵士たちも機嫌が悪い。

「レオンさん、あれどうします?」

兵士が気絶しているクロルを指さす。

「おい、そいつは死んでるのか」

「....死んでない」

無力なダリアにとってできることは相手を睨むことしかできなかった。

疲れ果てたダリアの精神はゆっくりと壊れかけている。

そんな時、ふとクロルが兵士に立ち向かった姿を思い出す。

「ひとついいですか」

「あ?」

動かなくてはいけない。

ずっと怯えてばかりでは何も始まりはしない。

「連れて行かれた子供たちはどこに...行ったの」

場は静まり返った。

答えなんて聞く必要もないのはわかっていたが、ダリアはほんの少しでも希望を信じていたのかもしれない。帰りたいあの頃を目指し、わずかな希望にすがりついた。

しかし、レオンは無言で返した。

「お願い。答えてよ」

「レオンさん、あの子かわいいっすね。もらっちゃだめですか?俺彼女とかいなくて、あの子みたいな子好みなんすよ」

「ふっ、この猿が。いいだろう、好きに連れて行け」

その言葉を聞いた瞬間、兵士は狼の目になってダリアに近づいてくる。

自分の未来なんて考える必要もないほど、すぐに理解できた。

「いや...いや」

ダリアは周りに助けを求めようとするも、クロルのことが頭の中によぎった。

戦えば今度は死人が出るかもしれない。

こんな不安定な精神状態の中で誰が戦うというのか。

今やるべきことは抵抗ではなく、安心を作ること。

希望を捨てさせないこと。

ダリアは立ち上がり、気絶しているクロルに静かに別れを告げた。

「(元気でね)」

「抵抗したらわかってるよね?」

「....はい」

静かに自分から兵士の所へ歩いて行った。

「こんな環境じゃ精神的に疲れてきますからね。じゃあ、レオンさんもらいますよ」

「さっさと行け」

子供たちが不安そうに見つめる中、ダリアは笑顔で返した。

「(泣いちゃだめ。まだ希望は...あるから)」

そして、通路を進み自分たちが通ってきた部屋に行く。

そこは恐ろしい光景が広がっていた。

床いっぱいにぶちまけた血とゴミのように捨てられている人間。

「....」

一瞬にして希望を破壊し、絶望へと沈める。

わかってはいた。希望など最初からなかった。

わかっていたくせに自分に言い聞かせていた。

死体はみんな顔なじみ。笑顔で優しく接していてくれた人たち。

「おら、いくぞ」

「いや...いや...いやああああああー!!」

ついにダリアの精神は限界点に達した。

泣き叫び、兵士を突き飛ばして子供たちの元へと走った。

「みんな逃げて! このままじゃみんな死んじゃうよ! お願い。急いで」

止めに入る兵士を振り払い迷うことなくクロルの所へと向かう。

「クロル。ごめんね。私が弱虫だから...ごめんね」

「この野郎。逃げんじゃねえ!」

兵士に髪を掴まれ真ん中へと連れて行かれると顔に二回膝蹴りを受ける。

床には僅かだが血が飛び散る。

「お願い。みんなを...」

「黙れ。大人しくしないとお前も殺すぞ」

「お願いします!! 私に何をしてもいいから他のみんなは逃がしてあげて! みんな、早く逃げ...て?」

子供たちは動くどころかダリアと目を合せない。

ダリアが想像している以上に子供たちは壊れていた。

皆のことを考え、ありもしない希望を必死で作ろうとしていたがそれは間違っていた。

「(一番馬鹿なのは...私?)」

子供たちの自分に背を向ける光景が目に焼き付く。

更に大勢の死体を目に浮かべ、そのまま地下を出る。

連れて行かれたのは一階の小さな部屋だ。

「俺は多数の死体を見て精神が限界なんだ。....いい年してるなら言いたいことくらいわかるだろ」

「嫌だ。やめてよ。やめて...嫌だ」

狼となった男にされることなどわかっている。

もはや抵抗するほど心に余裕もなく、希望も消えたダリアは人形のように魂が抜けた。

「やめて」

「黙れ!」

ダリアにとって絶望はしばらく続いた。

そして更に時間が経った。

「生きたい...生きたい」

ずっと同じ言葉をつぶやき続けた。

何を言われても生きたい以外の感情が湧いてこない。

「なんか飽きてきたな。せっかくもらったけど、なんかいらねえや」

気づけば硬い石のベッドで寝かされている。

周りには子供や大人の死体が転がっている。

「生きたい...生きたい」

これが自分の運命。

誰も救えずに終わった自分の人生。

