第15話 そしてアオは知らぬが仏

 四時限目と給食が終わって、昼休み。

 アオと四五六は、亨と衣枝夫と四人で、教室でクッキーを食べていた。

 なぜクッキーなのかと言えば、四時限目の授業「生活」が、パン作りの予定が何やら変更になって、再びのクッキー作りになったからだ。

「ああ、やっぱりクッキー 美味いなぁ」

 いつもお菓子を食べている四五六は、自分で作ったクッキーを食べてご満悦だ。

「ま、材料はみんな一緒だけどなあ」

 笑いながら食べている衣枝夫を、妬ましげに暗く見つめるアオ。

「でも、衣枝夫はアレだろ? そのクッキー 彼女のだろ?」

 彼女とは、付き合っているクラスメイトの女子、ニ子の事だ。

「まあ、半分だけ交換したけどなあ」

 特に味にはコダワリが無いらしく、パクパクと食べている。

 その向かいでは、亨が神妙な面持ちで、クッキーを食べていた。

「ふむ…んん…」

「で、亨もアレだろ? 貴雪さんとクッキー勝負、とか してんだろ?」

 アオの問いに、亨は堂々と答える。

「ああ。全く同じ材料で どっちがより美味しく焼けるか、勝負してる」

「へー」

 特に興味もなさそうな四五六と衣枝夫に比して、アオは羨ましさが全開だ。

「お、同じ材料でさー…ぁ味の勝敗なんて、つくのか?」

 当然のような質問に、やはり当然のように答える亨。

「つくさ! 素材の混ぜ方とか微妙な焼き加減とか、一手間一手間で最終的な完成度が 全く変わるんだ!」

「へ、へぇ…」

 難癖をつけたら正論で返された。みたいな感じで、ちょっと悔しくて凄く惨めな気持ちのアオである。

 恋愛に興味の無い四五六も、味には興味があるらしい。

「でさー、どっちが美味いの?」

 亨は、悔しそうに告げた。

「く…残念だけど、やっぱり貴雪さんのクッキーは美味しい…! 以前、負けてから 僕なりに練習したのに…今回も、僕の負けだ!」

 本気で悔しがる亨の声が、離れた席で女子トークしている貴雪にも、聞こえているらしい。

 気づかれないように亨へと視線を寄越しつつ、勝利に微笑み、そして僅かに頬が赤い。

「でも亨さあ、数学の小テストでは 勝ったんだろ?」

「一点だけどね。だから今のトコ、今日は引き分けだ」

「へー」

 もう付き合ってんのと同じだろ。

 と、内心で嫉妬心がグラグラ沸き立つアオである。

 甘いクッキーも苦く感じながら、幼馴染をジっと見つめる。

「ふ…本当に解り合えるのなんて、俺たちだけだな 四五六よ」

「? なんのこと?」

 彼女いない同士の固い友情を勝手に確かめた時、アオの世界が、大きく揺れた。

「四五六くん、これあげる」

 いつもの無表情な感じで、イ子がクッキーの袋を、四五六に差し出したのだ。

(なっ、なにいいぃぃっ! し、四五六が…女子から…クッキーをおおおぉぉぉぉぉ…っ!?)

 男子たちの前で堂々と手渡しをするイ子といい、平然と受け取る四五六といい、これではまるで。

(こ、こいつら…いつの間にっ!?)

 幼馴染の衝撃を全く気づく事なく、受け取った四五六はイ子に礼を言う。

「あ、いいの? サンキュー」

「いつもお菓子、分けて貰ってるから」

 なんだ、そういう事か。

 と、心の底から安堵すると同時に。

 いやいや、この中で俺だけ貰ってNEEEEEEEEEEEEEEEEっ!

 と、激しい焦燥と敗北感に、飲み込まれてゆく思春期少年。

「じゃ」

 立ち去ろうとするイ子に、思わずアオは問いかけてしまう。

「ぁあの…し、四五六…だけ…?」

 青くなって冷や汗を流す少年の顔は、色々な感情が隠せていない。

 そんなアオに、イ子はあくまで、理性的で冷徹だ。

「アオくんにはお菓子とか貰った事ないし。怒りなら貰った事あるけど」

 いつぞやの、骨折疑惑の件だろう。

「そ、それは時効では……そもそも俺、あの時 蹴られてるし…」

 お上にお伺いを立てるように、恐る恐る、クッキーを欲する。

「だから、アオくんには無しで会ってるでしょ? じゃ」

「え…あぁ…」

 冷静に論破されて、アオはガックリと項垂れた。


 五時限目の国語は、全く頭に入らなかったアオ。

(俺いがい…みんな、女子からクッキーを…)

 この世は地獄だ。

 休み時間になって、一人でトイレに向かうと、隣の女子トイレからイ子が出て来た。

「あ、アオくん」

「…ん?」

 また文句を言われるのでは。

 心で身構えたアオの視界に、信じられない光景が飛び込んでくる。

「これ、良かったら食べる?」

 差し出されたイ子の手に乗せられていたのは、パッケージに包まれている、市販の板チョコだった。

「え……これって お、俺に…?」

 俺にくれるの?

 クッキーじゃなくて?

 市販品って事は、わざわざ買ってきたの?

(俺に…くれる為に…!)

 そう思うと、暗く惨めに落ち込んでいた気持ちが一転。

 まるで我が世の春の如く。

 モチベーションも明るく前向きになって、今なら何でもできそうな気さえする。

 この世は天国だ。

 アオの中の全アオが万歳三唱していると、イ子が少し焦れたらしい。

「いらないの?」

「あわわっ–いるっ、いりますっ、っていうかくださいっ!」

 差し出された板チョコを、ひったくるように手にすると、感動で暫し、ジっと見つめる。

「じゃ」

 短い挨拶を残して、イ子は女子トイレに戻った。

 残されたアオは、貰ったチョコに強く感涙し、チョコがよく見えない。

 パッケージの角が少し潰れているけど、そんな事はどうでもよかった。

「じょ…女子から…チョコを…!」

 トイレに入るのも忘れて、アオは階段を駆け上がる。

 人のいない、屋上への出入り口付近の、更に影へと隠れて、初めて貰ったチョコに頬をスリスリ。

「あははは…えへへへ…」

 幸せ物質が駆け巡る脳内で、アオはフと思う。

「ふふ…イ子のやつ…普段は気のないフリしてるけど、実は俺の事…ふふふ」

 そう思うと、イ子の無表情すら、可愛いと思えてくるアオだった。


 そのころ女子トイレでは、イ子とロ子とハ子の三人が歓談中。

「あのチョコ、あげちゃったの?」

「え~? 勿体ないよ~」

「トイレの床に落としちゃっただけだから、中身は綺麗でしょ? でもその時点で、私は食べないけから」


 帰り道。

 いつも通り、四五六と一緒のアオは、心が晴天だった。

「いやぁ~、四五六悪いなぁ! あっははは!」

「?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る