第26話 人でなくなった時
クロルに再び戦いを挑んだアルヴァンとガウディア。
ガウディアは相手の意表を突き、素手で殴り飛ばした。
素手で殴るという相手に大きな屈辱を与え、皆が逃げる時間を稼いだ。
そんな時、クロルは頭を押さえ叫びをあげた後どこかへと走り出した。
その先にはライウン王国があることを知り、急いでライウン王国へと走り出した。
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光の大陸には小さな村がいくつかある。
その中の一つにシャイン村という知名度の低い村があった。
人口は100人にも満たず、宿や酒場などがなく悪く言えば見どころのない村だ。
店と言えば、食べ物などを売るくらいで、食べ物も名物と言えるものもない。
「レイアー!」
「待ってよー!」
そんなシャイン村の近くの美しい花々が咲く草原を二人の少女たちが駆け回っていた。
この周辺は危険な魔物はおらず、刺激さえしなければ襲ってこない。
赤髪の少女は花畑で花を摘み、冠を作った。
「これ、レイアにあげる」
「わー!」
嬉しそうにレイアは花冠を被り、笑顔で飛び跳ねる。
お返しにレイアがダリアのために花冠を作ろうとするも、どうもうまくいかない。
できあがったのはぐちゃぐちゃになった花の塊だ。
しかし、ダリアは笑顔で頭に乗せた
「ありがとう」
「次はもっといいもの作るね!」
「うんうん、待ってるよ」
レイアはニコニコと笑いながらあちこち駆け回る。
「あんまり遠くに行くと危ないよ」
「大丈夫大丈夫」
**********
突如ダリアは起き上がり、叫んだ。
「レイア!!」
目が覚めると、薄暗い牢屋の中にいた。
周囲にはシャイン村の子供たちがいる。
「....夢だったの。レイア...レイア」
自分たちは突然兵士に城まで連れられ、ここに入れられた。
ここにいる子供たちは皆、親と別々にされている。
中には泣き出す子供までいた。
「大丈夫。私がついてるよ」
ダリアはこの中では最年長でみんなのために泣いた子を慰めていた。
優しく撫でると、泣いていた子は元気になる。
「ダリアは慰めるのがうまいな。俺なんてむしろ大泣きされるぞ」
そう話しかけてきたのは同じシャイン村に住むクロルという少年だ。
灰色の髪をしており、ダリアと違い子守は苦手だ。
「俺達、どうなるんだろうな」
一瞬にして平和が崩れ、自分たちの未来が予測できない中幼い子供たちは不安で包まれている。
「私たちがしっかりしないと、みんなが不安になるでしょ。しっかり支えたあげて」
「だから、俺は子守苦手なんだって。もう3人も泣かせた」
「小さい頃レイアが泣いたときは大声で『泣くな、殴るぞ』って言って余計に泣かせたよね。クロルは力押しなんだって。心に触れるようにそっと話しかけるの」
そんな会話をしていると、レオンが通路の奥から4人の兵士を連れてやってきた。
牢の中にいる者は一斉に彼らに注目し、警戒した。
「子供のくせに随分と生意気な目をしてるな。さて、どいつから始めるか」
牢の中に入ると、皆は避けるように端に移動する。
レオンは子供たちを見回し、偶然目が合った一人の7歳くらいの少年に近づく。
「い、いや」
「大丈夫大丈夫。おにいさんがいいことしてあげるからね」
「おい、近づくな!」
クロルがレオンに立ち向かうも、大人に敵うはずもなくあっさりと返り討ちに合う。
レオンは笑いながら、クロルの顔を踏みつけた。
「いいか、大人しくしていればすぐに帰れる。暴れたら痛い目にあう。理解できるよな?」
「こ...この」
必死に抵抗するも、クロルは諦め、大人しくなった。
「よし、さっきの少年連れてけ。こいつは...まあ、あとでいいや。そこにいる少女もついでだ」
「やだやだ!」
どちらも7歳ほどの子供で必死に抵抗していたようだが、何も変わらない。
「待って、そんな乱暴に連れて行かないで!」
レオンが雑に子供を扱うところをダリアは見逃せなかった。
