第12話 そしてアオは世界の破壊者

 金曜日の放課後。

 アオは、駄菓子屋さんに誘ういつもの四五六を振り切って、足早に帰宅。

「ただいまー!」

「おかえり。あ、あお、さっきケンちゃんが何か、持ってきてくれたわよ」

「えっ、もうっ!?」

「後で ちゃんとお礼いいなさいよ」

 母の言葉も上の空で、少年は自室の扉を開ける。

 机の前には、従兄弟からの紙袋が置いてあった。

「やったー! ケン兄 ありがとーっ!」

 手提げ袋の中身は、昔の家庭用ゲーム機と、専用ソフトが十数本。

 ギターをくれた従兄弟が、中古で売っても大した金額にならないし、色々な意味で売れないソフトもあるし、かといって捨てるのも勿体ないからと、一式丸ごと、ゲーム好きのアオに譲ってくれたのだ。

「うひょおっ、ゲームがどっさりだー♪」

 アオはホクホク顔で、紙袋を漁る。

 まるで、正月とクリスマスが一緒にやってきたような気分だ。

「ぅおおっ! これがネットとかで見た事ある、スーパーファミゲーの本体かっ! おおっ、なんか思ってたより軽いなー! あはは」

 縦長で角が丸い、薄いグレーの本体を持ち上げると、ほぼ使用感もなくて、パっと見では新品のよう。

 取り外し式らしいコンセントやコントローラーを探り出して、本体に接続。

「えっと、テレビの…ビデオ端子? ああ、レコーダーから繋げられるか」

 初めて触る機械を稼働状態にまで持ってゆくのは、男子の本能なのか、とてもワクワクする。

「あおー、お昼ごはん、出来てるわよー」

「はーい! すぐ行くー!」

 コンセントを差し込んでテレビをつけて、袋の中のカセットを漁る。

 本体もだけど、ソフトの殆どが箱無しで、しかしカセットと説明書は揃っていた。

「なるほどー。だから中古で売っても買い叩かれるって事かー」

 シューティングやアクション、アドベンチャーやRPGまで、従兄弟は意外と幅広く遊んでいたようだ。

「うわ、マージャンとかもあるじゃん。俺ルール わかんねーや」

 中には。

「ホ〇コ〇9〇…? ああっ、伝説の海賊ゲーじゃんっ! ケン兄スゲエエエっ!」

 マニア垂涎な、特殊な現地に行かなければ買えないような、違法海賊版ソフトなんかもあったり。

「ほ、他にはっ、どんなソフトがっ–」

 いざ発掘。と意気込んだタイミングで、母の怒り声が、家中に轟いた。

「あおーっ、速くお昼 食べちゃいなさいっ!」

「は、はーいっ! ヤベ、怒ってら」

 慌ててキッチンへと向かったアオだった。

 お昼のチャーハンを急いで掻き込むと、アオはまた走って自室へ。

「宿題 先にやりなさいよ」

「はーい、ちゃんとやるよー!」

 部屋のドアを閉めると、ちょっと愚痴る。

「まったく、うるさいんだから! そんな事より~、ゲ~ムゲ~ムぅ~♪」

 袋の中身を全てチェックした末に、アオは、一本のRPGをプレイしてみる事にした。

「龍神クエストⅠ&Ⅱ…最新作はやったことあるけど、このあたりは初めてだよなー」

 初代はファミゲーで発売され、日本人をRPGに目覚めさせたと言われている、国民的な伝説のゲームだ。

 その第一弾と第二段が、スーパーファミゲーでリメイクされて、一本のカセットにパッケージされたバージョンである。

 袋の中には、更にその続編もⅢも入っていた。

「すんげー興味あったけど、最新作やってたから 旧作はなんとなく手ぇ出さなかったんだよなー! よし、まずはコレだ!」

 カセットを差し込んでスイッチを入れると、タイトル画面。

「ほほお! あ…!」

 指が滑って、選択コマンド「Ⅰ」から「Ⅱ」になったところで、ボチった。

「Ⅱになったか…ま、オープニングでも、ちょろっと試して…うひひ」

 自分の名前を入力すると、オープニングのピクセルアニメが始まる。

 お姫様がいる隣国が、魔物の軍勢に襲われて壊滅。姫の安否は不明で、親戚にあたる王子のアオが、世界を救う冒険に出る。

 というストーリーだった。

「まずは悲劇のお姫様を探すのか、よし!」

 最初から女の子が絡んだストーリーだからか、アオは反射的にプレイを開始。

 勇者の血を引く王子アオは、一人で旅をしながら、まずはお城の周囲でレベルアップ。

「意外と快適だな♪」

 室内で、陽が傾き始める頃には、二人目の王子と合流。

「…男が二人か…」

 なんだか四五六と旅をしているみたいで気になるが、魔法も使える仲間は有り難い。

「何だかんだで、お前 便利だし良いヤツだよな。ゲーム上の名前はともかく、四五六と呼ぼう」

 などと感情移入もしてしまう、勇者アオだ。

 二人になると、どっちがどの敵と戦うかなど、戦闘ごとに考える事になる。

「ふむ…そいやネットでも、戦略が大切だ とか書かれてたっけ」

 勇者アオは、魔法は使えないけど、攻撃と防御力が自慢。

 対する四五六王子は、その両方では勇者に一歩も二歩も及ばないものの、攻撃魔法や回復魔法が使えるという便利さだ。

 キャラの特性を理解しつつも、アオは、とにかくお姫様との合流を急ぐという、邪な欲求に突き動かされていた。

「四五六…お前良いヤツだけど…やっぱ男二人じゃなあ…」

 私情を挟む事この上ない、勇者アオ。

 初めての海底トンネルを抜けて、長い道のりを南下して、滅ぼされた王都に近接する城下町へと到着。

