第7話 小さな英雄:その2
三人がいつものように談笑していると突然ギルドに慌てた様子で一人の男が入ってきた。
男は村がオークの群れに襲われたらしく、ギルドに助けを求めた。
この近辺でオークは生息していないため襲われたのはあの村だと考えたアルヴァンは一人でギルドを飛び出し、村に向かう。
しかし、なかなか村にはつかず一人で考え込んでいた時、そんなアルヴァンを支えるかのようにガウディアとナズナが現れる。
三人で村にたどり着くと、酷い状況で、村の外に続く足跡を追うとオークの洞窟を見つける。
既に先輩冒険者が戦っており、その強さから自分たちは必要ないと思っていたが突如奥から悲鳴が聞こえた。
そこには先輩達を壊滅させたハイオークのブファロがいた。
立ち向かうアルヴァンだったが、あっさりと返り討ちに合い、仲間の二人もあっという間にやられる。絶体絶命のピンチに追い込まれるも、アルヴァンは力を振り絞りブファロに立ち向かった。
*************
ダメージを負っているアルヴァンは立っていることがやっとだった。
「ブッヒョッヒョ、そんな体で何ができるんだ?」
立ち向かおうと一歩踏み出したとき、アルヴァンはその場に転ぶ。
そんな姿を見て、ブファロは大声で笑った。
その場で転げまわり、洞窟内はブファロが笑い声で響き渡る。
「せ...先輩」
アルヴァンはまだ無事な先輩の女性冒険者に話しかける。
「か...回復薬を...すみません、一つ俺に...使ってくれませんか」
ブファロは自分たちなんか気にも留めていない。
「無理よ...あんな相手にどうやって」
「お願い...し...ます」
女性冒険者は静かにアルヴァンに回復薬を使う。
ブファロはまだ笑っている。
傷は完治していないが、なんとかこれで動ける。
「おい、ブファロ!」
「あぁん?見てない間に傷を治したのか。一番に死にたいと?」
アルヴァンは落ちているナズナの短剣を拾いあげる。
「アルヴァン...待って」
「俺に任せろ」
アルヴァンはその場から走って逃げ出す。
「『俺に任せろ』...だと?逃げてんじゃねえか。てめぇ、ぶっ殺す!」
ブファロはアルヴァンを追いかける。
その場には負傷した冒険者達が取り残される。
アルヴァンはさきほどオークと戦った場所まで逃げる。
ここで決着をつける。
「なるほど、ここなら思う存分戦えるということか。だが、完治していない状態で挑むのはバカのすることだ。」
ブファロはアルヴァンに襲い掛かる。
オークよりも動きは速い。だが、やはり動きにくいようだ。これならなんとか避けられる。
また、先ほどのオークの死体が良いように味方してくれている。
狭い中、オークの死体はブファロでもすぐにはどかせず跨ぐしかない。
素早く動けないブファロにアルヴァンは剣を持って回り込むも、攻撃はしない。
動きにくくなってるとはいえ、近づけばやられる。
攻撃するタイミングは本当に自信があると言える時だけだ。
いつくるかわからぬアルヴァンの攻撃を防ぐために大きく動きすぎたブファロは疲れがたまっていった。
やがて、隙が生まれ始める
「ぜええやあ!」
渾身の力を込め、ブファロを斬りつける。
大きいダメージではないものの、少しはダメージは与えられた。
「こ、こんなことがあるはずが」
自分よりも弱い存在につけられた傷。
この程度の相手に血を流したこと。
大きな屈辱だった。
「この雑魚がああああああああああ!!」
ブファロは壁を殴りつけ大きな石をいくつか拾うと、勢いよく投げつける。
アルヴァンはオークの死体の側で姿勢を低くする。
ブファロは投げながら接近する。
まずい、とてもじゃないが目で判断し避けられる攻撃じゃない。
このままでは追いつめられる。
そう思っていた時だった。
「ブゴォ...なんか...頭が..いてぇぞ」
持っていた石をその場に捨て、頭を押さえる。
「頭がフラフラして。それに...お、おえ...」
頭痛と吐き気がブファロを襲う。
「やっと...効いたか」
「(『効いた』だと?毒でも盛られ..たか...いや、あの剣にそんなものは...はっ!そうか、あの酒か)」
ガウディアから奪い取った酒をブファロは飲み干したを思い出す。
「あの酒は、大量に飲めば一瞬にして酔うほどきつい酒だそうだ。お前はそれを飲み干した」
ブファロはその場に立っていられなくなり、地面に膝をつける。
「ばかな。こ、この野郎」
落ちている石を投げつけるも狙いは大きく外れる。