「連れて行くなら、私を連れてって」
相手の目にはどこか嘘が込められているのがわかる。
帰ることなんてできない。
ならば、まずは自分が犠牲になり皆に危険性を伝えるしかなかった。
「だめだ」
誰かのために行動するダリアがレオンには鬱陶しく見えた。
ダリアを振り払い、二人の子供を連れ兵士たちとレオンは戻っていった。
遠くなる子供たちは涙ながらに訴えていたが、ダリアにはもうどうしようもなかった。
「くそ!」
「クロル、やめて」
「次来たらみんなで戦おう! 大人相手でも束になれば負けないさ!」
「そんなことしても無駄よ」
「相手が一人なら勝てるさ」
「二人以上で来たら? もし誰かが怪我したら? クロルは後先考えず行動するのやめて」
この中でまともに戦える者などいない。
相手は武装した大人たちだ。
ダリアは今にも動き出しそうになるクロルを抑えつつ、泣いている子を慰めなければいけない。
数時間後、二人の兵士がやってきた。
兵士は自分たちを檻の中にいる動物たちを見るかのように笑っている。
「次はどいつがいいかな」
「だめですよ俺達が決めちゃあ」
「みんなかわいいな~。あの子いいじゃん」
「俺はあの子がいいですね」
ダリアとクロルは兵士を睨みつける。
逃げ場のない空間で彼らにとって唯一の抵抗が睨むことだけだった。
「次は一気に5人行くか」
その言葉と共にレオンが現れると、檻の中はパニックになった。
「適当に連れて来い」
逃げ惑う子供たちを大人はゲームのように笑いながら捕まえて行く。
クロルはもう我慢ができなかった。
「いい気になるな!!」
兵士の一人を押し倒し、馬乗りになると何度も顔を殴り続けた。
しかし、すぐに頭に強い衝撃が加わる。
残りの一人がクロルの後頭部を思いきり殴ったのだ。
あまりの痛みにクロルは気絶した。
次に目が覚めた時には檻の中にはクロルを除き3人しかおらず、その中にはダリアはいなかった。
「俺...何をして」
曖昧だった記憶も遠くから聞こえる足音によってすぐに思い出した。
「はっ!み、みんな。ダリアは....他のみんなは?」
そう3人に問いかけるも、皆その場で蹲り顔を上げようとしない。
よく見ると、床には血の跡があった。
「....嘘だろ?」
クロルが起き上がると同時に檻の前にレオンがやってきた。
「もう残り4人か。今のところ全員失敗だ」
「なんで」
「ん?」
「俺達が何をしたんだ」
場の空気は重く、静まりかえっていた。
「俺たちはただただ毎日を平和に....悪いことなんか」
クロルはレオンではなく、自身の人生を恨んだ。
その後、クロルを含む残りの4人は抵抗することなく連れて行かれる。
その間、クロルは自分の行いの中に不幸を呼ぶ行為がなかったかを考えていた。
人間生きていくうえで不幸はつきものだ。
生きている限り、幸福と同時に訪れる。
彼らにとって最大の不幸はまさにいまこの状況だ。
何かの報いか。
自分たちは悪いことをしたのか。
そう自分に問いかけた。
しかし、そんなクロルを正気に戻したのは連れて行かれた奥の部屋だった。
「....」
赤く染まった床。
乱雑に捨てられた子供の死体。
いや、子供だけじゃない。
大人も数名倒れていた。
「.....」
4人は硬いベッドの上に寝かされる。
「(帰りたい)」
死体は皆顔なじみだった。
クロルは最後の抵抗を見せた。
しかし、複数人の大人に押さえつけられ口に紫の石のかけらを近づけられる。
叩きつけられた絶望を前にクロルの心の中である一つの感情が思い浮かんだ。
復讐心だ。
「(殺してやる。殺してやる)」
無理やり石を飲み込まされた直後、全身を激痛が襲った。
「(くそくそ...くそおおおお!)」
クロルは誓った。
絶対に復讐すると。
レオンの顔を心に刻み、その目を閉じた。
「......」
気が付くと、クロルは硬いベッドの上で眠っていた。
「.....」
自分は何者なのか。
なぜここにいるのか。
昔を思い出せず、覚えているのは名前だけだ。
「....クロル」