「さてっ、ここにお姫様が…いないな」

 魔物の呪いで姿を変えられたお姫様を助ける。というイベントが、あるらしい。

「なんだよー…まだ男二人の旅が続くのかよー。もう魔王とかどうでもいいから、お姫様出せよお姫様ー!」

 邪すぎてゲームの目的すら見失う、勇者失格のアオ。

 ついでに、なんだかすぐ後ろで四五六王子が微笑んでいるようでもあって、実に不快だ。

 街から遠く離れた沼地に、姫を元の姿に戻すアイテムが、あるらしい。

「早く取りに行かなきゃ…あ、またエンカウント!」

 敵との遭遇率が高いうえ、レベルに比して、攻撃力が妙に高い。

 とか、焦っている時に限ってそう感じてしまう、不思議な心理。

「んだよ、鬱陶しいな…! しばらくレベル上げかー? いやいや、これはきっと、戦略を組み立てれば…!」

 と、自分を奮い立たせるものの。

「ああっ、何スカってるんだよ四五六っ! お前、使えねーなーもーっ!」

 良いヤツ認定したうえで勝手に名付けた二人目の王子を、もう無能呼ばわり

する、勇者アオ。

「あおー、宿題やんなさいよー」

 息子の行動など見破っている母が、キッチンから声をかけてくる。

「はーいっ、すぐやるってー!」

 三十分ほどの戦闘を経て、ようやくレベルが上がった。

「ふぅ…って、HP一上昇? たったそれだけっ?」

 更に三十分後、四五六王子もレベルアップ。

「MP二上昇? お前っ、マジメにやってんのかーっ!」

 ネットで見た編集動画に比べて、ジリジリジリジリ、歩みの遅い感覚。

「しかもっ、攻撃力とかっ、被ダメとかっ、数値も安定っ、しないし…っ! これっ、戦略とかっ、関係なくねっ!?」

 時代の古いゲームあるあるだけど、そもそもが邪勇者なアオには、理解できない様子だ。

 動画の編集が素晴らしかったからか、はたまたイメージでハードルが下がっていたからか、プレイしながら、アオのイライラが募ってくる。

「! また敵の奇襲攻撃かよっ! ほらまたっ、全力で殺しにきやがってよーっ!」

 どんなにレベルが上がっても、最初の敵にすら、ダメージ一を被るストレス。

『廃品回収いたします。御用の方は–』

『あはははっ、待てよ待てよー!』

「…ぅっるさいなぁあ…っ!」

 外からは様々な騒音が聞こえてきて、画面を見るアオの視線も、怒りで、暗く鋭くなる。

 それでも、勇者アオは邪に忍耐を重ね、戦闘で傷つきながら、役立たず認定されて久しい四五六王子に薬草その他の荷物を持たせ、疲労困憊しつつ、遂に毒の沼地で姫の呪いを解くアイテムを発見。

「っやったーーーーーーーっ!」

 これでいよいよ、姫とご対面。

「ふ…俺に惚れるなよ…!」

 姿を変えられてしまった姫の待つ街を目指して、一歩踏み出したところで、エンカウント。

「げっ–魔法使いとオークっ!」

 奇襲攻撃をしかけてきたモンスターたち計五体は、防御力弱体化の魔法を二体が仕掛けてきて、三体のオークが全力で殴ってきた。

 四五六王子、一ターン目でHP0。

「ちょっ–お前なに死んでんだよーっ!」

「あおーっ、早く宿題やんなさいっ!」

 母の怒声も轟く。

 勝ち目のないうえ、回復魔法も薬草も使えない勇者のアオは、逃走を選択。

 しかし魔物に回り込まれてしまった。

「うわっ、何だよこんな時に限ってっ–っ!」

 モンスターによる全力殺しで、勇者アオもHP0。

 暗転から復活した画面では、出発地点の王様が「おお アオ王子よ 死んでしまうとはなにごとじゃ」と、お怒りだ。

「俺だって好きで死んだんじゃないわーーーっ!」

 雑音や怒声やハードルを下げていた故のストレスにより、リアル世界で怒りに我を忘れる、勇者アオ。

「なんだよこれーっ!」

 全力でスイッチを切ると、乱暴にカセットを抜いて、それでも怒りが収まらず、床に叩けつけ。

 カシっ、コーーーン!

 弾んだカセットが、勇者の額を直撃。被ダメ、たぶん一。

「あ痛てっ–! このおおおっ!」

 更に怒りの炎が燃えて、床に転がるカセットを、全力で踏みつけ攻撃。

 もう勇者の攻撃ではなく、むしろ巨人系。

 こんな暴挙に出るのも、つまり心の奥では、カセットの強度を信じているからなのだ。が。

「このクソゲーがーっ!」

 ガっパキーーーンっ!

「…ん…?」

 踏みつけたカセットから、何か小さな、緑色の細長い板が飛び出した。

 拾ってみると、カセットの接続端子に見える。

「え…っ?」

 カセットを見ると、スリットに顔を覗かせていた端子が失われ、アオの掌に、それがあった。

 強い力でカセットを踏みつけた結果、基盤を固定していたカセットの裾が、前後から押し付けられる圧力となって、基盤を両断してしまったのだ。

「…ぇぇぇええええええええっ!?」

 慌ててカセットに端子を合わせてみるものの、当然、くっつくわけもなし。

「…ぇぇぇぇ……」

 この数時間の努力が、全て失われた一瞬だった。

 カセットは接続不可能になり、冒険の再開も完全に不可能。

 勇者アオの愚かな激情により、その世界は終焉を迎えた。

「…ぇぇぇぇ…」


                        ~終わり~

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