変わり果てて行く自分の心。

「ねえ、私って悪い子?あはは、これから死ぬの?ねえったら、ねえったら!ふふふ、あはは....あは...」

そして壊れた。


*****************

アルヴァン達に敗れたダリアは静かに空を見上げていた。

「クロル...レイア」

どこにでもいる少女の瞳に戻っており、殺意は完全に消え失せた。

すると、ダリアは力を振り絞りどこかへと歩き始めた。

「みんな..どこ?寂しいよ。会いたいよ」

ダリアはゆっくりと森の中を歩き始めた。今にも倒れそうな歩き方で両親の名を呼んでいる。

「お父さん、お母さん。...みんな」

石につまずきその場に転んでも、必死に地面を這ってすすんでいる。

アルヴァンは静かに剣を構えるも、すぐに下ろした。

「もう長くはない。このまま...自由にしてやりたい」

「どこ向かってるのかな」

二人は静かにダリアについて行った。

目指したのはシャイン村だった。

ダリアの目に懐かしい光景が広がると、静かにその場で倒れた。

「ただ...い....ま」

その言葉を最後にダリアは動かなくなった。

二人はダリアに勝った。

「みんなに会えるといいな」

「...うん」

ダリアは笑顔のまま死んでいる。

彼女にとって記憶が戻ってから死ねたのがせめてもの救いだ。

もっとも、アルヴァン達には詳しい背景は知らない。

「クロルの声が聞こえたってことは、ガウディアとスヤキも勝ったんだな。二人が来るまで待つか」

「そうだね。あ、あの男二人手当しなきゃ。アルヴァン回復薬持ってる?」

「確かガウディアがなげて投げてたな。よし、手当てするか」

二人は森に戻り、男二人の怪我を回復薬で治す。

完治はしなかったが、これで死ぬことはないだろう。

「あ、ありがとうございます」

「まだ少し痛みが残ってるかもしれない。夜が明けるまでこの村にいたほうがいいだろう」

「は、はい」

それから数分後、シャイン村にガウディアとスヤキが戻ってくる。

シャイン村のすぐ近くにダリアが倒れているのを見ると、二人の勝利を察した。

「あいつらも勝ったんだな」

村の中に入ると、既に男二人を救出しており、皆民家の中で休憩している。

「よっ、お前ら勝ったんだな」

「そういうガウディアも勝ったみたいだな。....なんとも後味の悪い」

「そうですね。でも、正しいことをしたと思いますよ」

「うぅ眠い。私たち昨日からまともに寝てないよね」

「昨日から忙しかったからな」

ほとんど休みなしのハラハラとした2日間ではあった。

アルヴァンとスヤキにとってはレイアとの戦いも入れると3日間。

疲れた体を少しでも、癒すため男二人を含めた6人は民家で一晩を過ごす。

そして翌日。

「助けていただきありがとうございました。このご恩は一生忘れません」

「ご恩って...一人は」

アルヴァンが下を向くと男は首を振り、アルヴァンに顔を上げさせる。

「貴方たちが助けてくれなければ俺達も死んでたんです。本当にありがとうございました。よろしかったらお名前を...」

「な、名前!?」

アルヴァンが緊張しているとガウディアが笑いながら肩を叩いた。

「こいつはアルヴァンだ。アルヴァン、どんどん名乗っていこうぜ。そうやって名声を集めておくと今後役に立つからよ!」

「じゃあお前たちも」

「代表で一人でいいんだよ。それよりもお前ら、護衛なしで国に変えれるか?」

「はい」

4人は男たちと見送る。

男たちは何度も頭を下げ、ライウン王国へと帰っていった。

「さて、残りは3人だよな」

「どこに向かったかか...」

4人が悩んでいると、先ほどの男の一人は急いで戻ってきた。

「アルヴァンさーん!」

こちらに駆け寄ってくると、息を切らし少し間を置いた後に言った。

「お役に立てるかはわかりませんが、少年が俺達を殺したらオウタイ王国に行こうと言っていました」

「本当か!?」

「はい。確かにオウタイ王国と言っていました」

4人の目的地が決まる。

急いで男と別れ、オウタイ王国を目指しアルヴァン達は走った。

「ここからは結構な距離があるが、気合いで進むぞ」

「おうよ!」

後日、助けた男二人はライウン王国に帰るとアルヴァン達のことを話した。

ライウン王国内ではアルヴァンという名の知名度が大きく上がった。

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