ブファロは全身に力が入らない。
「もう、お前なんて怖くはない」
アルヴァンは剣を構える。
「ブヒュー!」
無防備なブファロの足に剣を突き刺す。
洞窟内部にブファロの悲鳴が響き渡る。
「いてぇ...いてぇえよおおお!」
ブファロは最後の力を振り絞り、這って奥に逃げた。
*******
アルヴァンがブファロと奥に行った直後、女性の冒険者は傷ついた者に回復薬を使っていた。
「しっかりして、今治すからね」
傷の大きい者から順に使用していくも、あまりに大きすぎる傷は回復薬では簡単には治せなかった。
「ごめん....傷が深すぎる...町で見てもらわないといけないみたい」
「そうか。生きてるだけいいか....他の連中も似たようなものか。よし、回復薬を少し使って、残りはランク2の二人に使ってやってくれ」
女性の冒険者はガウディアとナズナに回復を使う。
その直後、ブファロの悲鳴が響き渡る。
その悲鳴を聞き、ガウディアは小さく笑った。
「どうやらアルヴァンうまくやったみたいだな」
「作戦はうまくいったね。ゲホッ!お...お腹痛い」
******************
時間は少し遡り、先輩冒険者たちが奥へと進んだあの時、ガウディアは作戦について説明していた。
「あの時商人がくれたこの酒は、とてもきついらしんだ。少し飲むなら問題はないが、大量に飲めば一瞬にして酔っぱらう」
「その酒がどう戦いに影響するんだ?」
「もし、ブファロと戦うことになったらな。今の俺達じゃ勝ち目はない。だからこれを飲ませ酔わせるんだよ。そうすれば少し有利に戦える。....だが、問題はどうやって飲ませるかだが、あいつは他人を見下すのが大好きみたいだしな。そこで....俺たちがわざと負ける。一方的な展開になって優越感に浸った所に酒を見せれば奪って飲むだろう。これが俺の作戦だ。防御に専念すればダメージも抑えられる。酔った瞬間反撃だ」
***********
傷を治してもらい、二人は立ち上がると先輩たちの手当てを手伝う。
「斧を持ってた時はびびったな。やべえって思った」
「捨ててくれてよかったね...あう...お腹がまだ痛い。吐きそう」
「お前、結構すげえのもらったよな」
防御に専念したものの、予想以上にダメージを負った。
「なかなか酔わないから焦ったが、アルヴァンが時間稼ぎのためになんとかしてくれたみたいだな。防御したはずなのに、動けなくなるくらいにダメージを受けるとは思わなかった」
「ガウディアはほとんど攻撃されてないじゃん」
「そうだな」
二人が笑いあっていると、そこにブファロが逃げ込んできた。
あの時の威圧感は影も形もなく、1匹の大きな豚にしか見えない。
「あ...あいつら、傷が治ってるやがる...くそ、やはり息の根を止めておけば」
ブファロを追うように、アルヴァンもやってきた。
「どこを見てる。お前の相手は俺だ」
「ブヒィッ!」
アルヴァンは落ちている剣を拾う。
ブファロはアルヴァンの姿を見て、あちこち逃げ回る。
酔いは更に強くなり、視界もぼやけ始める。
とうとう壁に追い詰められ、逃げ場がなくなった。
斧は遠くにあるため使えない。いや、近くにあっても今のブファロじゃ扱えない。
「ま、待ってくれ!俺が悪かった、反省している!許してくれ!」
「ふざけるな!」
ブファロは涙を流し訴え続ける。
「本当に反省している!もう村は襲わない!攫った村人も開放する。だから...だから殺さないでくれ!」
ブファロは壁のくぼみに手を入れると壁が横にスライドし、中には縄で縛られた沢山の村人たちがいた。
「誰も食べちゃいない。俺は誰も殺していない!だから助けてくれ!」
幸い死人は出ていないが、重傷者は出た。村も何度も苦しめられた。
アルヴァンは剣を振り上げるも、しばらくするとそっと下ろした。
「俺にはできない。目の前で涙を流され、命乞いなんてされたら...たとえこんなやつでも....すまない」
アルヴァンは縛られた村人の縄を斬りに行った。
今のアルヴァンにはブファロは斬れない。
心のどこかで情けが残っていた。
「た、助かった」
ブファロは一安心したが、ガウディアがブファロの斧を拾い、言った。
「勘違いするなよ。アルヴァンは許すなんて言ってない。ナズナ、村人の開放を手伝え」
ナズナはアルヴァンから短剣を返してもらい、言われた通り村人の開放を手伝いに言った。
ガウディアの目はいつもと違った。どこか憎しみの感情が溢れ出ており、迷うことなく斧を振り上げる。
