第16話 そしてアオは欲しがる男

 土曜日の昼下がり。

 アオと四五六は、駅前にオープンした新しいフードストアへと、足を運んでいた。

「まだ混んでね? ってか、なんでココ来た?」

「一応、チェックしとくべきじゃねー?」

 興味のないアオに対して、食べる事が好きな四五六は、四階建てのフロアを全てチェックしないと、気が済まないらしい。

「四階は…お酒とか大人のフロアだなー」

 一階に比べると人が少ないものの、オープンして一週間の今日でも、フロアは結構、人とすれ違う。

 どうやら洋酒も手広く扱っているらしく、瓶だけでなく箱入りだったり、値段も万単位や、更に一桁ほど高かったり。

「俺らの親が晩酌してる缶ビールとかとは、完全に別世界っぽいよな」

「なー。映画とかで 悪役が飲んでるヤツだよなー」

 缶詰もあるけど、いわゆるおつまみなのだろうか。

「俺らには関係なさ過ぎじゃね?」

「まーなー」

 階段で降りると、三階は普通のドリンク類などが売っていた。

「あ、ジュース安いな」

「100%のフルーツジュースとか、結構 多いのなー」

 アオは炭酸飲料を手に取って、四五六はオレンジジュースを手にする。

 会計は、フロア毎らしい。

「げ 面倒臭せーな」

「そーかー? フツーじゃね?」

 シールを貼って貰って二階へ降りると、冷凍食品やお菓子などのフロア。

「お菓子だー」

「お前の為のフロアだな」

 アオの突っ込みの通り、四五六にとって、一番のチェックポイントである。

「駄菓子屋さんほどじゃないけど、ちょっと安いなー。種類も多いなー」

 嬉しそうに、カゴへとお菓子を詰めてゆく四五六。

「あ、なんか懐かしいのがあるな…こんな でかかったっけ?」

 円柱型のケースに、数種類の色とりどりな一口チョコが入ったお菓子だ。

 しかし、子供のころのポケットに入れられたサイズに比べて、いま手にしているのは、ちょっとした棍棒くらいはある。

「ああ、大型のショップで出回ってるヤツじゃん。こんなのも売ってるんだなー」

 と言いつつ、四五六も手にして、カゴに放り込んだ。

 アオはお菓子を買わず、四五六は会計を済ませて、袋を下げて一階へ。

 地上階では、生野菜や肉や魚などの生鮮食品だけでなく、総菜も扱っていた。

 主に、主婦が占領している。

 特にパンのコーナーは、若い女性たちが沢山いた。

「ここのパン ここで焼いてるっぽいなー」

「へー」

 焼きたてで、結露を防ぐ意味でも、まだ袋の口を閉じていない商品もある。

 アオには特別な興味もないパンコーナーで、四五六が見つけた。

「へー、ナン 売ってるんだー」

「なん…?」

 初めて聞いた食品の名前に、アオも振り向く。

 四五六が手にしているビニール袋には、ダルんと垂れたような形で焼かれた、一枚のパン。

「何それ? それが なんって言うの?」

「ああ。インドのパン らしーけどなー。カレーとか煮た野菜とか 乗せて食べるらしーけどー」

 棚には他にも、フランスパンとかイギリスっぽい食パンとかベーグルとか。

 アンパンやクリームパンから、ピザやドーナツやクッキー、更に一口サイズのケーキまで、総菜パンやその他も、種類が多い。

「へー…なんでも売ってるんだなー」

 アオの素直な感想だけど。

「え? 何そのダジャレ」

「え? –っああっ!」

 幼馴染に、言われて気づいた。

 ダジャレじゃないし、仮にダジャレだとしても、ダサ過ぎる。

 勘違いされて、しかも四五六は「しょーもな」的にニヤニヤしてて、恥ずかしいやらムカつくやら。

「いやっ、違うよっ! ダジャレなわけねーだろっ!」

 必死な声は、背後の少女に届いてしまったのか。

「くす」

 可愛い声に視線を向けると、ポニーテールの女の子が、笑顔を逸らしていた。

(ああ! 見ろよ勘違いされたじゃねーか! 四五六この野郎!)

 幼馴染に対して、思わず怒りを向けるものの、フと思う。

(…! 俺、女の子に、ウケてね?)

 そう感じると、ちょっと良い気分になってくる。

(もっと笑わせたら…女の子 話しかけてくるんじゃね?)

(いやもしそうならなくっても、楽しい男子って好印象になって…またどこかで偶然会ったとき…と、ときめかれるんじゃね?)

 希望的観測が頭を過ると、アオはダジャレの為に、別なる食材を探し求める。

 パンの隣では、コンビニ弁当のような包装で、パスタが数種類と並んでいた。

(チャンス!)

 目を付けたカルボナーラを手に取って、少しだけ得意げに、四五六へ差し出す。

「なーなー。これさ、ナンに合わせてもイケるんじゃね?」

 「ナンに合う」と「何にでも合う」を引っ掻けたダジャレ。

 出されたディッシュのパスタに、四五六は怪訝な表情だ。

「カルボナーラかー? クリーム多すぎて 乗せらんねーよー」

 アオの瞳が、貪欲にギラりと輝く。

(四五六グッジョブっ! その答えを待っていたのさ!)

「そーだよなー。パスタはパスだーよなー」

(どうだっ!)

 得意げな顔で、女の子をチラり。

 見ると、ポニテ少女は口元を手で隠して、笑いを堪えていた。

(っっ良っしゃあああっっ!)

 女子を笑わせた。

 いま自分は、完全に勝利者だ。

 良い気分に酔っていると、四五六が急かす。

「くだらないダジャレ言ってないで、レジ行こーぜー」

 辛辣な幼馴染の言葉が気にならないのは、女の子がクスクスと笑っているからだ。

 会計を済ませての帰り道で、アオは、激戦を勝ち抜いた戦士の心境である。

「ふ…来た甲斐があったぜ」

「なー」

 両手に袋を下げた四五六も、アオの心情など全く気にせず、同意した。


 まだクスクスしているポニテの少女が、友達と、入り口付近で待ち合わせ。

「おまたせー」

「何? 何かいいこと あったの?」

「うん! 昨日の『GO! GO! ド田舎』でね、私が送ったメール、読まれたんだ~♪」

「ああ、あんたあのネットラジオ 何か好きだもんね」

「うん♡」

「でもそうやって、どこでも思い出し笑いするの やめた方がいいわよ」

「そーそー。あんた可愛いタイプなんだから、男子とか絶対 勘違いするよ」

「え~しないよ~」

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