第11話 そしてアオは嘘か真か

 月曜日の朝。

 アオは右足をビッコで、ピョコピョコと登校していた。

「ふふふ…」

 不敵に笑うアオの右足首は、学ランズボンの裾から、包帯が覗けている。

(包帯を巻いている 俺…)

 気分は、歴戦の戦士か。

 自分に酔いながら校門に着くと、風紀担当でもある国語科の男性教師が、アオの様子に気づいて、心配げに尋ねてきた。

「お、アオ。右足 どした?」

「えっ、あ、あの…」

 ダメージを受けた戦士の気分が一瞬で消失し、恥ずかしそうな小声で、先生に説明。

「き、昨日あの、エレキギター…落としちゃって…」

 一昨日の土曜日、従兄が使わなくなったエレキギターを、譲ってくれた。

 ワクワクしながら受け取ったら、普通のギターに比べて異様に重い。

 しかしその重さがプロっぽくて嬉しくて、ベッドの上に飾って、しばしニヤニヤ。

 一昨日のその夜は、エレキを抱いて寝たりした。

 そして昨夜の夜のお風呂上り。

 部屋でゆるく胡坐をかいて「何気なく」を気取りつつ、ベッドの上に転がしてあったエレキを掴んで引き寄せたら、肩の高さあたりから滑り落として、右の足首に直撃したのだ。

「そうか、折れてないんだな?」

「あ、はい。それは…」

 それでも骨折しなかった骨密度は、母の食事の賜物か。

 ついでに、打撲箇所が痛いだけで、実は普通に歩けるのだ。

 ただ、アザを隠す包帯に、自身が酔っているだけで。

「あはは。何にせよ大怪我じゃなくて安心したぞ。大事にしろよ」

 呑気な先生に見送られて、アオは先生の視界から離れると、再びビッコで下駄箱へ。

「う…さすがにちょっと 履きづらいな」

 右足が痛いのと、まだ包帯が固いのとで、片足立ちのままだと、左足が履き替え辛い。

 モタモタと上履きに足を通していたら、四五六が登校してきた。

「お、アオー。あれ? 足 どうかしたの?」

 よくぞ聞いてくれたぜ我が幼馴染よ。

 戦士の気分が一瞬で復活。

 アオは「なぁに対した事ないサ」的な空気を漂わせながら、少し気取って、四五六にも告げる。

「いや、なにね…ちょっと、足をな…ヤっちまっただけ だ」

 怪我してる俺、カッケエエエ!

 思春期な男子特有の、軽い中二病を発症中なアオの言葉を、勝手知ったる四五六は、容易に読み解いた。

「ああアレか? どうせ、従兄さんから貰ったエレキギターとかでも落としたとかだろ。バカだなドジだなお前」

 事実を言い当てられたうえ小馬鹿にされて、ついカっとなってしまう、思春期ボーイ。

「ちっ、違うわー! これはアレだ…ホントに、怪我して…!」

 たとえ、青アザが出来ただけの打撲だとしても、怪我は怪我だ。

 ついムキになったアオを、四五六は真面目に受け止めたらしい。

「そ、そっか…茶化して悪かったよ。ほら、上履き オレが履かせてやるよ」

 罪悪感に包まれたのか、献身的な四五六だ。

「え、いや…そこまでは…」

 こうなると、逆に申し訳ない気持ちになってくる。

「遠慮すんなよ。捻挫とかしてんだろ?」

「ね、ねんざ…? いやそこまで–」

 取り繕おうとしたところに、衣枝夫が登校してきた。

「おはよ。あれ? アオ足 どうかしたのか?」

「あ、いやこれは–」

 大した事ないんだ。

 と言おうとしたタイミングで、罪の意識に責め苛まれる四五六が、割って入った。

「アオさー、足 怪我したんだってよー。なんだっけ、骨折?」

「えっ、違–」

「オレさー、エレキ足に落としたんだろとか、からかっちゃってさー。なんかすげー悪い事しちゃってさー」

「いや…だからそれはもう–」

「そっかそっかー。俺も手ぇ貸すぞ」

 まずい。事実が言い出しにくくなってゆく。

 こめかみを、冷や汗が流れる。

「ほら、肩貸すよ」

「えっ、いやそんな–」

「遠慮すんなよアオー。オレもカバン、持ってってやるからさー」

 事実を言い出せないまま、アオは衣枝夫に肩を捕られて、四五六にカバンを運んでもらって、教室の後ろの扉に着いてしまった。

(き、教室だ…!)