「俺は危害を加える魔物は大っ嫌いだ。この世から失せろー!」
ガウディアはブファロの真横に斧を振り下ろた。
ブファロは気絶している。
自分も情けをかけてしまった。
斧を振り上げたときは殺すつもりでいたが、ブファロの罪の重さを考えると殺すのはあまりに酷な気がしてきたのだ。
「これくらいにしておくか...」
ナズナとアルヴァンはただ黙々と縄を斬っていた。
村人たちは皆、捕まり絶望していたのか縄を斬るどころか人間の姿を見ても反応がなかった。
「みんな、しっかりして」
ナズナが村人の肩を優しく叩くとやっと気が付いたのか皆驚いている。
「ど、どういうことだ」
「助かったのか俺達」
「アルヴァンか!?」
その中の一人にはオウルもいた。
「約束通り、助けに来た」
その言葉を聞き、オール達は皆泣き始めた。
「助かったんだな...俺達。ありがとう、ありがとう」
村人の縄でブファロを縛り、皆は洞窟を出た。
先輩達は報告するため少し遠くに止めてあった馬車にブファロを乗せ、先に町に向かった。村人を連れ、村に戻ると村人たちは大いに喜んだ。
「ありがとう。どうもありがとうございました!」
「あなた達は恩人です。どうかお礼を」
「いや、いいって。俺は約束を」
「私たちはついてきただけだから」
断るも、村人たちの勢いに負け三人は村の救世主として食事を振舞われる。
「(血を見たあとですぐ食うのはきついな)」
「(まだお腹痛い)」
アルヴァンとナズナはあまり食べなかったが、ガウディアはバクバクと食べていく。
さすがと言える。
長時間の祝いが続き、ガウディアと村人たちで盛り上がっている中アルヴァンはオウルに呼び出される。
「まさか、本当に帰ってくるとはな。アルヴァン、お前は村の英雄だ」
オウルの後ろから娘のエナガが飛び出す。
「アルヴァン、ありがとう」
「お前の活躍は一生語り継いでいくぞ!はっはっは!」
その後、三人は村から出て町に向かう。
「もっと食いたかったのによう...」
「食べすぎだ」
「限度ってものがあるでしょ」
「出されたものは食べなきゃ失礼だろ。お前ら二人こそ、もっと食えって。....勝ててよかったな」
「そうだね。アルヴァンのおかげかな」
「こっそり聞いてたがお前英雄って言われてたな。はははは!」
「英雄か~。なんだか悪くないな」
町に戻り、ギルドに入ると先輩達が中で待っていた。
「お前ら遅いぞ!」
「先輩たち傷は大丈夫ですか?」
「治るのには30日はかかるそうだ。ま、治るからいいんだよ。それよりもだ」
三人を机に案内し、袋から大量の銅貨を出した。
歩き疲れたため、アルヴァンは水を飲みつつ話を聞く。
「今回の報酬銅貨800枚。通常は8人だから一人100枚だが、活躍したのは俺達じゃなしな。お前たち3人で600枚だ」
アルヴァンは水を吹き出す。
「そんなにもらっていいんですか!?先輩たちのほうがオークたくさん倒しているのに」
「俺達だけじゃハイオークに全滅してた。成功したのはお前のおかげだ」
その後もせめて400枚でいいと言ったが聞いてもらえず600枚を渡される。
山積みになった銅貨を見て三人は目を光らせる。
「これだけあればいいもの食えるぞ」
「まだ食べる気なの?」
「冗談だよ。なあ、お前たちこれでいい宿に泊まらないか?お祝いってやつでよ」
「そういえば、俺達まともな宿に行ってないな。ナズナがどうしたい?」
「私もいい宿行きたい!」
全員賛成だ。三人は大きな宿に泊まる。
男女部屋を分けようとしたが、ナズナが余分にお金は使わなくていいからと同部屋になった。
ベッドは三つ並んであり、アルヴァンは真ん中のベッドで寝ている。
初めて体験する町の宿のベッド。
本来、町の住人にとってフカフカのベッドは当たり前なのかもしれない。
しかし、アルヴァン達にとっては夢のまた夢な存在であった。
冒険者として始まったあの日、ここまで長かった。
苦労の連続で、魔物すらも倒せていなかった。
あの日、ガウディアと出会っていなければどうなっていただろう。
ナズナとも出会っていなかったのだろうか。
左右を見ると、ガウディアとナズナはもう寝ている。
疲れがたまっているのだろう。
「(これからどうしようかな....)」
そんなことを頭に浮かべ、アルヴァンも眠りについた。
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