第21話 そしてアオはマニアック過ぎた
月曜日の朝、アオは教室でショックを受けた。
「よーアオー。面白いモン持ってきたぜ」
授業が始まる前に、幼馴染みの四五六が男子を集めて披露したのは、古い漫画の単行本。
カバーのデザインも扉絵も、一目見てわかる昭和の頃の漫画だけど、そのタイトルにアオだけでなく、クラスの男子たちみんなが驚かされた。
「「「らっ、裸面ライダー…だとっ!?」」」
裸面ライダーとは、現在でも活躍している大御所漫画家の、若い頃の怪作漫画だ。
全寮制の学園の、世界征服を企む悪の組織「あらショッカー」率いる改造教師に平和を脅かされる生徒(主に女生徒)たちを護るため、変身ヒロイン「裸面ライダー」となって戦う女性教師、本郷猛美が主人公の、アクション漫画。
毎回、中学生の女生徒が改造教師によって裸にされたり、そもそも変身した裸面ライダーが全裸にマスクにマフラーに手袋にブーツにベルトのみだったりと、現在ではとても少年誌に載せられない作品である。
読み切りから連載となって単行本が発刊されて、後々に数社の出版社から復刻もされたりしたけれど、現在ではどれもプレミア価格。
そんな貴重な単行本の、しかも初版を、四五六は目の前に掲げているのだ。
「マ、マジかよっ!?」
「うおーすげぇっ! どしたんだよそれっ!?」
男子たちも、ネットなどで知ってはいるものの、実物を見たのは初めて。
もちろんアオも、そんな男子たちの一人だ。
「うちの親父が持っててさー。物置にしまったまま忘れてたんだってさー。いらないって言うから 貰った」
なんとも豪快な話であり、男子たちからすれば、羨ましい限り。
「か、貸してくれよ! 汚さないで返すからっ!」
「お、俺も俺も!」
エッチっぽい漫画でワイワイしている男子たちに、女子たちは呆れ顔。
「なに、男子たち」
「エッチな漫画だって」
そんな集団の中、アオは二つの感情の狭間で、揺れていた。
(お、俺も読みたいっ…しかし…っ!)
食べ物に関してはともかく、ゲームや漫画などの趣味系では、クラス一を自認している少年だけに、悔しさも強いのだ。
(このまま…順番待ちして読ませてもらうのも、負けたみいで癪だ!)
年頃少年の特有な負けん気に火がついて、アオは「俺にも貸して」の一言が、放課後になっても言えなかった。
帰宅したアオは、早速ネットで検索をする。
「うおっ! 裸面ライダーって、こんなにプレミア…付いてるのかっ!」
当時の価格の五十倍ほど。
「し、四五六のヤツ…なんてぇお宝を手に入れたんだ…っ!」
悔しい。でも読みたい。でも負けたくない。
しばし机の前で悶絶したアオは、一つの解決策を思いつく。
「そうだ…俺も、負けないくらいのレア漫画を、手に入れれば…!」
そう閃いた少年は、その日の夜遅くまで、レアコミックを探してネットの大海を泳ぎ回る。
そして。
「こ、これは…この漫画が…この値段とか…っ! マジ なのか…っ!?」
レア度なら、断然に上な漫画を見つけたのだ。
「か、神様…っ!」
アオは、躍る心を止められなかった。
一週間が過ぎた、月曜日。
「よう、おはよう」
「おー早えーなー」
幼馴染よりも早く登校したアオは、勝利者気分で、四五六を待っていた。
「昨日、返ってきたぞ。アオも読む?」
「えっ–そ、そうだな~」
差し出された裸面ライダーの単行本を、踊り出したいくらいに嬉しい本音を隠しつつ「しかたないな」感を演出しながら、受け取る。
やがてクラスメイトたちも登校してきて、舞台が整った。
(そろそろ頃合いだな…。クックック、みんな 俺が手に入れたレアコミックに、せいぜい驚くがいい…っ!)
「なーみんなー、ちょっとこれさー」
「「「ん?」」」
「こんなの、手に入れちまってさー…!」
男子たちを集めて、アオは自信たっぷりに、昨日郵便で届いたばかりのレアコミックを、掲げて見せた。
(どうだっ、驚けえぇっ!)
見上げた男子たちは、しかし。
「…何それ?」
「ヒーロー漫画…じゃないよな?」
なんか、ボソボソした反応。
「えっ、いやこれっ、レロリンマンだぜっ!」
レロリンマンとは、現在でも活躍している大御所漫画家の、若い頃の怪作漫画だ。
死んでゾンビのような姿で復活した父親が主人公で、独り身となった我が子を必死で護るものの、外見の気味悪さや手際の悪さなどで、誤解を受けたり迫害されたりする。
という、ちょっと難解な漫画である。
主人公レロリンマンのデザインもなかなかグロめで、少年誌で連載するには総合的に見ても哲学的であり、テーマも正義や愛を問う話が多く、はたして救いかどうかのラストなど。
当時の少年読者からも怪作扱いされていた、しかし根強いコアなファンを持つという、遠慮なく読者を選ぶタイプの漫画だ。
アオが見つけた中古コミックは、個人の出品者が扱っていた商品で、殆どの漫画は一円二円の捨て値で販売されていた。
レロリンマンをなんと一冊十円で見つけた時は、四五六に勝てと、神様が応援してくれているのだと、本気で感謝したくらいだ。
しかし。
「なんか気持ち悪いな、それ」
「ネットでの評価は知ってるけどさ。オレはキツそうだなって思ってた」
いかな傑作漫画とはいえ、少年誌の読者には今でも、大人向け過ぎるだろう。
クラスメイトたちはすぐに、裸面ライダーへと興味が戻ってしまった。
「え、えぇ…」
アオは知識が豊富ゆえに、レア過ぎる漫画を魅せるという、オタク特有の失態を演じてしまっていたのだ。
(オレは…レアコミックでも 負けたのか…!)
愕然とするアオに、救いの声が。
「へえ、レロリンマンか。一度、読んでみたかったんだ。良かったら、貸してくれないか?」
「えっ–ああ、いいともっ!」
闇一色だった心が、虹色に晴れ渡る。
弾む心で振り返ると、そこには秀才の亨と、その勝負相手の女子、貴雪さんの姿が。
「あら、その漫画、私も借りていいかしら? 読んでみたいわ」
「え、あ、うん」
言いながら、自分の価値を認めてくれた嬉しさと、その相手がリア充カップルだったりで、また負けた気分の、複雑な板挟みのアオだった。
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