第19話 そしてアオは優しくなれる(前編)
月曜日の朝。
日曜日の午後から降り続いた雪は、今朝にはすっかりやんで、町は綺麗に雪化粧されていた。
少し歩きづらいものの、陽光でキラキラ眩しい朝の通学路を、アオは不適な笑顔で登校している。
「フッフッフ…なかなかのアイテムが 手に入ったモンだぜ…」
昨日の寒い日中、繁華街の駅まで遠出した、アオと四五六。
なんだかいうお菓子の新商品を買う幼馴染に付き合わされた形だったけど、アオにとっての、思わぬ収穫があった。
駅のデパートで目当てのお菓子を無事に購入した四五六が、地上階の出入り口で、並べられたガシャを見つけ、トライ。
興味のないアオは、なんとなくガシャの筐体を眺めていたら、端の筐体に、ミツバチのフィギュアを見つけた。
「へー、これでワンコインか」
写真を見るに、なかなかリアルな造形と塗装で、しかもサイズは実物大。
(…女子をビックリさせるのに使えそうだ…)
とか考えて、筐体の横の窓から中を見たら、最後の一つ。
不意に、イ子の無表情な顔が浮かぶ。
以前に貰った板チョコが、箱のままだったとはいえトイレの床に落とした物だったと知った時の、ショック。
何より悔しいのは、貰った嬉しさで、その箱にキスをした自分だ。
(イ子めっ、食べ物の恨みは恐ろしいぞっ!)
逆恨みでワンコインを投入しハンドルを回して、ミツバチのフィギュアをゲット。
ガシャそのものは四五六も見ていたので、イタズラの実験には使えない。
「みんなには 秘密だぜ」
「まーいーけど。そんなので驚くかー?」
幼馴染の疑問も気にせず、アオの復習計画が始まった。
という事があっての今日。
割と早くに教室へ到着したアオは、教室内をチェック。
(よしよし、三人組は来てないぞ)
イ子もロ子もハ子もまだ登校していないのを確認すると、イ子の机の中に、昨日入手したミツバチのおもちゃを、さり気なく隠す。
座ったイ子が気づきやすいよう、奥ではなく、お腹側の縁の、かなり右側。
(ようし…さあイ子よっ、俺に絶叫を聞かせるのだっ!)
勝利を確信したアオは、自分の席に戻ってワクワク。
それから数分が過ぎて、廊下から三人組の声が聞こえてきた。
(来たっ!)
ワクワクを必死に隠しつつ、イ子の席が視界に入るよう、さり気なく姿勢を変えたり。
「–ってさー、馬鹿々々しいよねー」
オシャベリしながら入室してくる三人組。
席が前後や隣同士だから、話しながら着席。
イ子が、机の横にカバンを掛ける。
ミツバチのおもちゃが、すぐ視界に入るだろう。
(さあっ、驚けイ子っ!)
期待に胸を膨らませていたら、後ろの席の、ロ子が気づく。
「あれ~? イ子ちゃんの机、何かゴミ~?」
「ん?」
(ゲっ! ロ子のやつ、なんで気づくんだよっ!)
イ子も気付いて、僅かにビクっとなった感じがしたけど、いつも通りの無表情で、ミツバチのおもちゃを摘まみ出す。
「なに? どしたの?」
隣のハ子が尋ねると、イ子は掌を広げて、オモチャを見せた。
「っぎやあああああああああっ、蜂いいいいいいいっ!」
ハ子の絶叫が教室中に轟き、驚いたみんなが注目をする。
「ハ子ちゃっ–あわわっ!」
慌てて逃げるハ子にロ子が巻き込まれて、引きずられて教室の後ろまで。
素早く距離を取った二人に、イ子は落ち着いて告げた。
「オモチャだよ、これ」
「…へ?」
呆気にとられるハ子が、ロ子を盾にして恐る恐る近づいて、イ子の掌を凝視。
「オ、オモチャ…? ホント?」
「って言うか、ハ子ちゃん~。なんであたしが盾~?」
友達の抗議も耳に入らず、ハ子はイ子の手を注視し続ける。
「触れば解るけど、これ硬いよ。っていうか、あんた あたしを置いて とっとと逃げたよね」
イ子の冷徹な指摘に、ロ子はアワアワ。
「え…だって、咄嗟で…」
いつもは三人の母親役っぽいハ子が、バツの悪そうな表情だ。
イ子を驚かせるどころか、余計な諍いを生んでしまったらしいと、少し慌てるアオだったり。
「ま いいけど。逆だったら あたしも遠慮なく置いて逃げてるし」
「あ、あんた…」
とか言い合いながら、イ子は迷いもせず、アオの元へと歩いてきた。
(ぅえっ、なんでこっちに来るっ!?)
なぜばれた。とビクビクするアオの目の前に、無表情だけど何かの圧を感じさせるイ子が、仁王立ち。
「これ、アオくんでしょ」
盛大にビクっとなって、アオは恐ろしくて、とぼける。
「な、なんで…俺…?」
イ子の推理は、極めて単純だった。
「アオくんがこんな早く来てるなんて、イタズラ目的でしかないでしょ」
「あぅ…」
何か反論しようにも、的確すぎて図星すぎて、何も言えない。
「とにかく、はいコレ」
「え…あ」
なぜ素直に返してくれたのか。と考えると同時に、答えが解った。
「かわりに」
「ぎゃーーーーーーーーーーーーっ!」
左の膝を、思いっきり蹴られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます