第23話 そしてアオは芸術に散る


 日曜日の夜。

 アオは自室で、直径三ミリのプラ棒たちと格闘していた。

「ふっふっふ…みんな、オレの改造に驚愕するがいい…っ!」

 白い丸プラ棒を、五センチ程の長さに五十本以上も切り出して、一本一本、金ヤスリで削って尖らせてゆく。

 ナイフで削った鉛筆よりも不揃いなプラスチックの棘たちには、一日かけて生産され続ける理由があった。


 金曜日の放課後。

 衣枝夫がこんな提案をしてきた。

「なーなーみんなさー。オレたちも選手権、やってみないか?」

「「「選手権?」」」

 模型雑誌で、ある世界的なロボットアニメのプラモを使った改造及び制作物の選手権が、毎年行われている。

「ほら、このおらクサ選手権さ。なんか、本格的なのから素組まで、結構好き勝手に作ってる人 多いだろ? 俺たちも、なんかこういうの やってみねー?」

 最初に乗ったのは、亨。

「プラモか。いいな、僕はやるよ」

「ならオレも」

「俺も作るぞ」

 一人が賛同すると、みんなも乗ってきた。

「でさー。いつまでに作るー?」

 四五六の問いに、衣枝夫はやや考えて。

「来週の金曜日に発表ってのでどー? 写メ判定でさ」

「んーいーよー」

 そんな感じで、なんとなくプラモ熱が上がった男子たちである。


 何を作るか土曜日の朝まで悩んだアオは、同じ作品の敵メカである、改良強化新型のフグというメカを選択。

 どう改造するかを考えて、昼過ぎにはショップへと買い出しに向かった。

「左右の肩アーマーを、隙間なく棘で埋めてやるゼぇっ!」

 それが格好良いかどうかはともかく、自分の思い付きに酔っている少年は、日曜日の一日をずっと、プラ棒削りに費やしたのだ。


 そして月曜日。

「いてて…くそー…っ!」

 一日中、丸いプラ棒にヤスリをかけ続けていたおかげで、右手の親指が激しくジンジンと痛かった。

 力を入れてずっと押さえつけていたわけだから、当然である。

「うぅ…ペンもちゃんと 持てない…っ!」

 親指の腹に何か触れるだけで、指の芯から痛む感じ。

「バカだなーお前。おおかた 改造に熱中し過ぎてたんだろ」

 幼馴染みの辛辣な言葉に、しかしアオは不適に笑う。

「フ…せいぜい罵るがいい! オレの改造ロボを見て、そのセンスに腰を抜かす様が、今から目に浮かぶゼっ!」

 二時間目の授業は美術。

 初老の男性教師が、今日の課題を発表する。

「えー、今日は静物のデッサンをします」

「ゲっ!」

 美術室の真ん中に台座が置かれてシートが掛けられて、花を生けた花瓶が置かれる。

「しまった…美術の授業がある事も忘れてたけど…しかもデッサンとは…っ!」

 画版のクリップで留めた画用紙に向かって、痛む親指でB4の鉛筆を持つも、少しでも鉛筆を走らせると親指が悲鳴を上げてしまう。

「うぎ…っ! こ、これじゃあ…描けない…っ!」

 頑張って花瓶を描こうと足掻くも、少しでも圧力がかかると、親指が痛みで即死しそうだ。

 授業時間も半分以上が過ぎて、デッサンも時間切れ。

「はーい。それじゃあみんな、デッサンをボードに貼ってー」

 それぞれが描いたデッサン画の中でも、アオの仕上がりは一際、薄かった。

「んー? 赤居お前、なんだこりゃ?」

 アオのデッサン画は、鉛筆で描いたというより、黒煙を紙に乗せただけ、みたいな薄さ。

 室内灯が正面からあたると画用紙の反射で線が見えなくなってしまうので、斜めから照らす位置で、よく近づいて、ジっと目を凝らすと、花や花瓶らしき薄い線が見える気がする。

「す、すみません…指が痛くて…」

「なんだ? 怪我でもしてたのか?」

「は、はい…っ!」

 先生が心配してくれて助かったと思った次の瞬間、幼馴染みが正直すぎた。

「せんせー、こいつ昨日ずっとプラモの改造してたから、親指が痛くて鉛筆が持てなかったんですよー」

「うわバカっ–」

 四五六の報告に、先生は呆れて苦笑いである。

「ははー、しょーがないなー」

「うぅ…」

 注意されずにスルーされたものの、遊んでいた事を咎められないのが、逆に惨めだ。

(おのれ四五六…っ! こうなったら…選手権でグゥの音も出なくしてやるっ!)

 勝手な逆恨みで怒るアオだった。


 そして金曜日。

 おらフグ選手権の発表は、放課後の教室で行われた。

 衣枝夫の自由な改造や、亨の意外にも素組っぷりや、四五六の堅実な基礎工作など、それぞれが楽しんでいる。

 発表も、アオの順番が巡ってきた。

「オレの改造っ、見てみろっ!」

 みんなへと見せ付けたスマフォの写真には、左右の肩アーマーが栗の実みたいに改造された、青い敵メカの姿が。

「これだけの棘を自作してみせた俺様のプラ魂っ! そしてこの溢れ出る強キャラ感っ! どうだっ、恐れ入ったかっ!」

 声なき友たちの反応に、恐れおののいたかと、悦に浸るアオ。

「ふっふっふ…優勝は貰ったゼっ!」

 高らかな勝利宣言に、クラスメイトたちが思う。

「優勝? そんなの決めてたっけ?」

「さー…賞品とかもねーしな」

 そのあたりは、誰も拘っていないらしい。

「じゃ アオが優勝でいんじゃね?」

 なんとなくアオが優勝。

「え…そう…?」

 頑張って優勝したのに、なんか思ってたのと違う。

 基礎工作を大切にする四五六が、優勝改造に突っ込んできた。

「それだけ棘があるとさー、肩、上がんなくね?」

「え…」

 肩の丸みが全て棘で埋められているので、肩から頭のすぐ上まで、棘が伸びている。

 実際に可動させなくても、見ただけで、腕を横に開けないと解った。

「いや、まあ…でもほら、オリジナリティー 溢れてるだろ…?」

「んーまー、誰も真似しないしなー」

 そして男子たちのヒーローインタビューは、優勝したアオではなく、基礎工作のレベルが高い四五六へと集中。

「四五六お前、合わせ目消し うめーなー」

「これ汚しとか、筆だろ?」

「まーなー」

 肩にウニを乗せたようなアオの優勝ロボは、誰にも注目をされず、製作者と一緒に佇んでいた。

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