彼女達は影響された。そして俺は犯人を知った。
オレンジ色の夕日が沈みかかっている頃、俺と神楽坂は住宅街の歩道を歩いていた。
ここまで来れば、辺りに殺気を飛ばしていた生徒もおらず、人影もなくなったこの場では彼女の声がよく聞こえる。
「私とひいちゃんが彼氏が欲しいのはどこにでもあるような一冊の小説の影響なんだよ」
「小説?」
何かその本に特別な意味でもあるというのだろうか?
神楽坂が軽い口調で話すものだから「こいつに小説なんて読めるのだろうか」と思ってしまったのは仕方がない。
「そうだよ。その小説は私のお母さんから中学二年の誕生日で貰ったんだけど「アリスは馬鹿なんだからこういう小説ぐらい読めるようになりなさい」っ言ったんだよ? ……酷いと思わない!?」
……案の定読めなかったようだ。
お母さんも苦労してるんだなぁ。
「それでむかーってして、一生懸命読もうとしたんだけど、一ページでギブアップしちゃって……代わりにひいちゃんに読んでもらったんだ」
こいつ約100文字も読めないのか……なんかだんだん神楽坂のイメージが固定されていっているように感じる。
……しかも、読み聞かせって、どこぞの幼稚園かよ。
西条院はよく本を読んでくれたな。
「それでね、その小説がの物語が高校時代の恋愛ものだったのです!」
実は! みたいに彼女は言ってくるが、正直最初らへんから薄々感じてました 、はい。
いや、大変可愛いけどね? もう、家にお持ち帰りして愛でていたいくらい可愛いけどさ……アホの子なんだなーって思うんだよね。
「今まで、好きな人ができてない私達にとってはとても羨ましかったのです!」
「小説の登場人物が?」
「小説の登場人物が、です!」
彼女はぐいっと 、その整った顔を近づけてくる。
なるほどなるほど……可愛らしい。
「それで私達も恋愛がしたい! って思ったんだけど……周りの人は、皆見た目がいいからとか、『あの有名な神楽坂さんと西条院さんと仲良くなれた』っていう称号が欲しい人ばかり」
「……」
「高校に入れば何か変わるかなーって思ったけど、やっぱりみんな私達個人として話してくれる人はいなかったな……。だからかな? いつの間にか誰にも本心を見せなくなっちゃったのは」
神楽坂はその澄んだ瞳で遠くを見つめる。
その表情は悲しいような、陰りのある表情だった。
「それでもやっぱり、恋愛がしたい! って私達は思って、とりあえず佐藤くんに相談したんだ」
「ん? 一輝と仲がいいのか?」
「まぁ、佐藤くんとは小学校同じだったからね〜。あ、でもひぃちゃんは違うよ? 小学校一緒だったのは私だけ!」
初知りだわボケ。
だったら、こいつに一輝を紹介した意味ないじゃないか。
「でね! 佐藤くんに相談したら「じゃあ、望に相談するといいよ。いつも化学準備室で告白の練習しているから、足音を消して、こっそり動画でも撮って脅せば快く協力してくれるから」って言ったんだ!」
「よし、朝一に奴をデリートしてやる。あることないこと言ってクラスの男子共にも手伝わそう、そうしよう」
情報源が分かりました。
隊長! 味方に敵軍のスパイがいます、一刻も早く抹殺する許可を下さい! 隊長!
よし、隊長の許可も取れたので明日殺そう。朝一に校舎裏にでも呼び出して殺す。
俺をここまで陥れたあいつは許さん!
おかげで、こんなにめんどくさいことをやらされているとのだから当然の報いは受けてもらう。
「まぁ、怒らないであげてね。悪いのは私なんだから」
片目を閉じて可愛らしく謝ってくる。
いや、俺はそんなことでは絶対に許さ――――ちょっとぐらい許してあげようかな〜。
「でも、結果的には良かったよ。佐藤くんは元から私の事を知っていたからだけど、時森くんは私達のことをちゃんと一人の『神楽坂アリスと西条院柊夜』として見てくれるし、ちゃんと協力してくれたしね!」
「俺は何も悪いことしてないのに良くないことばかりで嬉しくないんだけどな……」
彼女は両手をいっぱいに広げて、満面の笑みをこちらに向けてくる。
その笑顔は決して今までではお目にかかれないはずで、嬉しいはずなのに――――涙がでてくる……しくしく。
「時森くんが協力してくれれば、あの小説の登場人物みたいにドキドキした恋愛ができるのも夢じゃないよ!」
「……そうか」
でも、彼女達の気持ちも分かってしまう。
きっかけこそ違うものの、俺も好きな人を見つけて小説のような恋愛もしてみたいと思っている。
だからこそだろうか。こいつらにちょっとだけ頑張って欲しいと思う俺がいる。
まぁ、ちょっとだけ頑張ってみようかな……こいつらのために。
「だから――――」
彼女は俺の耳に顔を近づけ、
「――――これからもよろしくね」
甘い声で、俺に囁いてきたのだった。
♦♦♦
「じゃあ、俺こっちだから」
しばらくして、俺の家の近くまで来た俺たちは家の近くの交差点まで着いた。
すると、神楽坂が別れようとした俺の袖を掴んでくる。
「ねぇ、私達って友達だよね?」
「ん? ま、まぁ……多分な」
上目遣いで聞いてきた神楽坂を見て、ちょっと恥ずかしかったのか、思わず曖昧に言葉を濁してしまった。
女の子は大変素晴らしい武器をお持ちのようだ。
「じ、じゃあさ……連絡先交換しない?」
ちょっと緊張しているのか、若干戸惑いつつもカバンからスマホを取り出した。
なんてことだ。
この前に引き続き、女子の連絡先を聞かれるなんて……これはモテ期が来てるのではいだろうか?
――――まぁ、ないな。うん。
「それぐらいならいいが……LINEでいいか?」
俺もカバンからスマホを取り出し、軽く操作して連絡先を交換した。
「(……やった!)」
神楽坂は小さく小声でガッツポーズをする。
何が嬉しいのだろうか? どうせ俺以外にも男子のLINEなんていっぱい交換しているだろうに。
――――あぁ、そっか。西条院も言っていたが、こいつらは本音で話せる友達があまりいなかったのだった。
俺に本音で話してくれてるかどうかは今の段階では分からないが、新しくできた友達の連絡先を聞けたことが嬉しいのだろう。
「じゃあ、私はこっちだから! また明日ね!」
そう言って、彼女は俺が向かう先とは反対方向に向かって帰っていった。
その後ろ姿はいつも見る姿より嬉しそうに見えたのは、多分気の所為かもしれない。
「……俺も帰るか」
その姿が見えなくなるまで見送った俺は反対方向へと足を進める。
今日はなんだか色々あった気がする。
とりあえず、明日は一輝は可哀想だから半殺しにして、西条院を今日取れた新鮮なネタでからかわなきゃいけない。
明日はやることがいっぱいだなぁ、なんて思いながら俺は帰路に着いた。
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