ぼんやりと目に浮かぶ天井。
わからない。
それがまた自信を恐怖に包み込んだ。
そして、すぐに頭は一つの感情に支配された。
殺したい。なんでもいいから殺したい。
「ようやく合成兵の完成だ」
横に立っているのは誰だろうか。
理由は不明だが、この人間ならば自身の苦しみから解放してくれるのではないかと考える。
クロル自身は頭の中を駆け巡る殺意を抑え込むので必死であった。
「さっそくだが、その力を見せてもらいたい。名前は?」
「....クロル」
この苦しみから解放されるには一つしかなかった。
そう、頭に思い浮かぶ殺意をぶつける。
一人殺すことによって痛みは和らぎ、複数人殺すことが快感に変わっていく。
今のクロルには人の心などなく、ただ魔物に変わりつつあった....。
******************
アルヴァン達がライウン王国にたどり着いた頃には既に昼になっていた。
ナズナに冷たい視線が集まる。
本来走り続けていれば、朝になる前には到着できた。
しかし、道中ナズナが空腹を訴え仕方なく夜食をとったり、疲れたからと休憩したりしてしまいこうなってしまった。
「みんな、視線怖いよ!」
幸い遠くから見るライウン王国はこれと言って異常がないように思える。
いつものように門から大勢の人間が出入りしていた。
「クロルはライウン王国に行ってねえみたいだな。道変えたのか?」
「とにかく行ってみよう」
街の中に入ると、見慣れた景色が目に飛び込む。
あの時の自分たちの強さを思い出し、今の自分たちと比べてみる。
「懐かしいな。ネズミに追われたのが今じゃ笑い話だ」
「ネズミ?」
「今でも覚えてるぞ。トラウマになったな」
国の中を歩き回ってみるが、特におかしな所は見当たらない。
本当にこの国にクロルはやってきていないのかもしれない。
そう思った矢先、一軒のややぼろい民家の扉がゆっくり開き、中から小さな紙袋を両手で抱えるどこかで見たことのある黒髪の小柄な女の子が出てきた。
「おい、あれ...まさか」
アルヴァンが3人にそう言うと、皆が一斉に少女を見た。
紛れもない、モクエンの街周辺で一昨日戦ったレイアだ。
「なんで、あいつが...ここに」
アルヴィンが驚いていると、ガウティアは武器を構え、レイアに攻撃を仕掛けた。
ガウディアが走って近づくと、レイアも気づきガウディアの攻撃を避ける。
始めは驚いていたアルヴァンとスヤキを視界に捉えると、目付きが変わる。
「俺とはオウタイ王国以来だな。ここで何してる!」
「....」
見たところレイアは武器を持っていない。レイアは紙袋を大事に抱え、その場から逃げ出す。
「お前ら、追うぞ」
レイアは素早く人混みを駆け抜ける。
「アルヴァン、なんであいつがここにいるんだよ。捕まったんじゃなかったのか!?」
「そのはずだ。まさか逃げたのか...」
レイアは国の外に逃げるかと思われていたが、どんどん奥へと進んでいる。
「まさか...」
レイアの進む先にはライウン城が見える。レイアは迷うことなく、城の中に入っていった。
城の入口に立っていた兵士はまるで気にしていない。
「おい、お前たち止まれ!」
アルヴァン達が城の前に辿り着くと兵士達が道を塞いだ。
「この先へは許可なく通すわけにはいかない。王の許可はとったのか?」
アルヴァン達はそのまま追い返される。急がないと中で死人が出てしまう。
「どうする?あの兵士ぶっ飛ばして中に入るか?」
ガウディアが武器を強く握ると、アルヴァンはそっと肩を叩いた。
「待て」
「どうした?」
「....これは俺の考えだが聞いてほしい。もしかすれば...」
一昨日、レオンと名乗るライウン王国の住人と思われる人間がレイアを捕まえた。
どこかのタイミングで逃げたのかと思われていたが、そうとは考えにくい。
「ずっと考えてたんだ。レイアやクロルが人間を標的にする理由が。ただ殺したいだけなら魔物だって標的になってもおかしくない。オウタイ王国では一定の人間を殺すと帰って行った。まるで任務のようにな。...誰かがそうさせてる。」