 こんな姿をクラスメイトたちに見られたら、更に事実が言い出せなくなってしまう。

(そんな状況で…もしバレたりしたら…)

 今日、授業がある国語の先生は、事実を知っている。

(国語は二時間目…! 授業中に、もし話題が出たら…いや、落ち着け俺! 考えろ俺!)

 必死に頭を巡らせて、ハっと気づいた。

(きょ、教室に入る前のいま、この二人に事実を話してしまえば…! 二人には怒られても、傷はその程度、浅くて済む!)

 四五六には「やっぱ俺の言った通りなんじゃんバカだなお前」とか罵られるだろうけど。

 アオは、二人に事実を話す決意をする。

「あ、あのさ二人とも…実は、足の怪我って–」

「ちょっとー。アオくん邪魔。とっとと退いてよ。教室、入れないでしょ」

 背後から声をかけて来たのは、イ子。

 いつも通り、無感情というか、どこか不機嫌そうというか。

「あ、ご、ごめ–」

 キツめの少女に対し、盾となる幼馴染。

「そう言うなよ。アオさー、足 骨折しちまったんだぜ」

「「「え–っ!?」」」

 声を上げて驚いたのは、ロ子とハ子と、アオ。

「あらぁ…アオくん大丈夫?」

 三人の中では母親的な立ち位置のハ子が、母親のように心配をしてくれる。

「痛い~?」

 子供のようだけど、ロ子も本当に心配してくれている。

「いゃ、ぁの…」

(って、い、いつの間に骨折っ!?)

「そっか…ごめん。言い方 悪かったわ。あたしたちは、前の扉から入るから」

 人生で初めて見た、素直に謝罪するイ子。

 骨折が事実のように、思われてゆく。

(な、なんでこうなった? 骨折じゃないとか、バレたら…確実に、殺される…!)

 自分の席に着いたアオは、必死に考えを巡らせてゆく。

 教室に入ってしまったいま、事実を話すタイミングは完全に逸してしまった。

(二時間目…この授業で、先生が脱線して、俺の足の事を話したりしたら、アウトだ…!)

 それだけは、阻止せねばならない。

 普段の授業でも脱線するのが当たり前の先生だから、今日の授業も絶対、脱線するだろう。

(どうする…!? 先生を脱線させない方法は…! 骨折ではなく実はアザだ。というこの不都合な事実を、隠し通す方法は…!)

 もし骨折でないとバレたら、クラスのみんなから、嘘つき認定とかされて、呆れられてしまうだろう。

 沈黙の中の大真面目な顔で、思考を巡らせるアオ。

 既に、どうやって事実を伝えるかよりも、どうやってウソを貫き通すか、という間逆の思考に陥っている事に、アオ自身も気付いていなかった。

(考えろ…考えるんだっ、俺っ! 閃けっ、灰色の脳細胞よっ!)

 焦りも混じり、周りの音も意識しないほどの、集中力。

 これ程までに一つの事に集中したのは、難易度激高なアクションゲームをクリアしたとき以来だろう。

 必死に考えるあまり、アオは自分のクセが出ている事にも、気づいていなかった。

「…オくん。アオくん」

「なんだよっ、いま考え中なのっ!」

 話しかけて来たイ子の視線が、とても冷静。

「アオくんさー 足」

「え…ハぁっ!」

 焦りの中で考えるのに夢中で、無意識に、利き足で貧乏揺すりをしていた。

 骨折した設定の右足を、足首を軸にカタカタと激しく揺する。アオの貧乏揺すり。

 これはもう、骨折などでは絶対にありませんと、右足自身が告白していた。

 決定的な失態で、顔面蒼白となるアオ。

「あ、ぃゃ…これは…!」

 イ子は、冷たい視線で少年を見つめる。

(バレた…! 終わった…!)

 心の底から、ゴミを見るような目で見られている。

 と思っていたら、イ子はまるで自省するかのように、深い溜息を零した。

「はあぁ…考えてみれば、ホントに骨折とかしてたら もっと包帯グルグルよね」

「え…」

 自省の後、軽い怒りを隠さず、アオをジロと睨むイ子。

「あんたたちのつまんないウソなんかに引っかかった あたし自身にムカつくわー」

 どうやらイ子は、アオと四五六の作り話だと、結論付けたらしい。

(…た、助かった…!)

 どうやら、嘘つきのレッテルは免れたフラグ。

 天上からキラキラと照らされて、天使たちの祝福すら聞こえる気分。

「は…ははは…お、驚いた…?」

「驚かないけどイラついた」

 安堵しながらも引きつる笑顔なアオの右足首に、イ子は容赦のない、しゃがみ強キック。

「ぎゃーーーーっ! マジで折れるわアホーっ!」


                          ~終わり~

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