第18話 そしてアオは昭和レトロで

 土曜日の午後。

 アオは一人で、駅前の繁華街へと向かっていた。

 いつぞやのように、ギターをケースで背負い、何かに心酔するような表情で、少し気怠げに目的もなく歩く風。

 以前と違うのは、イヤホンを装着していて、音楽を聴きながら、というスタイルな事である。

 左右のイヤホンが繋がれているのは、なんと小型のカセット・レコーダーだ。

(ふふふ…俺って最高にイケてるぜ…っ!)

 かつて、レコードに代わって大流行し、CDの登場によりその栄光から転落して衰退の一途を辿り、現在は百円ショップでもその存在を確認できない、大昔の遺物である。

 現在は、長距離トラックのドライバーに人気というニッチな感じで、演歌などはカセットでの新発売が続いているものの、やはり一般的とは言い難いだろう。

 アオが手にしている本体は、カセットテープ専用のケースよりも一回り大きくて高級機種ではないものの、未だ絶賛稼働中という、信頼の日本製である。

 アオは、音楽に感性を刺激されているミュージシャンの気分で、休日の町を闊歩していた。

「んんん~♪ んふふふ~ん♪」


 先週、久しぶりに来た田舎の叔父さんが、アオが音楽に興味があると知って、レコーダー本体と数十本のカセットテープを持ってきてくれたのだ。

「なんですか これ…?」

 ハッキリ言って、初見では全く何だかわからなかった、中学生の男子。

 しかし、オジサンが使い方を教えてくれて、本体裏側のモノラルスピーカーから籠った音楽が流れてきた時は「ああ、つまり大昔のポッドなんだ」と理解した。

 音楽関係のアイテムなので、嬉しいと言えば嬉しい。

 しかし音質も大昔の基準だし、同じ音楽を聴くならまだスマフォの方が、絶対的にクリアで良い。

 なので、貰っても暫くは見向きもしなかった。

 しかしネットで、何気なくカセット・レコーダーを調べ、アオは驚かされる。

『いま若い女の子の間では 昭和レトロが流行中! レンズ付きフィルムやカセット・レコーダーが 注目の的だよ!』

「! そ、そうだったのかっ! 俺が叔父さんから貰ったあれ…カセット・レコーダーだよなっ!」

 モテなアイテムが、このタイミングで、手元にある。

「うひょおおおっ! 叔父さんありがとおおおおおおおおっ!」

 少年は、自身の幸運に咽び泣いた。


 そして休日の今朝。

 アオは、白いシャツにジーンズと、デニムのジャケットに身を包み、ギターケースを背負ってイヤホンで音楽を聴きながら、町を歩いているのである。

 おしゃれとギータと、カセット・レコーダー。

 バッチリ流行の最先端だ–。

 女の子の注目を集めて当然。

(きっと女の子たち、俺を見て頬を赤くしちまうぜ…まいったな、ふふふ)

「あれ、アオだ。おーいアオー!」

 浸りきったまま空き地の前を通り過ぎる少年の耳には、幼馴染の呼ぶ声も、まるで聞こえない。

「? なんだ?」

 イヤホンをしていて聞こえないのは解ったけど、手に持っている黒い小箱がなんなのか、四五六にはわからない。

「ま いーや」

 そして、大して気にもならなかった。

 そんな幼馴染に気づく事なく、アオは繁華街を目指し、わざとややフラフラな歩き。

 聴いている音楽は、これまた叔父さんが若い頃に購入した、当時の流行や最新、更にお気に入りのアーティストの、ミュージックテープの中の一本。

 アオにとってはもちろん、曲名やミュージシャンの名前は知っていても、ちゃんと聞くのは初めての曲ばかりだった。

 歩きながら、フと感じる。

(初めて聴いたし、適当に選んだカセットだけど…この人の曲、なかなかいいな…)

 音楽はなめらかで、男性の声も落ち着いていて自然に聴けて、歌詞も染みる。

 実は有名な、男性シンガーソングライターのカセットだった。

(なんか、落ち着く感じだなー)

 わざとではなく、聴いているだけで、体が勝手に柔らかく揺れる感じ。

 しかも、軽快な恋愛ソングや切ない失恋の歌だけでなく、コミックソングのような、笑いを狙った明るい歌もあった。

(爽やかな曲とか悲しい曲とか明るい曲とかあって…なんか、俺もハマりそう…)

 カセットを聴きながら駅前まで来ると、カセットのA面が終了。

「えっと…蓋を開いて、裏返すんだよな」

 全て手動で入れ替えて、再生ボタンをカチっと入れると、B面の再生がスタートされる。

 一曲目は、南の島を舞台にしたような、悲しい初恋の悲恋歌。

 しかも最近の楽曲にはあまりない、あくまで男性目線の失恋歌で、最後に、ホレた女性に対する悲しい恨み言の一言だけあって、歌を閉めていた。

「うううぅぅうううううううっ…なんだろうぅぅっ…切なくて悲しくて、でもなんかっ、わかるううううう…っ!」

 目の前が滲んで、ついガードレールに、腰を寄り掛からせる。

 失恋どころか彼女がいたことも無いアオだけど、心の奥に響いていた。

「ぐすん…うぅ」

 自然と涙が溢れてくる。

 道端で、よく分からない小箱のイヤホンで、ガードレールに腰かけて静かに泣いている男子という、なかなか気持ち悪い光景に、通り過ぎる女子たちも怪訝な表情だ。

 次の曲は一転して、笑いを狙った明るい歌。

 歌詞の内容も無意味で、ただただ何も考えずに笑える一曲だ。

「ぷふっ–くくく…あはははは!」

 道端で、よく分からない小箱のイヤホンで、ガードレールに腰かけて涙目で笑っている男子という、なかなか気持ち悪い光景に、通り過ぎる女子たちは、やっぱり怪訝な表情だった。

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