「おい、てことは」
レイアやクロルに誰かが命令し、人間たちを襲わせていたことになる。
その人間がライウン城にいるかもしれない。
「ちょっと待ってよ。なんでそんなことするの?外が魔物で溢れかえる時代に街や村を襲ってどうするの」
「....戦争だな」
ガウディアは静かに城に向かって歩き始めた。
この魔物が存在する時代にも、領地などを欲する者はいる。
それが偶然この国にいた。
「あくまで俺の予想だ」
「どちらにせよ確かめなきゃな。さて、どうやって入るかだが...」
そう考えていると、一人の男が話しかけてきた。
「おや、貴方は」
その男は一昨日出会ったレオンだった。
「あの時はどうもご協力ありがとうございました」
「いえいえ、おかげさまで」
まだレイアとの関係が確定したわけではないので下手に動けない。
「こんな所で何を?」
「あ...えーっと」
アルヴァンが戸惑っていると、スヤキが口を開いた。
「私達レオンさんに会いに来ました」
「私に?」
「はい。少々お話したいことがありまして...」
そう言うと、レオンは少し考えた。
こちらが疑っていることは悟られていないようだが、しっかりとした会いたい理由が思いつかない。
「話とは?」
やはりそこを突かれた。
スヤキもパット頭に浮かんだことを言っただけであり、何も考えていない。
「....」
スヤキが黙っていると、レオンは小さく笑った。
「要件はわかりませんが、あなた達が悪い人じゃないのは知ってます。城の中でお茶でも飲みながら話しましょう」
レオンは城の中へと入った。
「この人達が城に入るの許可します。ささっ、どうぞ」
危なかったが、なんとか城に入ることができた。
「(あっさり入れてくれたな...。俺の予想は間違っていたか?)」
城の中に入ると、横目で内部の状況を確認する。
特に異常はなさそうだ。
ほっと安心したが、突然レオンが立ち止まった。
「今日はついてます。もう実験体がなくなりましてね。どうしようかと考えていたんですよ」
「急になんだ」
「私の立場も危うくなりますからね。とにかく実験体を手に入れなければいけないんです。数人でもね」
周辺の空気が重くなった。
こちらを振り返ったレオンの表情はどこか闇に満ちた冷酷な目でアルヴァン達を見ていた。
「そういえば、あなた達女の子を追いかけていましたね」
「....」
アルヴァン達はそっと武器に手を伸ばす。
1分ほど互いに沈黙していると、レオンの背後の通路から足音が聞こえる。
通路からは赤髪の少女がこちらに歩いてきていた。
「たった4人だけどよ、実験台にできるならなんでもいいんだよ!」
あからさまにレオンの口調が変わった。
「あの時はお前たちを同時に連れ帰って実験台にしてやろうかと悩んだが、俺は弱くてね。いつか捕まえたいと思ってた矢先、まさかお前たちから現れてくれるとはな!」
「やはり....か」
こちらをゴミのように見る目で、睨みつけてくる。
いや、今は後ろの赤髪の少女も気になる。
「ダリア、こいつらを生け捕りにしろ。多少手足を破損させても構わん!」
「わかりました」
ダリアという赤髪の少女はゆっくりとこちらに接近し、同時にレオンは逃げるように走り出した。
そんな中、ガウディアは笑った。
「ありがたい話だぜ。自分から本性現してくれるなんてな。ダリアって名前なのか。悪いがちょっと痛い思いしてもらうぞ」
たとえ4人いたとしてもクロルのことも考えると、油断はできない。
まずは固まり、防御を優先する。
「世も末だぜ。人間同士が戦うなんてよ」
「俺も望んじゃいない。なるべく...穏便に済ませたいな」
そうは思っても、相手は手加減するようには見えない。
戦うしかない。
「こいつ速攻で片付けて、レオンってやつを殴りに行くぞ!」
アルヴァン達はダリアと戦闘を開始した。
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